12/15 勝負は30分 甑島一帯

12月は人権週間があり、全国的に様々な催し物が行われる。どの学校でも当然人権週間を設定し、取り組みを行う。そんな中、担任している2年生の女の子が次のような日記を書いてきた。「私は目のびょういんにいっていてめがねをかけています。でも、ときどき「なんでめがねかけとっとね。」といわれます。そんなの見ればわかるでしょといいたいです。目がいいならめがねはかけません。そんなこといわないでください。だから、わたしは、しょうがいをもっている人やこまっている人に「なんで」というのではなく、助ける人になりたいです。」

子どもは表現がダイレクトなため、時として人を傷つけることがある。この子は2年生としては、かなり精神年齢が高いと思う。だから、幸か不幸か別に悪気があって言ったことでなくても、彼女は気づいてしまうのだった。また、それだけでなく、彼女は見事なまでに反面教師の考え方まで体得しているのだ。同じようなことが大人の世界でもたくさん存在する。

例えば、私は結婚して数年間子宝に恵まれなかったが、よくこう言われたものだ。「子どもはいいよう。早く子どもばつくらんね。」さっきの女の子の言葉を借りれば、「そんなのわかっているよ。ほしくてもできないんだからしかたがないでしょ。」と言いたい。これは、女性側の方がもっと深刻で、子どもができるまで、小さい赤ちゃんを連れた母親の姿を見たくないがために外出を躊躇してしまうんだそうだ。だから、私もその女の子のように、子どもに恵まれないことがどんなにきついことか知っているだけに、言葉を慎重に選ばなければと思うようになったのだった。

いじめの問題が社会問題となる背景には、子どもたちが昔ほど人間関係をつくれなくなってきていることが大きいのではないか。いや、子どもだけでなく、大人でさえも人間関係が切り結べないでいるのではないか。人とコミュニケーションがとれないとできる仕事は限られてくる。格差社会の中、当然、リストラの対象となる。定職に就けない大人の一部が、佐世保でライフル銃を撃ったりするような事件が起こる。こうして、格差は社会不安を増大させる。

かつて中央教育審議会は、その会議の中で、目指すべき国のありかたについて次のような議論をしていたのを思い出した。これからの国づくりで大切なことは、一部の有能なエリートをつくり出すことであり、その他大勢は善良で安価な労働者でいいと言った。正にその通りになろうとしている。派遣や契約社員などの雇用形態が増え、正社員は激減した。ただ、もくろみがはずれたのは、そのことで国づくりが成功したかとは必ずしも言えないということである。格差の中でいわゆる負け組が勝ち組をねたむ感情が生まれる。人と人とがねたみ合う社会が本当にあるべき国の姿だろうか。

しかし、そんな中でも、我々が理想とする人間関係をつくり出しているところがある。ご存じ、釣り仲間である。磯釣り創世期には、なわばりあらそいやいろんな問題があったと思うが、釣りがレジャーとして確立している昨今では、ルールやマナーも守られ、魚に遊んでもらいたいという共通の夢とロマンをともに追いかけている。だから、釣り師たちはとても仲間意識が強く、自分たちでどんどん釣りクラブなるものを立ち上げて釣技向上を目指しながら仲間で釣りという業を楽しんでいる。釣り仲間で面白いところは、社会的地位、職業、年齢、性別、その他もろもろの違いに関係なく、みな平等であるところだ。釣り師の中で、社長だ、校長だと威張っている輩は1人もいない。むしろ、自分の置かれている社会的地位を忘れるために釣りに来ていると言っていい。

かく言う私も師走の言葉通り、忙しくなった自分の渇いた心を潤して欲しいと、夏にいい夢を見させてもらった草垣群島への釣行を計画した。お世話になるのは鹿児島県串木野にある「釣好」。今期マグロフィーバーに湧いた草垣群島も10月中旬にマグロは釣れなくなり、新たなターゲットであるカンパチ、ホタ、シマアジ、尾長などの高級魚にうって変わっているとのこと。14,5キロのカンパチや4キロクラスの尾長が釣れるとあって、以前から一度やってみたいと思っていた。

12月15日、中潮4日目。この1週間日本列島は穏やかな天候に恵まれた。北西の季節風が吹き付け、出船できる日が限られてくるこの時期にしては、曇りでまずまず。14日は、波高2.5mのち2mで、15日は2mのち2.5mの予報。草垣への離島便は、前日の午後9時集合の翌日午前10時納竿ということでうまい具合に2mの予報にかかっている。いいぞ。

行けるだろうと思っていた矢先、釣好から電話が入る。「天気が悪いので、中止にしました。」がっくり。でも、その代わり6時出航で甑島の鰤釣りに切りかえたとのこと。草垣に行けないことで卑屈になっている暇はない。決めなきゃ。今期西野浦のブリ釣りで惨敗を喰らっているだけに、いつもなら断念するところだが、思わず触手が動いてしまった。今年は、そういえば、鰤しゃぶを食べていなかったっけ。そして、つい出来心で「お願いします」といってしまったのだった。

