2/11 これぞ離島の釣り 硫黄島

職員会議中に机の上に置いてあった携帯が鳴った。やばい、マナーモードにしてなかったと苦笑いしながら、着信記録を見てみると、「黒潮丸」と表示されていた。アドレナリンが全身を駆け巡る。ついに、ポセイドンからの許可が下りた瞬間だった。幸運の女神が降臨。ウキウキ気分で残った雑務を片付け、自宅に帰り道具の準備を終えたのが、午後10時半。「2時半集合な」という船長の連絡に間に合うにまたも時間ぎりぎりになったしまった。

 今年の寒グロシーズンは、土日の時化続きで1月4日の初釣り以来、磯に立てない日が続きついに6連敗を記録してしまった。寒グロの最もいい時期の1月に1度しか磯に立てなかったことは、釣りを始めて初のことだった。その間に、甑島などの離島では1月中旬くらいから好釣果が聞かれるようになった。わがホームグラウンドの硫黄島も2月1日にオナガと口太の爆釣が伝えられた。期待された7日、8日は、鵜瀬で3キロ級のオナガが3枚仕留められたものの、サメが居付いており、サメの餌付け状態。口太は水温の関係か散発的な釣果だったそうだ。

 そんな情報の中、寒波続きの後、見事な梅の花が咲き出した。この花は、離島の上物釣りの本格シーズンの到来を告げたのだ。ああ、このまま今シーズンは終わってしまうのか。祈るような気持ちで、11日の建国記念の日を待った。運良く、1.5m後2mの予報だ。これは行くしかない。道具の準備にも力が入った。


硫黄島での快適な釣りを約束する黒潮丸

2月11日大潮。満潮が8時半頃。ここ数年、硫黄島は、上げ潮の高水温、下げ潮の低水温という水温の違いで釣りの難易度を上げていた。上げ潮の高水温では、石鯛のあたりが活発になり、下げ潮では、クロの食いが高まる。よって今日は、大潮。昼釣りの多くの時間が下げ潮になるためか、10名のうち石鯛師はわずかに2人。後は、上物という布陣だった。荷物を運ぶ磯師の顔ぶれを見ていると、何とあの「謎の爆釣釣り師」を発見。2008年末の釣行の時、久しぶりに見て以来。口元が自然と緩むのが分かる。「謎の爆釣釣り師」と一緒のときは、いい釣果になる時が多い。このわけの分からぬジンクスを頭に浮かべるほど自分の釣りバカ度は上がりきっていたようだ。

 ぶるん、ぶるん、ぶるるん。エンジンが眠りから覚める。釣り師の動きが静から動に変わる。いつもの光景だが、緊張感が高まる瞬間だ。荷物を積み終わると快適なキャビン内に潜り込み、毛布を掛けて横になる。キャビン内の照明が消される。船はゆっくりと旋回しながら向きを変え、枕崎を徐行している。枕崎の堤防を過ぎると高速回転になる。船底の状態から今日は凪のようだ。わずかながらの安堵感を抱きながら、ふっと眠りに落ちた。気づいたときは、そこは硫黄島だった。

 「○○さん、××・・・」船長がいつものように短いが的確な指示を釣り師に送っている。今日も鵜瀬からの渡礁のようだ。3人の釣り師を瀬上げすると、今度は東に向きを変え走り出した。満月が妖艶な硫黄島の山肌を映し出している。竹島がくっきりと見えている。船は竹島を左に見える場所でごつごつした溶岩の塊の磯へ近づいた。このところ好釣果をたたき出している新島である。石鯛場に2人、上物船着けに2人を瀬上げした。風が結構吹いている。やや時化気味だ。北西向きの風なので、ここなら快適な釣りができそうだ。
 この時、船長に呼ばれた。「カマタさん、あと1人の人とみゆきに乗せます。」みゆきとは、自分の中では、永良部崎の根元付近にあってしけに強く、クロや青物の好ポイント。時化男のK野様がお気に入りというくらいしか情報がなかった。


