7/2 かごは難しか 内之浦

6月はついにどこにも行けなかった。1ヶ月も竿を握っていない。その間に、梅雨グロやイサキシーズンも終わりを告げようとしていた。いいさ私には離島の夜釣りがある。実は、6月は釣りに行けないことを予想して、5月から硫黄島へ行く黒潮丸に予約をしていたのだ。1ヶ月前から予約していたのは訳がある。黒潮丸は瀬まで予約できるのだ。予約した瀬はもちろん「タジロ」。5月29日に爆発的な釣果をたたき出していた瀬だ。海底から温泉が湧き出ており、年間を通して水温が安定していて、その結果釣果も安定している。「kamataさん、やっぱりブッコミやわ」と黒潮丸の船長の一言で、ついに本格的なブッコミ釣り師のデビューを飾ろうという魂胆だったのだ。山本釣り具センターで店長に相談しながら、タックル、仕掛けを購入した。両軸リールに20号の道糸をセットし、竿は振り出しの石鯛竿に、真空おもりに瀬ズレワイヤー、ワイヤーハリスを購入。自分でも釣りバカだなあと感心してしまう。一体何のために私は釣りをしているのだろう。

例えば作家は、作品を読めば読者として彼らが何の目的で文学作品を生み出しているのか想像できる。いろいろあると思うが、それをひとくくりにできるとするならば、「人間をわかりたい」という潜在的な羨望というものがあるのではないか。芥川龍之介の「羅生門」。人は様々な状況の条件の中でいとも簡単に悪人へと変貌するものだと認識させられる。逆に、「杜子春」では、人間は様々な欲望の中でも最愛の人との縁を絶ちきることができないことを学べる。人間というものは本当に摩訶不思議なものだ。その摩訶不思議な人間をわかりたいと壮大なムジークドラマ(楽劇)を描いた人物がいた。リヒャルト・ワグナーである。彼は作曲だけでなく自分で台本を書き、演出も行った。また、自分の作品を上演するための理想の劇場まで設計した。彼が描いたのは人間のどろどろとした愛憎劇ばかりだが、結末の多くは女性による自己犠牲という形になっている。彼もまた人間とりわけ女性をもっとわかりたいと思ったのかもしれない。学生時代にワグナーにはまった私は、彼のほとんどの歌劇・楽劇を聴きまくった。その中で、一番のお気に入りが「トリスタントイゾルデ」だ。忙しさのせいか、このところ無性に音楽に飢えてきた。ネット上をウインドウ・ショッピングしていると「トリスタントイゾルデ」のCDを見つけ、衝動買いしてしまった。なつかしや。曲を聴くと自分の若かりしころの思い出がよみがえってくる。自分にとっては「ナツカシノメロディー」なのだ。子どもの頃は、「なつかしのメロディー」という番組が大嫌いだったのに。自分もおじさんになったんだなあ。忙しい中にもこういう時間は大切だね。人間性がよみがえってくるようだ。

ところが、「人間をわかろうとしない」最も摩訶不思議な人間がいる。日本国首相小泉純一郎である。彼は、自分の最大の公約である郵政民営化法案を国会で通過させようとしている。国会での議論を聴いていると歯がゆくてならない。生活者としての人間をわかろうと野党の議員が精一杯郵政民営化法案の問題点を説明している。地方の過疎化に対する懸念、国民が安心してサービスを受けられる権利の剥奪、また、ニュージーランドでの失敗例等。一方、与党の賛成意見を聞いてみるが、生活者としての人間像が見えてこないのだ。経済の活性化、利便性など訴えているが、それが本当に今やらなければならない課題なのか。もうここまでくれば、法案を通すことそのものが目的となっているのではないか。郵政事業をこのまま民営化して、我々の次の世代に不利益をもたらすことになるのではと。また、特に地方に住んでいるものにとって取り返しのつかない悪政となるのではないか。郵政民営化に賛成した政治家たちに言いたい。国民の税金で働いている公僕ならば、今こそあなた方に必要なのは人間性の回復だ。人間をわかろうとすることだ。だから、芸術文化に親しんだり、いや、一番いいのは釣りだ。釣りに行ってみなさいよ。離島でもいい、堤防でもいい、竿をだして頭を冷やしたらどうですか?あっ、やっぱりそうなんだ。なぜ、自分は釣りをしているかって?それは、自分が人間であり続けるためなんだ。