別に釣好でなくとも他の釣船でもよかったのだが、釣好にお願いするにはわけがある。釣好の離島便の常連さんと一緒に釣りができるということが、その理由。8月にマグロ釣りで一緒させてもらって、それ以来、その愉快なおじさん集団と一緒に釣りをしたいという思いがわき上がってきたのだ。そして、ベテラン釣り師の釣技をこっそり盗むのもその目的の1つだ。さあ、甑島の鰤は私に一体どんな答えを用意してくれているのだろう。


本日の客は草垣行きを断念させられた6名

けたたましい携帯電話のアラームの音で目が覚める。午前3時。道具をまとめ、九州自動車道を南下、一路串木野港を目指した。午前5時に釣好到着。おばちゃんがいつもの笑顔で迎えてくれた。「いっぱい釣って笑顔で戻ってきてくださいよ」いつもの台詞で見送られる。港に着くとすでにみんな道具を積もうとするところだった。あいさつをすませてキャビン内へ滑り込む。いつもはここですぐに横になるところだが、どこからともなく常連さんが集まってきて、いつの間にか酒宴が始まっていた。

みんな缶ビールや焼酎片手に飲み始める。飲めばもう上機嫌。ガハハハというおじさん特有の笑い声がキャビン内をこだました。私も負けじとクーラーから缶ビールをとりだし、一緒させてもらうことに。船が港を離れ、堤防を出ると船はいつもの高速運転に切り替わる。揺れる中での酒盛りも中々面白いものだ。

そのおじさんたちは、今年好調だったマグロ釣りの話題で盛り上がった。みんな、60を超えるリタイア組の人たち。教員、商売、会社員などその職種は様々である。しかし、釣りというすばらしい業で固く結ばれている仲間たちだ。その中には、おべっかを操る人間も、疑心暗鬼な人間もいない。少年のように純粋な釣り師たちだ。

「今年はマグロがようけ(たくさん)釣れたなあ」
「うーん、10キロクラスだと写真写りも小さくなって写らないといけんからなあ」
「この人なんか今シーズン11本もマグロをあげてるんだよ。平均で25キロサイズ。」
この船の名人といわれるWさんが紹介される。
「おれは2匹だけだったよ。あんまり行けんかったからなあ。」
「なんでこんなにマグロがつれたんかなあ」
「たぶん地球温暖化の影響やろ。沖縄あたりで釣れるはずのマグロが回ってきたんじゃないの」
「2本釣ったらもういいってかんじになるもんなあ」
「おれは、この前マグロに2本も竿をこわされたよ。」
と名人。
「これからは何が釣れるんですか」
とすかさず会話に割ってはいる私。
「尾長、カンパチ、シマアジ、オキアジ、ホタなんかが釣れるよ。」
「本当はね。年末が一番釣れるんだよ。出れば、クーラー満タン間違いないよ。」
「仕掛けはね、最低20号だよ。僕たちは、40号、50号ともっていくよ。そうでないと草垣の魚は取れないからね。」
30キロクラスのマグロはどうやって持って帰るんだろう。クーラーに入るはずはないし。素朴な疑問をぶつけてみた。
「のこぎりで2つに切るんだよ。」
なるほど。
「この前はな、200キロのサメがかかってまいったよ。20分間やりとりしてつかれたよな。」
「アカイサキはなあ味噌汁にするとうまいぞ」
「本当か。それなら今度からよその家に配らずにキープしよう。」
「アカイサキは、一夜干しにして焼くとうまいぞ。」
と名人。
「今日は鰤って言ってたけど、結局アカイサキ釣りに変わりそうな気がするがな。」
「たしかに、今日の目標は」
指を3本立てる名人。
「300百本か」
「ガハハハハ、そんなはすないだろうがい」
さすがに、名人は、泳がせ釣りとわかると、生き餌が釣れなかった時のために、どこからか生き餌のアジを生かしてもってきているとのこと。もうみんなほろ酔い加減になりできあがり始めていた。
「あいつは、もう飲めんそうじゃ。胃を全部とったからな。」
「ぼくは、まだ3分の2は残ってるから飲めるよ」
「おれは糖尿だが10年は大丈夫だ」

本当に愉快な人たちだ。この酒宴は終わりそうもない。いつの間にか話題が健康問題に落ち着いた頃、エンジンがスローになった。

いつもの中甑沖のポイントよりかなり地磯に近いところだ。ここで、生き餌の小アジを釣り、ある程度釣ったら鰤の本命ポイントへ行くという。いつもの天秤仕掛けで釣り開始。しかし、水温が急に下がったのか活性がない。しばらく餌を入れてみるが、つけ餌はそのまま帰ってきていた。船長によると魚探には反応が出ているそうだが。

30分くらい続けていると、ようやく誰かが魚を掛けた。チコダイである。いつもの甑の船釣りなら本命だが、今日は外道。比較的水温が低くても動きの速いこの魚が餌を喰っているため小アジまで餌が届かないようなのだ。どうしよう、アジが釣れない。何回もポイントを変えるものの一向に釣れてこない。11時半までにわずか1匹。他の常連さんも1人1〜2匹。船長だけが4匹と1人気を吐いていた。