みゆきのオナガポイント

ご一緒いただくもう1人の方は、姶良町のHさん。かなりのベテラン釣り師の風貌をたたえていた。私は初心者だから、心強い味方だ。船は大瀬に底物師を下ろしたあと、東に進路をとった。みゆきに船が着けられる。素早く渡礁。荷物を受け取り船長のアドバイスを待ったが、しばらくライトを照らしてくれたもののいつものアドバイスなかった。その理由はすぐにわかった。ご一緒いただいたHさんがいろいろと教えてくれたのだ。「そこのワンドがオナガのポイント」鹿児島なまりを自分なりに翻訳しながら教えを請うた。夏の時期にはアカジョウが釣れるらしい。


時化気味 手前のヒレ瀬は渡礁不能


右は硫黄島本島 カメクレ 双子瀬など 底物の名礁が続く

5号竿に道糸ハリス10号。今回は月夜ということもあり、ワイヤーは使えない。そこで、やつに飲まれても大丈夫なようにケプラーを施した。1号の尾長専用のウキにケミをつけ、2ヒロから始める。しかし、この波何とかしてくれよ。複雑な流紋岩で構成された地形がワンドにかなりの広範囲のサラシを生んでいた。瀬際に仕掛けを落ち着かせようとしても定期的にどっかーんと波がやってきて、沖へと運ばれるのだ。中々釣りにならない時間帯が続いた。一方、Hさんも苦戦。餌は盗られ出したということだったが、本命らしきあたりはまだない。そろそろ夜明けというところで、Hさんが残念そうに話しかけてきた。「やられた。切られたよ。」どうやらオナガらしき魚からハリスを切られたらしい。10号ハリスの2本バリ仕掛けだったそうだ。

 何のドラマもなく朝マズメを迎えた。早速昼釣りの準備を始めた。今日は波気があり、口太釣りには絶好の海況だ。かなりのサラシが発生している。てっきり、昼釣りのポイントは、オナガと同じ処と思っていたのだが。

「クロのポイントは、その岩の向こうですよ。」指示された先を見ると、3mほどの崖が立ちはだかっていた。えっ、ここを登るの?40の半ばを過ぎ、20年以上いわゆるホワイトカラーとして生活してきた自分にこの崖が登れるだろうか。思わず躊躇してしまう。


この崖の先がポイント



ここに手をかけて よいしょ



何?この溝に仕掛けを入れろだって



奮闘中のHさん

「この場所(オナガポイント周辺)はクロは釣れないよ。向こう側のポイントに溝があるからそこに仕掛けを入れて。ちょっとでも溝からでるとイスズミにつかまるよ。1ヒロ半くらいに浅くして。」とHさんは私に口太釣りのポイントをアドバイスしてくれたのだった。初めは、決死の覚悟で崖を上っていたがだんだん慣れて足をかけるところがわかると恐怖感も消えた。それにしてもこんなポイントは初めてだ。どこにでもあるような道の蓋のない側溝のような幅の溝に仕掛けを入れるなんて。サラシで真っ白のこの溝は、時折どっかーんと波が押し寄せてきてとても釣りができる状態ではない。仕掛けを落ち着かせるのはとうてい無理だ。一応3Bの1ヒロ半の半遊動でやってはみるものの、根掛かりしないか冷や冷やもののつりだ。おまけにこの高さでは玉網はとどかないかも。3号竿持ってくればよかったかなあ。

 上げ潮は手前に強く当たってきている。溝から払い出された仕掛けが一気に海中に消えた。いきなり魚が食ったらしい。浮かせてブリ上げると、足裏サイズの小尾長が飛んできた。なんだ、魚はいるじゃん。無理に溝に仕掛けを入れなくても。波が落ち着いた時を見計らって仕掛けを溝に入れたり、払い出される潮にのせたりしながら釣りを続けた。



どんな味がするのか一度は食べてみたいコバンアジ


小尾長ばかり 

何もわざわざ溝に入れなくても仕掛けをできるだけ瀬際に落ち着かせれば釣れるさと高をくくっていたら下げ潮になると結果が出始めた。わたしは、相変わらずのイスズミ攻撃とソウシハギの来襲に手を焼いていたが、Hさんはそれまでの沈黙を破って次々と魚を掛け始めた。しかも、良型のクロばかり。目の前で見る入れ食いに心中穏やかではない私は、声をかける。「Hさん釣れてますね。」「仕掛けを溝に入れて」という同じアドバイスが飛んできた。でもどうやって仕掛けを落ち着かせるのだろう。

