12/28 釣り納めで海の感謝 硫黄島

2008年もまもなく暮れようとしている。今年住み慣れた学校を転勤してへき地の学校に赴任。初めて経験することだらけで戸惑う日々。ようやく慣れてきたところで、2学期が終わり、年末を迎えた。自分にとっていろんな意味で忘れられない年になりそうだ。
 最近、久しぶりに井伏鱒二の「山椒魚」という作品を読んだ。この作品は、高校の教科書にも出て来る小説である。<山椒魚は悲しんだ。>の一節で始まるこの作品は、すみかである岩屋からそとに出ようと試みる主人公「山椒魚」が苦悩する姿を描いている。我々読者は、山椒魚をこの小説では両生類としてではなく、当然、苦悩する人間の姿として見ていくことになる。この作品を読んでいて気づいたことであるか、作品を語っている話者は、主人公の悲劇的な状態を同情しながら、言い訳しながら、(山椒魚が)間抜けだとまるで高見の見物をするように語っていることである。

 ある国語の研究会で、この話者の語り方が問題となった。なぜ、作者は、話者に主人公をこのように揶揄するような語り方をさせているのか。討論しながら、作者は、この話者の語り方を読者に批判させたいのではないかということに気づいた。作品研究をするときに、登場人物の生き方だけを問題にするのではなく、話者の語り方を問題にすると文学をより深く味わうことができることがある。小学校の国語教材でも3年生に「モチモチの木」という作品がある。<まったく、豆太ほどおくびょうなやつはいない。>と語り手(話者)が、夜中に外にある便所に行けない幼い豆太を批判している。これも豆太を憶病だと一面的に決めつけている話者の語り方が問題となる。豆太は、夜には憶病にもなるし、じさまがピンチの時には勇気をふるって医者様を呼びに走る。この豆太の行為は、人間を憶病だとか、勇気があるとか、一面的に見てはいけないと思わず話者の語り方を批判したくなるのだ。

「山椒魚」では、話者の高見の見物的な語り方を批判しながらも、心ある読者はやがて自分も実は他人が不幸なとき、どこか高見の見物のような見方を自分もしているのではないだろうかと気づかされるだろう。人間はだれでも主人公の「山椒魚」のように、気がついたらどうにもならない状況に陥ることがある。自分には関係ないとTVから報じられる最近の厳しい社会情勢を自分のこととして考えていない自分。しかし、「そんなの関係ねえ」と決め込むことはできない。自分の生活には今のところあまり影響はないが、自分の知っている人がもしかすると年を越せるのかと考えているかもしれない。あるいは、友人が、教え子が、そして、将来我が子が・・・。そのように、考えていくと、決してTVから発せられている事件を評論家的にみることはできないと悟らざるを得ないのだ。

 最近、自分の教職員の知人、友人が相次いで病に倒れた。1人は、脳梗塞、もう1人は入院で休職。まだまだ50代前半の知人の病を40代半ばの自分には関係ないとどうして言えよう。この2人に共通して言えることは、仕事人間だったこと。右脳ばかり働かせていたことだ。熊本県の教職員の休職者における精神疾患の割合がついに全国トップとなったそうだ。ただでさえ、我々の職業は、人を相手にする重い仕事で肉体よりも精神的に疲労するものである。この前、うつ病になった知り合いも、とても精神科に行くとは思えないほど、明るく元気な方だった。だれもが精神疾患になる可能性がある。これが、現代社会を取り巻く本当の病魔なのだ。

 そんな厳しい世の中で生きていくためには、人間として最も人間らしい遊びをすることにあると考える。最も人間らしい遊びとは何か。それは、釣りである。自然と一体になりたいという「天人合一」の思想とともにこの宇宙船地球号に乗って生きていくためには、自然に遊んでもらうのが一番だと思うのだ。

 さて、年末のこの時期は、ここ数年必ず師匠uenoさんと釣り納めを行うことにしている。行き先は、当然硫黄島である。この一年いろんなことがあった。いいことも悪いこともこの釣り納めで忘れ、体をリセットしてまた新たな気持ちで新年をスタートさせるのである。


12月28日、29日と硫黄島の1泊2日釣りを計画した。北西の季節風が吹くこの時期に離島に出船するには、かなりの幸運が必要である。年末の1泊2日釣りを計画した中で、成就できたのはまだ1回しかない。昨年は、年末に爆弾低気圧が立て続けに発生し、1日釣りさえもポセイドンは許してくれなかった。そのため、今年の釣り納めは、28日、29日、30日と3日間スケジュールを空けた。大掃除を早めに取りかかり、年賀状を早めに書き、家族の機嫌を取り、できるかぎりの様々な努力を惜しみなく行った。しかし、今年も我々の行いの悪さをポセイドンは見逃さなかった。案の定、中日の29日に全国的に雨が降るという最悪の予報だ。何とか28日だけは、波高1mの予報で出航できそう。前日は神戸に研修に来ていて、その休憩の合間に黒潮丸の船長に連絡をいれた。

