12/10 キタマクラに挑む 北浦

今年は暖冬のようだ。せっかくの休みに釣りを計画したものの、11月の土日はことごとく時化に見舞われた。12月に入っても状況は同じで冬とはいえ、雪が降るどころか、秋雨のような天気が続いている。人間は天気が不本意でも生きていくことができるが、生物はそうはいかない。環境の変化は死活問題だ。この地球上に人類が登場して以来、特に産業革命以降の人類のおかげで、絶滅した種は数知れず。人間は、環境を作り替えて生きている生物だから、これもある程度は仕方がないのかも知れない。しかし、これ以上の絶滅はもし可能ならば食い止めなければならない。なぜなら、宇宙船地球号は、すべての生物が網の目のようにつながっていて、自分たちだけが生き延びようとすればするほど、災いは巡り巡って自分たちへと跳ね返ってくるからだ。
実は、人吉にも人間のために絶滅が危惧されている種がある。それは、マシジミだ。私たちが食卓で食べているシジミは、ヤマトシジミといって主に汽水域で暮らしている種だ。最近は、数が減ってしまったので東南アジアなどから輸入しているそうだ。マシジミは、その食卓で見受けられるものではなく、きれいな真水でしか生きられないという種だ。昔は、清流と言われた球磨川にもいたそうだが、人間の非循環型の生活のおかげで、あっという間に数が減ってしまった。だったら、もっと上流で生きればという意見もあるかも知れないが、このシジミは、生きるための条件として球磨川よりも少し水温が高いところでないと生きられないというデリケートさも兼ね備えている。住む環境を追い出されたマシジミは、今は、人吉城跡のある場所に息を潜めるようにひっそりと暮らしているのだった。


懸命に生きる人吉のマシジミ

11月〜12月の土日の悪天候で、このマシジミのように厳しい状況に追い込まれている「種」がある。言わずと知れた渡船業界である。この土日をねらっての時化でかなりの打撃を受けている。我が輩も、11月12日は、何とか風裏の内之浦で釣りができたものの、次回予定の11月23日、12月2日と釣りに行けなかった。釣りに行けない悶々とした日々を過ごした。ところが、渡船業の方は、自分の生活がかかっているのだから悶々ではすまされない。今回も、12月10日、いよいよシーズンインしたであろう青物釣りの開幕戦にホームグラウンドの硫黄島に照準を合わせていたが、やはり今度も土日時化の予報。10日の予報では、3m〜2m。低気圧が去ってからのいつもの季節風のおかげで九州の南海上や西側はアウト。この予報で喜ぶのはサーフィン師ぐらいだろう。宮崎県北か、大分の磯しか無理という状況。
試しに、硫黄島への釣りをサポートしてくれる黒潮丸に電話してみる。「だめですわ。もう、土日ずっと時化でね。やっぱりお客さんは土日に集中するんでね。厳しいですわ。」船長の声は全く生気を欠いていた。かなりの落ち込みようだ。Web上の船長たちからも、「家計が苦しい」「正月がこせるのだろうか」と言った嘆き節が聞こえてくる。釣り師の夢を叶えてくれる渡船業界を守るのは、我々釣り客しかいない。夢を失わないためにも、やはり無理にでも釣りに行かなければならない。と、また、いつものように訳のわからない理屈をこねて、決めた行き先は、北浦の磯。宮崎県北から北は、波高2mと釣りは何とかできそうな海況。お世話になるのは、瀬着けの技術はピカ一のあゆ丸K船長。「は〜い、いいですよ。11時と5時に出るからね。」「11時は間に合わないから5時でいいですか。」「港に寝ちょっとるもん(者)がいるから、起こして出るよ。着いたら電話して。」相変わらず気さくなお人柄だ。