7月2日(土)若潮。私と同じく人間性の回復を目指して釣りに行こうとするuenoさんと夜釣りを計画していた。ところがそれまで朝鮮半島でおとなしくしてくれていた梅雨前線が急に南下し始めた。台風や梅雨前線のうねりもなく、この時期としてはめずらしいべた凪が続いていたのに、波の高さが予報で1.5メートル〜2メートルと上がっているではないか。不安の面持ちで黒潮丸にрキるも、「(午後)7時の天気予報で判断します。」だそうだ。梅雨前線の動きをダイレクトに影響を受ける時期だけにさすがに船長も慎重である。午後7時に電話すると今度は「明日の朝8時頃にрュださい。天気が良くないんですわ。」珍しいね。出発の直前の天気予報まで待つなんて。もしかして、欠航になるのでは。予感は的中。uenoさんのрナ船長が枕崎の漁師達の意見を聞いて欠航を決断したことがわかった。

さあどうするべ。強烈な西南西の風が吹くという予想だから、甑などの九州の東海岸はアウトだろう。宮崎方面しかないだろう。水島や都井などが脳裏に浮かんだが、uenoさんが思いがけない場所を提案してきた。鹿児島県の大隅半島方面の内之浦、船間あたりである。夜釣りの遠投かごでイサキが釣れているらしい。ここはuenoさんに任せよう。「勢いのあった船が見つかったバイ。」行き先は内之浦に決まった。船長の話によると、夜釣りのかご釣りでイサキが1人20〜30枚釣れるそうだ。uenoさんが何より判断したのは船長の言葉の勢いである。彼の話によると、「釣れてます」という同じ言葉でも、本当に釣れているときと、あまり釣れていないときでは言葉の勢いが違うというのだ。磯釣り5年間の経験は、船長のわずかな言葉の変化をも見逃さない嗅覚を育ててくれたのだ。12時前に人吉を出発。九州自動車道から宮崎自動車道へ進入。都城でおりて釣具店によりそこから農免道路を南下していくと、志布志湾が見えてきた。長時間車に乗ってきたのではないが、かなり遠くまで走った感覚に襲われていた。そこから海岸沿いのリアス式海岸道路を走り、内之浦の町へ到着。内之浦港に午後2時50分に到着。ふう、出航は3時だから何とか間に合った。

釣り客や船長に挨拶した後、船に乗り込んだ。船に乗ると人の良さそうなおじさんがいたので、情報収集をと話しかけた。「どこから来たの?」「人吉です」


ロケット発射台に見守られながら

「わたしゃ、都城からだよ。」初めてあったとは思えない。とても気さくなおじさんだ。「最近、良く釣れるよ。クーラーいっぱい」このおじさんによると、夜釣りのかご釣りでイサキ、運が良ければシブもよく釣れるらしい。「タナは竿2本ですかね。」「磯に着いたらね。まず、深さを測りなさいよ。棒ウキを使うとね、深すぎるとウキが立たないからすぐにわかるよ。深さがわかったら、そこから少し浅くして底すれすれに設定するわけよ。」名人は黙して多くを語らない人が多いがこのおじさんは違う。「夜になるまでずっと準備をせなんとですね。」「いいや、ここはね、夕方も面白いよ。クロも来るし、この前なんかシマアジがたくさん釣れたよ。シマアジはおいしいからね。」つまり、磯に降り立ったら、夜釣りの仕掛けをセットし、水深を測ったら、夕まずめの昼釣りをするのも面白いらしい。「ハリスはこれよ。」とシーガーのグランドマックス10号をライフジャケットのポケットから取り出して見せてくれた。「夜だからね。ハリスの太さは関係ないよ。」自信に満ちた顔でそのおじさんは教えてくれる。