「カマタさん、1日釣りでいいですか。アミとオキアミ2角ずつでよかったよね。3時集合です。」船長がまくし立てる。今日から出ているはずだから、今日の状況を聞きたかった。р切ろうとする船長に「あの船長。今日は釣れましたか。」「えっ、今日は出てないよ。」年末の土曜日に船が出ないとは、時化以外考えられない。2m〜1mの予報だったのに。これだから離島はわからないものだ。「船長、どこかいいところに乗せてくださいよ。」「尾長釣りたいんだよね。鵜瀬でもいいし、瀬変わりでタジロでもいいよ。」本当は相性のいい浅瀬のハナレに乗せてほしかったのだが、ここは船長にお任せしよう。


12月28日、大潮まわり。硫黄島では午前8時半頃が満潮か。うまいことに闇夜だ。ハリス16号の尾長仕掛けが使えるぞ。大阪空港から鹿児島空港に着いたのが午後9時過ぎ。そこから車で自宅に帰ったのが午後10時過ぎ。すばやく道具の準備をし、uenoさんとの約束の時間11時半には何とか間に合った。午後11時40分人吉ICを出発。九州自動車道を南へ下り、鹿児島市内で指宿スカイラインに入る。川辺ICから国道に入り、枕崎港についたのが午前2時前だった。

 静寂そのものの枕崎港。いつもの時期ならおびただしい数の四駆などの車が止まっているはずの港だが、黒潮丸のテリトリーにはいつもの半分ほどの自動車しかなかった。これも金融恐慌の影響か、はたまた、硫黄島の釣果が今一歩だからか。ねらい通りのポイントに乗れる確立が高くなったことを喜ぶことよりも、渡船業界の行く末を思わず案じてしまう。

 これまで硫黄島では、底物ではいつもの調子になってはいるものの、上物のクロはいまだに眠れる獅子状態。水温が下がらないために、釣れても型が今ひとつ。また、この時期なら硫黄島のどこかで黒潮に乗ってやってくる大型の尾長(ワカナ)が接岸するはずだが、音沙汰無し。こんな硫黄島の現状に釣り師の行動は正直だ。毎年、満員の釣り師を乗せ出港するはずの黒潮丸が、例年の半分の釣り師の静かに港に佇んでいる。

 今回の釣りも厳しいものになりそうだと、視線を道路側に向けると、幸運のお人を見つけた。「謎の爆釣釣り師」である。彼との出会いは衝撃だった。2005年の2月の終わり。新島に乗ったとき、その爆釣釣り師と初めてご一緒してもらった。早速、船着けで夜尾長釣りの準備を始めている我々を尻目に、道なきゴロタ石をキャップライトでたどり、夜尾長を2枚ゲット。その後、口太を40枚釣った。その重いクーラーの重量感を忘れることができない。また、その年のシマアジねらいの釣行では、謎の釣り師は平瀬に乗礁。港に帰ると、その釣り師はいきなりクーラーをひっくり返した。釣り師の間にどよめきが起こる。まだ時期的に早いと考えていた釣り師の羨望のまなざしがその釣り師に向けられた。3キロ弱のワカナに口太40枚の爆釣劇。一緒に船に乗った2回とも40枚の大釣り。もちろん、釣りの技術はかなりのレベルにあると思うが、彼にはきっと運がついているはず。なぜなら、彼と一緒になった時は2回とも私も2桁釣らせていただいたからだ。魚の気持ちがわかるのだろうか。彼がいることでかなりのアドバンテージを持つことができた。風が心地よく吹いている。

 しばらくすると、いつもの軽トラックで船長が登場。エンジンに命が吹き込まれる。ぶるんぶるんと命の鼓動を合図に、釣り師の動きがにわかに速くなる。14,5人を飲み込んだ船は、ゆっくりと港を出発。枕崎の堤防を過ぎると、いつものようにエンジンは高速に切り替わる。思ったより凪ぎの海だ。神戸からの帰宅直後の釣りなだけに疲れていつの間にか深い眠りについてしまった。

 人間の体内時計は不思議なものだ。硫黄島に近づくとどういう訳だかどんなに疲れていてもその到着の直前に目が覚めてしまうのだ。エンジン音がやがてスローに変わる。よしっ、来た!素早く起き上がり、ライフジャケットをまとい、キャビンの外に出る。鵜瀬なら一番はじめに渡礁しなければならないからだ。