あゆ丸さん お久です

環境の変化は、マシジミや渡船業会だけではない。北浦を愛する磯マンたちも厳しい状況におかれているようだ。例年12月の北浦は、数型ともに九州でもトップクラスの釣果を誇っていた。入れ食い、クーラー満タン、2kgの大メジナ登場。こんなロゴがふさわしい釣り場だ。北浦ブランドの信頼は絶大で九州各地から磯師が集まってくる。人気の磯には、金曜日から瀬上がりし、釣りをしないで一日を過ごし、夜を明かした後、次の日の土曜日に竿を出すという釣り師が出るほどだ。ところが、今年は、どういうわけだか、キタマクラが異常発生し、クロの顔を中々拝めないそうである。12月に入ってもコッパメジナと遊ばなければならないとのこと。だから、今回のように日曜日の客が5人なんてことは考えられないのだ。
はっきり言って釣れてない状況だが、この季節風では、釣りができればいいほうだ、と気持ちを切りかえる必要がありそうである。12月10日(日)中潮。北浦の満潮は9時半頃。クロの釣果は、聞くところによると、クロが喰い出すのは、北浦では、10時〜11時以降が多くて、北浦時間と呼ばれているそうだが、それを考えると下げ潮のポイントなら上出来だ。ただ、北浦で注意しなければならないのは、上り潮か下り潮かということだ。北浦で好釣果が聞かれるのが、たいてい大分方面に流れる上り潮の時だからだ。宮崎方面に流れる下り潮の時は、急に水温が下がり魚の活性が落ちることが多いそうだ。潮も気になるがやはり場所は船長にお任せするしかない。船長のアドバイスをしっかり聞いて、全力を尽くそうと心に決めるのだった。
午前1時に人吉を出発。九州自動車道を北上し、松橋ICで降りてから、国道をひたすら東に向けて走ること3時間で延岡市内に到着。堀田釣り具で餌を購入して北浦古江港についたのが午前5時前だった。古江港についてびっくり。車の数が極端に少ない。この寒グロのはしりの時期にこんなに少ないのは初めてだ。しばらくするとあゆ丸船長がいつもの軽トラックで登場。車の中でお休み中だった釣り師をたたき起こし、出船準備を始めた。「こがん少なかなら、A級磯にのらるっかもしれんなあ」uenoさんがほくそ笑む。
荷物を乗せると、乗船名簿に名前を記入して、船長に話しかけた。「どこかいいところありますかね」「まあゆっくりさがそうか」あわてるなということらしい。「かまちゃん弁当いる?」「2つお願いします」北浦の渡船は暖かい弁当を磯まで届けてくれるといううれしいサービスを行ってくれる。この弁当が何ともう美味しくってうれしいのだ。エンジンがつけられ、いよいよ出港だ。船は暗闇の古江港をゆっくりと離れていった。さあ、船は右か左か。右へ行けば、北浦の2枚看板のうちの一つ「沖の二つバエ」やここ数年爆釣している人気磯横バエ、そして島ノ浦方面の磯。左は、平日のじゃんけんの舞台でもある烏帽子、高島のハナ、トマス、イモンコ、青バエ、大バエ、シバエ、カモンバエ、そして、2枚看板のもう一つの中のハエがある。さあ、今回の磯はどっち?

乗った磯は北浦を代表する沖の二つバエ

船は、右へと進路をとっている。沖の二つ方面だ。右手に島ノ浦が見えている。さあ、最初に見える磯は確か、地の二つと沖の二つなんだが。すると、船は思いの外早くエンジンをスローにさせた。しばらく、船長がその二つの磯の沖側の方にライトをあててなにやら確認している。乗っている人がいない。何と12月なのに、日曜日なのに沖の二つが空いている。しばらくの間ライトを当てていた。ライトの照らされた所を見ると、磯の状況がよくわかる。結構な波で磯が少し洗われている。うねりがあるようで、釣りができる状態かどうか判断しているようだった。船長に近づく我々。「かまちゃん、沖の二つに行ってみようか」やったあ、いつかは乗ってみたいと思っていた磯だけにうれしさがこみ上げてきた。荷物を船首部分に移動させ、瀬付けを待った。船が磯に張り付く。今だ。我々は速やかに渡礁し、荷物を迅速に磯に乗せていく。3人とも渡礁完了。時計を見ると、午前5時半。


