8/13釣りは体に悪い? 中甑 鹿島

8月4日、私は西日本病院にいた。もちろん、本物の病院だ。年中行事の人間ドックである。結果は、30代前半から始めたこの検査の中では、最も望ましい結果が出たのである。中性脂肪値、血圧、コレステロール値はすべて正常。課題であった肝機能も回復。更に、筆者を一番悩ませていた尿酸値が正常値まで下がっていたのだ。

医者から「薬を飲まれていたのですか。」と聞かれるほどだった。「いい薬があるんですよ。」と言いかけてやめた。でも、読者のみなさんには、聞いてもらいましょう。そうです。釣りが薬なんです。釣りを始めてから、どんどん健康になっていく私。信じられないが、結果が証明している。みなさんもお試しあれ。

ところが、人間ドックの支払いをしている時に、今までのいやし気分は吹き飛んだ。「19550円です。」会計のお姉さんが、冷たく言い放った。ええっ、そんなバカな。それから、この国の内閣が、サラリーマンの医療費を3割にしていたことを思い出すのにそう時間はかからなかった。

改革のいたみは自分に降りかかった時に感じるものだ。公務員改革大綱のおかげでありがたく我々の給料は今後2割程度削減されるそうだ。この国の政治手法はいつだってそうだ。有事法制は「戦争ができるようになったで法」だし、個人情報保護法は「言論統制法」だし、イラク新法はアメリカ追随法である。人件費削減を真っ向から国民に真意を問うことをしない。改革大綱というオブラートで包み、末端の我々が痛みを受けてピリオドだ。国民の願いであった、官僚の天下りは手付かずのまま放置された。

今年の8月6日、広島の平和祈念式典で、秋葉市長がリンカーン大統領の言葉を引用したことが今も心に残っている。「全ての人々を永遠に騙すことはできません。」と。小泉内閣は一体いつまで我々を騙しつづけるのであろう。

しかし、世の中には、いつも真実を求めて対象と真っ向から勝負できるものがある。それは、釣りである。釣りは人々を落胆させることはあっても、騙したりはしない。魚と真剣に向き合うことで、釣人は満足感を得ることができる。ゴルフや麻雀には接待があるが、釣りにはそれがない。そこには、力の支配もなければ、上下関係もない。魚と真剣に向き合うことでは、社長さんも平社員もないのである。

シマノインストラクターのエド山口氏は自虐的にこう言っている。「釣りは健康に悪いよね。」と。確かに、ほとんど徹夜で釣り場に来て、10時間もそこいらも立ちっぱなしで釣りをして、帰ったら次の日は仕事。ずっと続けていたら体を悪くするでしょう。でも、我々はサラリーマン釣り師。小泉にいじめられようとも、月1回か2回かの釣行をまるで遠足に行くかのようなルンルン気分で迎える。

その間は、必ず体によい波動が全身を駆け巡っているはずで、そのことにより釣りは健康にいいのではと筆者は考える。ノーベル賞作家へミングウエイの「老人と海」に出てくるキューバの老漁師サンチャゴ。彼が1人で手こぎ船に乗りカリブ海でまる4日間もカジキと格闘して無事に帰ってくる力をつりという業は人間に与えてくれるのだ。

今日も今日とて、迷釣り師私とueno氏はこりもせずに夜釣り第2戦を計画。8月13日に中甑で前回のリベンジを果たすべく、鹿島村の誠芳丸に連絡した。「シブダイ、タバメ、まず目にクロがあがっちょります。」この人ほんとに鹿児島県人?と疑いたくなるほどいろんな方言を持っておる。

「西側は夜焚きで全滅でした。東側なら上がりよります。」この偽りのない言葉は釣り師に安心感を与える。どこかの国の首相とはえらい違いだ。「シブが8枚、3キロ弱のタバメ、石鯛が10枚上がったよ。」という永福丸のおばちゃんの一言に心が揺れ動いたが、彼の真摯な言動に浮気心は消え去った。「4時に来てください。」で交渉成立だ。早速2人は帰省ラッシュを気にしながら、いざ鹿児島県串木野港に到着。誠芳丸に乗りこんだ。

大潮、曇り一時雨、波1.5メートルのち2メートル。港を出るとうねりがあり心配になった。今日も釣り客は我々2人だけだ。「どこに行きましょうか。」この船長は、客としっかり向き合い、客の願いをいろいろと組み入れて釣り場に渡してくれる。いろいろ話したが、前回乗ったところの先の北向きの地(ダンバナ)に決定。昨年の8月14日にイサキ50枚の釣果があった場所だそうだ。

何でも漁師が取りつけた定置網にイサキが居付くそうで地元の人しか知らない秘密の場所だそうだ。客に言うのに秘密もないと思ったが、前回下見したところで釣り座もよく、いい釣りができそうだとほくそえんだ。

船が下甑島と中甑島の水道に差し掛かったところで、異変を感じた。北東の風は予想以上に海を荒れさせていた。12名乗りの誠芳丸はおせじにも甑に渡すほど大きな船とはいえない。その小さな船にうねりは容赦なく襲いかかる。激しい上下動と30度の傾斜で左右に揺れながら船はポイントに差し掛かる。前回乗った「鳥の巣」は白波をかぶっている。