まずは中甑沖のポイントで餌用のアジを釣るが


120号−210の竿 甑の釣りに最適


前半戦は餌を1匹だけ しかも弱ってるし


この人たちも今回は外道


大荒れの鹿島西磯 灯台下

午前11時半を回った頃、業を煮やした船長が、「仕掛けをあげて移動します」を合図にいよいよ鰤の本命ポイントへ行くことになった。こんな不安な釣りはない。なぜって、餌を1匹しか釣っていないから。しかも、そのアジは長旅でお疲れのようで元気がない。

船は、全速力で下甑島と中甑島の水道にあたる蘭牟田の海峡を進んでいく。どうやらこの先の甑島の西側が本命ポイントらしい。「大体、1,2回仕掛けを入れて反応がなかったらその日はだめだもんな」ベテラン釣り師が、数々の経験値をもとに、すでにあきらめモードに入っている。一番テンションの高いのは船長ではないかと思えた。

蘭牟田の水道を抜けるとそこは時化だった。

北西の季節風がまともに吹き付け、西からのうねりは容赦なくビッグ釣好を襲った。数年前、夜釣りで乗ったことのある鳥の巣を過ぎ、円ア灯台を過ぎ、ネンガ瀬の沖でエンジンはようやくスローに変わった。波に揺られ立っているのもつらい状況。「仕掛けを入れて。底から10mだよ。」一番テンションの高い釣り師へと様変わりした船長が檄を飛ばす。満潮近いというのに激流が流れている。この激流の中一粒種の小アジは疲れ果て、さらに何者かに口の下あたりを攻撃され、あえなく絶命。生き餌がなくなり私は万事休す。他の釣り師もあたりを拾うことなく、あまりの時化の中、危険と判断した船長は船をUターンさせることにした。


鰤の本命ポイント 大うねりの中 池屋崎方面を臨む


何かに喰われてしまった もう復活は不可能

この移動の間、おじさんたちがぼやく。「今日はクーラーが汚れなくてすむなあ」「うんだあ、あまった氷でかき氷でも作るか。」ガハハハと大笑い。「あのなあ。春の草垣はいいよ。丁度、彼岸から4月1日までの間にな。何万匹ものトビウオがやってくるんだよ。そのトビウオを玉網ですくうといくらでもとれるよ。そして、そのトビウオの美味しいこと。産卵を控えているから脂がのって最高。これを開きにして食べてごらん。他の魚は食べられないよ。私は世の中の魚の中で一番うまいと思うがね。」「すると、よこからもう1人のおじさんが、いやいや石鯛の皮が最高だよ。」「いいやアラだよ。アラが一番うまいって。」「草垣は、いいけど費用がかかるからね。」「でも、パチンコで負けたって思えば、いいじゃない。ちょっと値段が高いけど、おみやげはあるし。」本当に愉快な人たちだ。惨敗の気配濃厚なのに、この元気。おかげで釣りが楽しくなる。

さて、午後も1時近くになって、どうやらここが最後の場所らしい。あきらめムードで釣っていると、なにやら船尾付近で騒がしくなった。どうやら、2番の人が小アジの生き餌で魚をかけたらしく、やりとりを始めていた。「慎重に!」船長の檄が飛ぶ。すかさず、名人玉網係となって構える。みんなあきらめムードの中、釣れてきたのは見事な5キロクラスの鰤だった。自然と拍手に包まれるその釣り師。「おめでとう。これで都城にかえれるね」リタイヤおじさんたちは次々に声をかけている。風貌は、本当におじさんだが、その内面は離島の海のように清らかだ。私も思わず拍手してしまった。


この船唯一の鰤の釣果 都城の方 おめでとうございます

その直後、久しぶりに魚からの反応が現れた。釣り上げたのは、ほしかったほしかった小アジだったのだ。しかもトリプル。「よっしゃあ。やっとで泳がせ釣りができるぞ。もうまったく、遅いよ君たち。」すぐに、泳がせの16号ハリス仕掛けにセットし、仕掛けを落とした。しかし、ときすでに遅し。15分ほど鰤のあたりを探ったところで、船長の「やめまよう」の合図で無念の納竿となった。こうして初めての泳がせ釣りは、実質釣り時間わずか30分。完敗となったのでありました。


納竿まであと15分でやっと餌の小アジが釣れましたよ


お疲れ様 串木野港


本日の釣果 外道が5枚

港に帰り、惨敗した釣り師たちに悔しさはなかった。というより、もうすでに次なる釣行に向けてイメージトレーニングに入っているようだった。また、草垣で会いましょう。そんな別れのあいさつを交わしながら、私は次回、いよいよ開幕を迎えるクリスマス寒グロ釣行に向けて、心はすでに故郷と言うべき離島硫黄島へと旅立っていくのだった。




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