3/22 まだまだイケる離島の磯シマアジ  硫黄島


「水温も下がっているからね。クロが釣れるよ」

黒潮丸の船長が電話口でテンション高くまくしたてる。よかった。船長は相変わらず元気だ。実はこのところ硫黄島の釣果は今一ぱっとしない状況が続いていた。そんな中、3月になって、いよいよクロも産卵の時期に入り、甑島でも後半に入るとさすがにクロの釣果も散発的になってきた。硫黄島でも状況は同じで厳しい釣りが続いているそうだ。だから、船長のテンションが心配だったが、相変わらず元気だ。あまり釣れていない中でのハイテンションに渡船屋の意地を見た。私が硫黄島に通う理由がここにある。

 3月に釣りに行きにくい状況はクロの産卵だけが原因ではなかった。卒業式、修了式、指導要録などの公簿の記入や来年度の教育カレンダーの作成など、年度末の仕事は釣りに行く気力を奪っていく。

 しかし、人間というものは不思議なもので、忙しければ忙しいほど釣りに行きたくなるものだ。20日からの3連休で何とか釣りに行こうともくろんだところ、黒潮丸の返事は春の嵐が過ぎ去る3日目の22日に何とか船を出せるという。

「kamataさん、出ます。餌は2の2(オキアミ生2角、アミ2角)でいいよね。」

 22日小潮初日。夜になって下弦の月が西の空に控えめに浮かんでいる。午前10時過ぎが満潮という潮回り。硫黄島ではこのところ、上げ潮で水温が急激に上がり、下げ潮で急激に水温が下がるというパターンが続いている。魚族は周知の通り、変温動物のため、水温の変化に敏感だ。急激な水温の変化に中々対応できないのが魚族である。だから最近の硫黄島の水温の変動は魚にとって決して住みよい環境とは言えないのだ。

 ところがこんな時に、底力を発揮できる磯場がある。硫黄島南東部に位置する地磯「タジロ」がそれである。ここは年間を通して水温の変動が少ないところだ。その理由はそこが温泉地であるからだ。硫黄岳のふもとにあるためか、海底から絶えず高温の温泉が湧き出ており、そのため水温が一定に保たれるという。

 更に面白いことに、タジロの主な対象魚はシマアジを中心とした青物である。毎年12月になると、タジロではシマアジの群れが接岸する。それから春先までは磯からのシマアジ釣りが楽しめる。潮によっては、50cm近い良型のシマアジや、カンパチ、ヒラマサ、ムロアジ、平アジなどがアタックしてくることも。シマアジはその引き味もさることながら、食味は抜群だ。クロがあまり期待できないこの時期は、シマアジ狙いがいいのではないかと考えていた。

 21日の午後11時に人吉を出発。順調に車を走らせ渡船基地枕崎港についたのが午前1時半。 


離島の夢舞台への出発を静かに待っている黒潮丸

 船長にあいさつを済ませて今日の釣り場を相談する。「尾長なら2番瀬あたりしかないけど。タジロでもいいよ。どうする?」今日はかいしん丸が出るようで、平瀬、浅瀬、タジロという当番瀬のようだった。今日の風は北東のち南東だから2番瀬や中の瀬などの西磯がよさそうだが、クロの状況が厳しい中では中々西磯も気がすすまなかった。そこで今回はクロをあきらめシマアジ狙いで行くことにした。その旨を船長に伝え、キャビン内の毛布にくるまった。

 船は、午前2時45分ごろ枕崎港を出発。枕崎港の沖堤防を過ぎるとエンジンは高速回転になる。そこで船の揺れを確かめてみる。船の揺れで今の海の状況を把握するためだ。うねりが多少あるようだが、釣りができないほどではないようだ。揺れを確かめて安心したのか急にふっと眠気が襲ってきた。そして、気付いた時には、エンジンがスローとなり、平瀬の前で黒潮丸は渡礁の体制を整えていた。

 平瀬の高場と低場にそれぞれ上物師を。船は更に大型口白の実績の高い硫黄島底物場の代表格「浅瀬」に底物師を渡礁させた。この後はタジロだ。渡礁への心の準備を整えながらその時を待った。


キビナゴはもってきてないの?と言われても

 硫黄のにおいが鼻をつく。いよいよタジロに近づいた。エンジンがスローになる。しばらくすると、船長がやってきた。
「kamataさん、中の瀬でもいいよ。どうする。」

船長は最後の確認にやってくる。かつては石鯛師としてならした船長。釣り人の心は誰よりもよくわかっている人だ。客の希望を常に最大限に叶えようとする船長の心遣いが嬉しい。タジロで勝負することを伝え、足場の良いタジロ高場に難なく渡礁を済ませた。

「うねりに気をつけて」

こう言い残して黒潮丸は暗闇の中に消えて行った。

 さあ、ぼやぼやしている暇はない。早速夜釣りだと、5号竿を取り出すが、残念ながらアタリさえないつまらない夜釣りはあっという間に終わった。海水を触るとまるでお湯のように温かい。釣れる気がしないので明るくなると早くも竿をたたんで昼釣りの準備を行った。


今回の釣り座

 明るくなったので早速海の状況を確認。うねりがのこった磯場は左手前に程よいサラシが生まれては消えている。湧き出た温泉により潮色は、ミルキービリジアン色に。この色ならそれほど深いタナで釣れることはないはず。風が南東向きに変わるので、集魚剤を混ぜた撒き餌を調合。