「カマタさん、準備してください。」案の定、声がかかった。まだ時期的に早いとはいえ、硫黄島で一番のワカナポイントに乗せてもらえることに感謝しながら、荷物をホースヘッド付近に運ぶ。目の前に星空に頸を突き出した巌がサーチライトをあてた先に忽然と現れた。先客の2名が鵜瀬の頸の左側に渡礁。ここは、底物師が乗ることが多い石鯛、尾長の1級ポイントである。無事渡礁。今度は我々の番だ。潮が引いているので真ん中のコブにホースヘッドが着いた。うねりが結構残っている。慎重かつすばやく渡礁。荷物を受け取り、船長のアドバイスを待った。「カマタさん、クロのポイントは知ってるよね。裏のワンドですよ。8時過ぎに瀬変わりしますから準備しておいてください。」そう言い残して、黒潮丸は平瀬方面へと旅立っていった。

 さあ、ゆっくりしている暇はない。時刻は午前5時過ぎ。これから準備して夜明けまで、1時間ちょっとのワカナタイム。戦闘モードで仕掛け作りに入った。竿は石鯛竿に10号おもりの宙釣り仕掛け。海に向かって右端にピトンを打ち込み、撒き餌を始めた。



離島釣り師の夢とロマンを叶える黒潮丸


第1投からイスズミが・・・いやな予感

まき餌は、いつもの離島バージョン。赤アミ、オキアミ生を混ぜたもの。赤アミがよく光るようにライトをしばらく当てる。潮筋を見るためにしばらく撒き餌を打ってみる。真っ暗闇の海面に燐光がまるで天の川のように躍動している。味も香りも、見た目も申し分ないワカナにとって最良のグルメ。さあ第一便のワカナなら一発で食いついてくれるはず。離島の夜釣りならではの濃厚な時間を楽しみながら竿先のケミ蛍を見つめ続けた。いきなり、第1投でuenoさんが何か魚をかけたようだ。2005年に初めて鵜瀬に乗ったとき、いきなり第1投で尾長を釣ったことを思い出した。これはもしかすると、俺たちが第1号になるかも。しかし、上がってきた魚は大いにuenoさんを落胆させた。「イスばい、イス!」上がってきた魚は離島のエサトリ最強選手イスズミだった。このタイミングでこんな魚が釣れるようじゃ・・・。


尾長戦線異常なし

その後、我々の予想通り、エサトリだけしか釣れない尾長戦線異常なしというけっかになったことは言うまでもない。
「もう昼釣りの用意ばせんばんバイ」uenoさんは早くも尾長釣りをあきらめ、裏のワンドでの口太釣りに照準をあわせていた。私も急いで準備にかかった。竿はがま磯アテンダー2−53。道糸5号にハリス3号。グレバリ8号、ウキはこのところ離島での釣りにぴったりのアイテムと信頼を寄せている釣研競V2の3Bの先発だ。今までの実績からタナは1ヒロ半から始めることにした。


鵜瀬のクロのポイントは裏のワンド

いつも師匠に釣り座を奪われるとバッカンをワンドの再奥部に構えた。上げ潮はワンド内から出る潮で釣れるから、奥から流していこうと考えたからだ。uenoさんは、下げ潮のポイントであるワンドの先端に構えた。


朝日に輝く新島


まさかワンドにいたとはね 尾長


上げ潮のクロのポイントはワンド内

今日のワンドは期待のサラシがなく苦戦しそうな雰囲気だ。餌をまくものの魚の姿は見えないし、仕掛けを入れて何者かが餌を盗っているようだが、あたりはでない。いきなり釣れることの多い離島の釣りなのに、この状況は不安を覚えてしまう。釣り始めて殺気を感じたので前をみると、uenoさんがいきなり魚をかけた。浮いてきたのは竿の曲がりの割には小さいサイズのクロが見えた。おめでとうuenoさんと声をかけようとすると、「バラシたあ」uenoさん、お約束のバラシ劇。うちの師匠はよく魚を掛けるがバラシが多い。今日もいつものバラシ劇を演じてくれた。これがないと始まらない。


こちら側のワンドの先端は下げ潮のポイント

ところが、再びuenoさんは魚を掛けた。今度はイスズミだ。今日もこのイスズミとの格闘が始まるに違いない。しかし、こちらはあたりすらない状況だ。ワンドの壁際のサラシ付近を攻めていたが、生命反応が感じられない。そこで、ワンドの入り口付近までながすことにした。あまり気が進まないポイントだが、本命と考えていたサラシ付近はあたりがないからだ。ワンドの入り口は、サラシもないし、潮もあまり動いていない。期待薄感の中以外にも競V23Bが紫紺の海の中に一気に消し込まれ、道糸が走った。パブロフの犬のような条件反射で竿を立てる。ハリスの強さを信じて強引に浮かせにかかる。敵も離島の潮流にもまれて生きてきた魚だ。右の沈み瀬に一直線。しかし、アテンダーの力が勝った。どうせイスだろうと抜き上げると意外な魚がとんできた。クロだ、クロ。いや、尾長。いや、小長。30cmを何とかこえるサイズ。よく引くはずだ。思ったより小さいサイズだが、ボウズは免れた喜びに浸ることができた。よく海の中をのぞいてみると、丁度魚が喰ったところは海溝になっているようで、そこに餌がたまっているようだった。偶然パターンを見つけた私は、この後2枚尾長を追加した。尾長がいると考え、ハリも尾長専用ハリに結び変えた。