沖の二つバエから地の二つバエを臨む

よろしくお願いします、と、いつものように同行する見知らぬ人に挨拶を行った。すぐに返ってきた返事で、今日の釣りは快適なものになりそうということがわかった。すぐさま、われわれはもう1人のベテランそうな釣り師と言葉のやりとりを行った。「最近釣れてますか。」「先週、私は、ここの釣り大会(12月3日)に出たんですよ。700g1匹だったですけどね。優勝者は、1.5kgを釣ったそうですよ。でも、数は全体的にあんまり上がらなかったそうです」「キタマクラが多いそうですね。」「ハリが無くなるからね。気をつけた方がいいですよ」こんな話をしながら、6時半頃まで過ごし、それから撒き餌作りに移っていった。
オキアミ生1角にパン粉2kg、集魚材1袋(グレパワーV9)を混ぜて半日分とした。釣り座はこの船着けのほうで、風はやや強いが背中からのフォローの風なのであまり苦にならない。しかし、うねりがあり、背中の方はかけあがりの形状になっているために、そして、全体的に低い磯場であるため、時々波が磯を洗うことが不安材料。沖に向かって低くなっているので沖に行けば行くほど危険度が増すという仕組みだ。釣り座はというと、さすがベテラン釣り師の方は一番安全そうな地よりに構えた。uenoさんは例によって一番沖を選択。私は二人の間にコブのように少し突き出たところに決定。
夜が明けた。uenoさんは、夜明けとともに釣りを開始。私もマキエをして磯の状況を確認しながら約1ヶ月ぶりの第1投。釣研の全遊動ウキでまずは魚の喰うタナを見つける作戦だ。マキエをしてしばらくすると早くもチラチラ餌盗りが見え始めた。仕掛けを回収すると餌がない。第2投。仕掛けがなじんだところでウキがゆらゆらと消し込み始めた。ゆっくり待ってから合わせると、軽い生命反応が竿に伝わってきた。朝一番の挨拶はキタマクラだった。もう喰ってくるんじゃあないよと海へ帰す。第3投、また当たりだ。今度は早めに合わせると竿に乗ったが、まもなくバラシ。仕掛けを回収すると、今度はハリがない。視線を沖に向けると、uenoさんがやりとりをしている。しかし、釣れたのは、イスズミだ。しかし、魚からの反応はあるので、このまま釣り続けているといつかはクロの顔が拝めるかもしれないと希望を失わずに釣り続けた。
だんだん潮が満ちてきた午前8時頃、事件が起こった。釣りに夢中になっていると、沖向きの方でドッカーンという音がした。突然の1発波がuenoさんを襲った。視線を音のする方に向けると、まるでビデオテープのスローモーションのようにuenoさんのバッカンが波にさらわれ海へ転落し、ぷかぷか浮いているのを目撃してしまった。朝の暗いうちから仕込んでいたマキエが一発の波で海へと消えてしまった。隣のベテラン釣り師があゆ丸船長に電話してくれた。すると、正に助け船の同じ渡船の「第三勝丸」がuenoさんのバッカンを救助してくれたのだった。

ヒッグウエイブの洗礼を受けた直後のuenoさん 竿の折れたバイ

勝丸にお礼を述べて、uenoさんは釣り座を私の隣にもってきた。幸い損害は撒き餌だけだったので、ここまではまだことの重大性がわかっていなかった。流された餌を再び作り直し、釣りを再開したが、この事件は次なる災難の序章でしかなかったのだ。波は、常に一定ではなく、何十回に1回とか、何百回に1回とかビッグウエイブがやってくる。そのことはわかっていたつもりだったが、我々はうねりのあるときの低い磯に乗る対策を講じていなかった。再び悲劇が襲った。キタマクラの猛攻になすすべ無く頭を抱えていた午前9時前、これまでには無かった力のある波が突如として襲ってきたのだ。そして、その波は圧倒的な力で私の膝の下付近をかすめて通り過ぎていった。同時にuenoさん「あ〜あ〜」という悲鳴が聞こえた。波はあっという間にuenoさんの竿ケース、磯バッグ、回収してもらったばかりのバッカン、玉網、クーラーを飲み込むと海へと放り投げたのだった。海に落ちなかったのは、uenoさん自身と一番安価な水くみバケツだけだった。私とベテラン釣り師は無事だった。

磯バッグ回収成功 しかし中身は?

「でたあ〜」と笑うしかないuenoさん。でも心の中では、泣いていただろう。呆然と折れた竿をもったまま沖の二つバエに立ちつくしていた。このままでは、軽く10万円をこえる損害が出てしまうからだ。「磯バッグには財布の入っとったっばい」中身は少なく見積もっても3万円は入っていたそうだ。銀行のキャッシュカードも入っていたそうだ。これは、一刻も早く船長に電話して沈まないうちに回収しなくては。もうこの時点では、釣りどころの騒ぎではない。そんな中、あかの他人にもかかわらず、一緒になって回収を手伝ってくれたベテラン釣り師の方には本当に感謝したいと思う。
こんな時に限って、潮が速い。流されたuenoさんのアイテムはみるみるうちに沖へと流されていく。船長急いでくれ。早くしないと、みんな流されてわからなくなってしまう。10分ほどしてあゆ丸登場。みんな危険を察知し、道具をまとめて船に乗りこんだ。uenoさんの流されたアイテムの救助の旅に出かけなければならないのだ。船が思いの外早くやってきてくれたのですぐに追いついた。
まずは、クーラーとクーラーのふたを回収。仕掛けなどが入った道具箱に、でかい磯バッグを回収。ここで衝撃的な事実が判明。なんとuenoさんは磯バッグの蓋を閉めていなかったのだ。万事休す。バッグに入っていた財布と眼鏡、リール、そして、バッカンは海に沈んでしまったようだ。続いてペットボトルのお茶、竿ケース(竿ケースって浮くんだね。感心。)を救助。