船は内之浦港を出て内之浦湾を右に舵をとっている。右側に地磯の山肌にはソテツの自生が確認できる。長い間人間の進入を拒んできた風格をただよわせている。湾を出てすぐの地磯にトップバッターが降り立った。0番というらしい。ここ内之浦のポイントは番号で呼ばれている。みんな1人での渡礁だ。2人目が磯に降り立つ。「ここはね、潮が速いから釣りにならんかったよ。」別に説明を求めたわけではないが、勝手に解説してくれる。そして、そのおじさんは3番目に降り立った。梅雨前線のうねりで各ポイントはサラシで真っ白。「丁度この船の後ろあたりに投げてな。タナは竿1本半。」意外と浅いじゃないか。我々はこの時楽観していた。

そして、いよいよ最後になった。もう随分走っている。港を出てから30分は経過したらしい。上を見上げると、何とロケット発射台が見えるではないか。日本で宇宙に一番近い場所、内之浦宇宙空間観測所である。我々はこの発射台に見守られながら魚との真剣勝負に挑むのだ。「タナは竿3本から4本ね。」船長がこう言い放って去っていった。深いね、まるで底物のポイントだね。


内之浦の地磯の釣り座 うねりで真っ白

かけ上がりの形状をしているのか、サラシで真っ白。やっとのことで渡礁を済ませた。瀬上がりしたが、釣り師的感ではあまりいい感じではなかった。どちらかといえば、昨年末に惨敗を喫した佐多の東磯にそっくりの情景だった。満潮が午後5時ごろでこれから潮が満ちてくる。危険を感じていた我々は荷物を高いところにあげて仕掛け作りに入った。夜釣りはダイワ遠投ブレイゾン5号、ブッコミはダイワの石鯛竿幻覇王とシーライン石鯛の両軸リール。ところが、全く釣れない。アカマツカサがつけエサをとってしまい、イサキのタナまでエサが通らない。uenoさんがカイワリ1枚、アラカブ1枚とイサキを5枚ゲットしたが、私にはイサキの当たりは全くなし。「マツカサと同じタナにおるごたる。」と情報を教えてくれたが、どうしてもイサキのタナを見つけることが出来なかった。ブッコミもやっとで釣れたと思えば、ウナギだった。uenoさんには得意のウツボくん。


ブッコミ初釣果 うなぎくん

何とか10号ハリスにものをいわせて釣ったアラカブが私の唯一の目立った釣果だった。回収の船に乗り込むと、船長が「釣れた?」と声を掛けてきた。「5枚」とuenoさんが答えるとずっこける船長。「ちゃんと竿3本半にした?50枚の間違いじゃないの?昨日は1人で30枚つれちょったよ。」我々が乗った磯は前日までかなりの好調を見せていた磯らしかった。がっくりとうなだれる私。いくらなんでも昨日まで30枚も釣れていたところでボウズに終わるなんて何という屈辱だろう。あの人なつっこいおじさんが乗ってきた。笑顔だった。「どうでしたか。」「クーラー一杯」と答えてきた。さすがに名人だな。「夕方にイサキがフカセで15枚くらい釣れたよ。」へえー、我々もフカセをしたんだが、コッパのみで深く入れてもイサキの気配もなかった。ああかごはむずかしいなあ。しかし、何でこんなに釣れなかったのだろう。ここでいくつか原因になりそうなことをあげておきたい。そして、いつかはリベンジしたい。

@タナがあわなかった

Aかごがヤマシタのではなく、反転かごにすべきだった。

B撒き餌に赤アミ2にオキアミ1の分量が悪く、餌取りの猛攻につながった

Cいずれにせよ、前回の佐多といい、今回の内之浦といい、どうも大隅半島とは相性が悪いようだ。


大惨敗!しかしアラカブの造りは最高だった

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