 そうこうしているうちに午前11時20分をまわり、無情のタイムアップ。今日は時化気味ということで船長が昼前には回収に来るということを見回りの時に聞かされていたからだ。残念、無念、口惜しや。軽いドンゴロスを片手に崖をおり、道具類を片付け回収の船に乗り込んだ。


ありがとう みゆき瀬

「カマタさん、どうやった」「小さいのが8枚」と答えた。いつもならまずまずというところだが、Hさんの釣りを見せられただけに敗北感は否めない。「Hさん、釣れた?」納得の表情のHさん、決しておごることなく冷静なHさんにベテラン釣り師の技を見せつけられた格好だ。と同時に初心者の私に釣りの手ほどきをしてくれたことへの感謝の念がわき上がってくる。Hさんのクーラーはとてつもなく重かった。そのクーラーの中にはぎっしりとキロクラスのクロが詰め込まれていたからだ。

 時化気味で船がばっかん、ばっかん揺れている。船長の早めの回収という判断は正しかった。海がどんどん悪くなる感じがする。船は、硫黄島港を過ぎている。その港に向かう船を見つけた。かいしん丸だ。「今日はこの時化でしょう。乗せるところがないから、堤防に行ってるよ。」と船長が解説してくれた。

 船は、硫黄島本島に近い距離を走行している。新島への回収に向かうため沖へ出ると船全体が波しぶきを受け出した。あわててポーターさんと一緒にキャビン内へ避難。2.5mはあったであろう波を受けながら、黒潮丸は新島に着けた。みんなの視線がこのところ好調の新島の釣果に向けられた。「どうでしたか」という船長の問いかけにみなさえない表情だ。数年前、新島で大爆釣をやってのけた「謎の爆釣釣り師」のクーラーを持ったが、魚が入っている雰囲気がないほど妙に軽かった。初めて見た。「謎の爆釣釣り師」が惨敗した姿を。帰りの船は、いわゆるジェットコースター状態。ひゅーん、どかーん。横になっていてもさすがに気持ち悪くなってきたほどだ。


好ポイント洞窟周辺



タジロはかいしん丸が乗せていたが瀬変わりか



新島での回収 みな元気がない



離島の釣りを快適に 黒潮丸のキャビン内

港へ戻って今回の釣りを振り返った。まず、Hさんのクーラーを船長が開けた。羨望のまなざしがHさんに向けられる。良型のクロが25枚ぎっしりと詰まっていた。新島でも釣果はあったが、水温が高めだったのか私と同じく小さいサイズに終わったようだ。Hさんに釣り方をくわしく聴いてみることにした。「2Bか3Bのウキでガン玉を3号、4号の2個、そして、ハリスにも小さいのを段うちしました。」「えっ、それなら沈んでしまいますよ」「ウキは目印と思えばいいよ。竿先でクロのあたりがあればかけるのさ」この会話をきいていた船長が口をはさんだ。「カマタさん、普通の釣りじゃくてミャク釣りだよ。この釣り方は私がHさんに教えたんだけどね。」なるほど、そうか。それでHさんは上物でありながら、石鯛竿のような構えで釣りをしていたんだ。ミャク釣りなら説明がつく。あの溝に仕掛けを落ち着かせるためには重いガン玉が必要だったんだ。フカセ釣りばかりしていて自分の頭がいかに凝り固まっていたかがわかった。

 久しぶりに、離島の釣りの面白さとふところの深さを味わえた今回の釣行。次回の15日に向けて、「みゆきは下げ潮でよくクロが釣れるよ。つぎもみゆきに乗せてあげようか」という船長のお誘いに、2つ返事で反応してしまったのだった。次回の釣りの大半は上げ潮であるにもかかわらず。

 帰りの車中で、これぞ離島の釣りというものを考えてみた。

夜釣りの尾長 イスズミにソウシハギ
崖上りに溝さらい 激流での釣り
ベテラン釣り師に へっぽこおいら
快適な船内と ジェットコースター
口太爆釣に 空のクーラー
甘い口太の刺身に 舌鼓
そして、巨大な食物連鎖を内包した硫黄島

ああ、これぞ離島の釣り。これだから離島の釣りはやめられないね。


敗北感漂う 小尾長8枚



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