お〜い財布はどこだあ 捜索中のuenoさん

しかし、後は見つからない。この広い海で、財布と眼鏡を探すのは、砂浜で砂金を探すようなものだ。残念だがあきらめるしかない。「あんなあ、ああいうときは、荷物を引っかけておくとか、それができないなら、全部水くみバケツのひもで結んでおくんだよ。それなら流されにくいから」とありがたい船長のお言葉。といっても後の祭り。我々は、車の鍵や携帯電話、そして、一番大事な命は助かったのだから、よしとしなきゃね。二つバエではこれから満潮に向けて更なるビッグウエイブの脅威にさらされることが予想されるので、瀬変わりをお願いすることにした。


沖の二つは危険と判断 関バエに瀬変わり

向かった先は高島にある関バエ。風裏になるし、ほどよいサラシも出て何となくいい雰囲気。「潮が引けば、鼻に出て釣って」こう言い残して、あゆ丸は去っていった。迷惑を掛けた船長に感謝しながら、気持ちを新たに釣り再開だ。しかし、すごいうねりだ。波が生き物のように駆け上がってくる。先端の鼻は波をかぶっているので、潮が引くまでこの奥まったワンドで勝負するしかない。
餌を撒くと、魚がちらちら見える。ここも餌盗りが多いようだ。第2投で、本命らしき当たりをとらえると、足裏サイズのアミフエフキがあがってきた。しかし、この魚から、ここも沖の二つバエと同じようにキタマクラの巣のようだ。浅いタナでも深い竿2本のタナでもキタマクラ。瀬際も遠投でもだめ。途方に暮れていると、船長が10時頃弁当を届けてくれた。また、餌を失ったuenoさんのために、オキアミや集魚材を買ってもってきてくれた。受け取りに行くuenoさん。帰ってくると、「沖の二つには勝丸の客が乗ったげな」残念そうなuenoさん。でも、遠くに見える沖の二つバエを見ると、時折波をかぶっているようだった。我々は二つバエへの未練を捨ててここで踏ん張ることにした。
下げに入って潮がだんだん引いてくると、先端の鼻にわたれるようになった。とにかくキタマクラのいない場所を探さなくては。ここはいいサラシが出て沖へと払い出している。ワンドにもサラシができているが、沖へと払い出さないのでそこは見せかけのポイントのようだ。サラシの払い出しのところを探るが釣れるのはベラ、そしてやはりキタマクラ。ハリがどんどん盗られていく。しかたがないのでキタマクラを避けて、移動攻撃を繰り返した。
正午をちょうど過ぎた頃、uenoさんの声がした。すると、uenoさんは魚を持っていた。足裏サイズのクロだ。えっどこで釣れたの。どうやら、さっき私が断念した先端の鼻のサラシのポイントだった。すぐに、uenoさん2匹目ゲット。「ここは小さいのしかおらん」と言いながらも、本命の挨拶にうれしそうだ。先端の鼻は足下がオーバーハングになっていて、クロはそこに隠れていてサラシができると餌を喰いに浮いてくる。uenoさんにタナを聞くと1ヒロ半だそうだ。私は、すぐにuenoさんの隣で釣らせてもらうことにした。程なく、私のウキが消し込んだ。釣り上げるとやはり足裏サイズのクロ。きれいなエメラルドグリーンの着物を着ていた。サラシが出るタイミングを見計らって、ポイントにマキエをし、すぐにそこに仕掛けを入れる。追いマキエをして、はったりゆるめたりして待つと魚を喰ってくる。
午後2時までに3枚釣って、同じパターンで魚を喰わせた。「今度のは太いぞ」右の根に一直線。何とか最初の引きをこらえると、魚がサラシの中からぬうっと洗われた。35cmくらいはあっただろう。ようやくの納得サイズが。うれしさとともにハリスが1.5号ということもあり、強引にいけないなと考えていた矢先、バラシ。がっくり。どうやら、キタマクラに傷つけられていたらしい。uenoさんも同じようなバラシを経験。結局、足裏サイズのメジナが、私が4枚、uenoさんが4枚という結果だった。釣った魚をタイドプールに生かしておき、すべてリリースした。過酷な環境でも生きていけよ。そして、もっと大きくなってこのおじさんの所まで会いに来てくれ。忘れるなよ。そういいながら魚たちをサラシでいっぱいの海へと帰していった。私もシャ場という過酷な中で精一杯生きていくさ。リリースした魚たちに自分の命運をたくし、釣りを終えるのであった。


本日の釣果 足裏メジナ4枚 リリース


ありがとう 関バエ  海鳥も慰めてくれた

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