サラシの中にもいたソウシハギ

uenoさんもクロをゲット。満潮までに3枚ずつ釣って満潮を迎えた。私はuenoさんにこれからの戦略を確認するためにこう尋ねた。「uenoさん、瀬変わりしますか。」実は、自分は瀬変わりに傾いていた。このポイントは朝方の早い時間帯ではクロが釣れるが、時間がたつにつれイスズミだらけになるのではないか。鵜瀬のハナレのほうがクロが釣れるような気がするからだ。しかし、師匠は頸をたてに振らなかった。「おら、ここでよかバイ。」師匠のことばは絶対だ。しかたがない、ここで頑張ることにしよう。

 しばらくすると、黒潮丸がやってきた。「どうですか。釣れてる。瀬変わりしようか。」ここで粘ることをゼスチャーで知らせた。隣の組はあまり釣れなかったようで、瀬変わりするようだ。他はあまり釣れてないのかもしれないね。ならば、ここの方がいいかも。下げ潮に入ったので、uenoさんの隣で釣らしてももらうことにした。ここはいい感じのサラシが出ている。磯際に撒き餌を打ち、サラシの出るタイミングを見計らって仕掛けを入れた。このパターンで9時頃までに、尾長ばかりを3枚追加した。uenoさんは、ここで5枚追加した。不思議なことに自分は尾長のみなのに、uenoさんは、口太主体。ハリや餌の付け方がの違いだろうが、それにしてもこうまでもちがうとはね。



またここに来ることができた感謝を硫黄岳に


ワンド先端のポイント 下げ潮で水温が下がり喰いも止まる

上げ潮は23度くらいあったそうだが、下げに入ったら水温が下がってきたようで魚の活性がどんどん下がっていった。あれだけイスズミを釣っていたのに、イスズミさえ口を中々使わなくなってきてしまった。もう釣れないよ。二人で早めの納竿とした。
 あまり釣れなかったが、十分楽しめたし、もういいだろう。道具を片付け、鵜瀬で大の字になって休んだ。ここで大の字に寝ると地球に抱かれている気がする。また、この地に来ることができたことを眼前に見える硫黄岳に向かって感謝の気持ちを表した。硫黄岳よ来年もよろしく。こう呟きながら回収の黒潮丸に乗り込むのだった。



30〜37cm6枚 すべて尾長


uenoさんの釣果 こちらは口太主体


正月用の刺身は釣れたかい

午後3時過ぎに港に帰って釣りを振り返った。やはりまだまだ水温が高かったようで、平瀬などで6kgのスジアラやバラハタなど夏の夜釣りでお馴染みの魚が上がっていた。石垣鯛も全体で8匹ほど釣れていた。大体どの釣り師にも釣果があったようだ。謎の爆釣釣り師も今回は爆釣しなかったものの、しっかりおみやげはキープできた模様。圧巻は、鵜瀬のハナレの釣り人の釣果だ。瀬変わりで途中からの釣果にもかかわらず、18枚と13枚、つまり2人で30枚以上という爆釣劇を演じたのだった。硫黄島でもついにクロの喰うスイッチが入ったようだ。後は、いつ尾長が接岸するのかということだ。「カマタさん、まだまだ水温が高くてね。尾長はこれからだと思うよ。初釣りはいつにしますか。」今日が今年の釣り納めだと悟った船長が早くもこう切り出した。私が答えるより早く答えたのは師匠uenoさんのほうだった。uenoさんは、硫黄島より甑島に行きたがる人だが、「1月の第2週の土日でお願いします。」と答えていた。今回の釣りがかなり満足できる結果だったようだ。

 家に帰って、いつものお魚料理を準備した。やはり、新鮮な魚の美味しい食べ方と言えば、造り、そしてしゃぶしゃぶが一番。今回の魚はまだまだ真子や白子がほとんど確認できなかった。脂はのっていなかったが、とても甘かったね。さすがは尾長。息子も久しぶりに父ちゃんからのお魚料理を堪能してくれた。来年も無事に釣りに行るよう家族を大切にしながら、仕事にも励んでいきたい。



本日の料理 尾長のお造り しゃぶしゃぶ 甘〜い♪

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