今回乗る予定の瀬も、「波をかぶりますね。」と船長の一言で取りやめに。「西側に地磯がありますけん、そこに行きましょうか。」選択肢のない我々は、更に揺れる西側の海を転覆の危険と戦いながら進んだ。最後の大うねりをかわした我々は、風裏の静かな磯に到着。階段状になった平らな磯である。「ここは地元の人がよく来る場所で人気のあることろですよ。イサキが居ついとるんです。」

北浦の青バエに似た瀬に降り立ち、船長に挨拶していよいよ釣りの戦闘開始だ。何時の間にか降り出した雨を気にしながら、仕掛けづくりにはいった。釣りができるところは3箇所。船付け、その隣、そして沖の先端。今回は沖の先端をいただき、ueno氏はそのとなりに釣り座を構えた。「おら、夕マズメはもうあきらめた。」とueno氏は夜釣りタックルで釣り始めている。ブッコミ仕掛けもセット完了。

私は、昼釣りの仕掛けで釣りをスタートさせていた。緩やかに沖に流れる潮。竿3本はありそうな水深。撒き餌をしても少ないえさ取り。大潮。好条件はいくつでも浮かんだ。ただ不安材料は初めての場所ということと天気だけである。第2投、いきなりウキが消しこまれる。しかし、余りにも軽い手応えに気が抜けた。あがってきたのはオヤビッチャ君。またまた幸先のいいスタートだ。

今回は先行したいと意欲的に釣っていると、ueno氏に強烈な当たりが。「うわああああ」のされるueno氏。あまりにも強烈な引きに竿を立てられない。そして、ハリはずれでジエンド。「タバメかも」釣り場に緊張が走った。ueno氏を気遣っていると、いきなりそれはやってきた。ウキの変化を見届ける前に竿にいきなりかつて経験したことのないような重量感が襲った。

必死で竿を立て、敵の先制パンチを何とかかわし、ハリだし根があるために強引に勝負に出た。強烈なあたりのわりにあっさりと敵は浮き始めた。何だろうと海の中を覗くと、ピンク色の魚体が顔を見せた。やったああ!そうリベンジの相手、シブダイである。慎重にタモ入れし、魚を確認。ハリは見事に地獄にjかかっていた。

美しいサーモンピンクの膚。黄色のヒレ。ブルーの瞳。その魚体の美しさは神々しい光を放っていた。36センチの恋人を優しく締めてクーラーに納めた。海の恵みに感謝しながら、母なる海に向かって手を合わせた。自然に家族の顔が浮かび、「お父ちゃんはついにやったよ。」と心の中で呟いた。

そして、午後7時近くになり、私も夜釣りの仕掛けで釣り始める。その直後、ueno氏を襲ったような強烈な引きが私を襲った。強制的に竿ごと海へと引きこまれるその引きはまるでシブダイの敵討ちのようだ。5号竿がこれだけ曲がるのかと思うほどだ。何とか竿を立てることに成功。タナが700ヒロあるカリブ海なら、サンチャゴのように強烈な引きには糸を出して応戦するが、ここではそれができない。ひたすら敵が弱るのを待つのみである。

そのうち何とか竿を立てることができ、魚の動きも止まった。さあ、これからが勝負だ。ポンピングしながら魚を浮かせにかかったその瞬間、バネがはじけるような状態に。バラシだ。くやしい。せっかく魚の動きを止めたのに。ハリスのち下が切られていた。逃がした魚は大きい。どんな魚だったんだろう。いくらでも想像が膨らむが、釣れなかったという客観的な事実だけが残った。

夜の帳が下り、電気ウキが鮮やかに光り始めた。しかし、2人とも釣れない。潮がまったくといっていいほど動かなかった。本当に大潮?ueno氏のブッコミ仕掛けにもウツボのオンパレード。たまにデカバンのオジサンを釣り上げるくらいなもの。疲れの見えるuenoサンは12時ごろ早々とお休みタイム。私は、きっと潮が変わるからと釣りつづけた。

ueno氏がお休みの間に潮が動き出した。よしと気合を入れると、釣研の電気ウキがゆらゆらと波紋を残しながら消えていった。あわせを入れるとかなりの重量感。やったぜとぶりあげて魚を確認すると、どっと疲れが襲った。そう、夏の外道といえば「イスズミ」くんでありました。がくっ。更に40センチ、50センチ近い大物を釣り上げて疲れが出て、午前2時ごろ突然睡魔が襲ってきた。磯の上で横になっていると雨が激しくなってきた。ueno氏は雨を釣れてきたかのようにごそごそ起きだし釣り始めていた。

すると、ueno氏の電気ウキが消しこまれた。どうせイスだろうと招かれざる客を予想していたが、上がってきたのはイサキであった。そのあと、立て続けにデカバンのイサキを4枚、クロホシフエダイ1枚をゲット。かわりに私はイス退治に。何とか39センチのイサキを釣り上げた。そして、イサキ1枚とシブダイのキロサイズをばらしたところで夜が開けた。

チャンスをことごとくフイにした私は、朝マズ目も不調。オジサンを2枚をおみあげにするのが精一杯。せっかくほとんど休まずに釣っていた私は貧果。休んだueno氏は好釣果に。ふらふらになりながら、回収の船に乗りこみ帰路に。徹夜だと帰りが危険ということで、温泉に入って仮眠を取り、3号線を北上した。やっとで家にたどり着き、精魂尽き果てた私は、そのままごろ寝。かあちゃんも息子も私の帰還に気づかないようだ。丁度昼寝だったらしい。ああ、釣りって本当は健康に悪いんじゃないの?


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