 昼釣りのタックルは、がま磯アテンダー2−53。道糸4号、ハリス4号。ウキはうねりやサラシにも強く、魚からの小さな便りをも届けてくれる釣研競VR3Bをチョイス。硫黄島では欠かせない便りになるアイテムだ。

 潮は予想通りの上げ潮が沖に向かっていい感じで走っている。本命でない上げ潮だが早速魚の反応を確かめてみることにする。ここタジロは、下げ潮がメインの釣り場。午前中の大半が下げ潮になる大潮がよさそうだが、今までの経験によるとなぜか大潮などの潮の大きいときに調子がよくない。あて潮になることが多いからだ。どちらかと言えば、小潮回りの方に分がある。

 暁の空に鮮やかなビリジアン色の海のコントラスト。そこへ蛍光朱色の競VRが見事なアーチを描き、海へと突き刺さる。


タジロ高場から低場を臨む

 しばらく仕掛けを打ち返すが、魚からの反応が見られない。2ヒロから始めたタナを少しずつ深くしてみる。3ヒロ半くらいで餌がとられ始めた。このあたりが魚の居場所かなと撒き餌とつけ餌を合わせて行くと、ようやく7時半ごろ魚のアタリをとらえた。

 竿先をガンガン叩くこのひきは、南九州の離島ではおなじみのイスズミくんだ。彼らは血に飢えたピラニアのように仕掛けに食いついてはハリスを傷つけていく。アカジョウを呼んでくれるうれしい一面もあるが、たいていは本命魚より先にえさを喰ってしまう困った輩(やから)だ。硫黄島の要塞を守るイスズミ歩兵軍団をいかにかわすかというのが、硫黄師に与えられた宿命だ。今回もこのイスズミとの闘いが始まったようだ。


硫黄島要塞を守る歩兵軍団

 その後、撒き餌が効いてきたのか、タナがだんだん浅くなってきた。イスズミをかわしきれない時間が30分ほどたった後、シマアジは歩兵軍団のすぐ下の層を泳いでいると仮説を立てタナを竿1本弱に深くして検証を行うことにした。


いい感じの上げ潮が沖に向かって流れていた

仕掛けが馴染んだ後、道糸を張っては緩めを繰り返していると、ウキが明らかにそれとわかる様子で沈み始めた。道糸を張り気味にして魚の疾走を待っていると、道糸が一気に走った。竿を立てるとガンガン竿先を叩いている。今度もイスかと手前に突っ込む相手の突進を止め、浮かせにかかる。すると、黄色の尻尾が見えた。

「よっしゃあ、縞ちゃんだ。」

と、思わず独り言を。浮かせたところで一気に抜きあげる。春空に美しい弧を描いてシマアジがやってきた。本命ゲットにほっと胸をなでおろす。


ようやく逢えた本命縞ちゃん

 時合い到来か。ここはチャンスと頑張るが、さすがにハシリの時期のような入れ食いとはいかない。ぽつぽつと同様のパターンで4枚釣ったところで、黒潮丸が見回りにやってきた。

「kamataさん釣れてますか」

指を四本立てて合図を送る。

「このままでいいですね。1時15分ごろ迎えにきます」


熊本で今はやりの白タイ焼きが朝ごはん

 さあ後半戦だ。満潮までに6枚のシマアジをゲットして、潮どまりを迎えた。撒き餌を作り直して、下げ潮で釣りを再開。ここタジロは本来下げのポイントだ。上げ潮ですでに6枚釣れたから2ケタは確実と思われた。


下げ潮がこの方向に流れてくれれば・・・・

 ところが、今日はどういうわけだか、思うように下げ潮が流れない。本来ならば、下げ潮が浅瀬方面へ流れるとシマアジの入れ食いを楽しめるのだが。そしてついに、潮が動かない中で、ここの住人らしいデカ版のカメさん登場。ここでカメが見えている時は本命魚が釣れたためしがない。案の定、期待の下げ潮だったが、シマアジを1枚追加するだけで後半戦を終えることになった。


期待の下げ潮だったが・・・カメさん登場

 後半は思うような釣りはできなかったがこれも自然相手だ。しょうがない。12時半には竿をたたんで回収の船に乗り込んだ。


ありがとうタジロ 楽しませてもらったよ

 港に帰って、今回の釣りを振り返った。石鯛師は浅瀬の釣り師がガキを1枚釣ったのが唯一の釣果。クロ釣り師は全滅。期待された平瀬の釣り師もあえなく殲滅とあいなった。やはり水温の急激な変化にお魚さんが対応できなかったらしい。なんたって、枕崎のカツオ釣り師が全員ボウズだったそうだ。

 クロ釣りは大変厳しかったが、シマアジは釣り人にやさしかった。タジロのシマアジはしばらくは楽しませてくれそうな予感。しかし、血に飢えたイスズミ歩兵軍団は、これからますます釣り人を悩ませるだろう。このイスズミをいかにかわすかという永遠の課題は離島釣り師の心を更に燃え上がらせるに違いない。

 帰り支度を始めた時、目にとまった枕崎お魚センターのカツオくんの顔は、春の陽気の中でいつもより優しい表情をしていたのだった。

今回の釣果 33cm〜36cm7枚


漬けにして頂きました

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