4/18 エクスタシーな釣り 下甑 片野浦


「解禁」

 この言葉に心躍らせる人はどれくらいいることだろう。法律を解かれることをそう呼んでいるが、釣り師の間では、3月1日のヤマメの解禁、6月1日の鮎の解禁がよく話題になっている。ヤマメも鮎も川の魚だ。

では海には解禁はないのか。もちろんある。それは、主に九州の磯釣り師ならば、だれもが心躍らせる期日だ。4月1日の手打西磯解禁を指す。
 
 ご存じ鹿児島県甑島列島の南に位置する手打の西エリアでは、11月1日から3月31日までを禁漁期間としている。地元の漁師さんが行うパン粉漁法の伝統を守るためである。寒グロの一番よい時期が禁漁期になっており、その時期は地元の数名の漁師しか魚をとることができないので海の資源が守られている。そして、4月1日に一般の釣り人にも開放されるというわけだ。

 この時期は上物師、底物師を問わず、手打西磯へ憧れるのが多くの磯釣り師の想いである。ご存じ師匠uenoさんもご多分にもれずこう私に切りだしてくる。

「kamataさん、片野浦へ行こう」

出た。実は、今年になってuenoさんは下甑片野浦にぞっこんなのだ。未来丸の船長からパン粉漁法を教えてもらって以来、片野浦では撃沈なしを続けている。

 16枚、14枚、7枚、8枚と手打東磯も交じってだが、寒グロから春グロにかけてかつてないような好調ぶりだった。これほどの甘い汁を吸わせてくれる釣り場は他にはない、とuenoさんは片野浦に心底ほれ込んでしまったのだ。

 時化続きと年度初めの多忙の負のスパイラルは、我々の釣行をことごとく阻んできたが、4月18日ついに時間と天候の条件が揃った。阿久根港から片野浦・手打一帯をテリトリーとする未来丸に予約を確かめる。

「kamataさん、まだ尾長には早いよ。手打より片野浦の方がクロは釣れるよ。」

 船長は我々に片野浦を盛んに勧めてくる。今回ははたして口太ねらいか尾長ねらいか。なぜ迷うかというと撒き餌の中身やタックルが違ってくるからだ。期待の薄い尾長を狙ってボウズを喰らうのは正直つらい。このところ撃沈が続いている自分にとって、ここは何としてもボウズは避けたいところ。近くに寄ってくるかどうかもわからない高嶺の花を狙うより、近付いてきてくれる野の花をいただくことにした。

「船長にお任せします」

 こうして、私は今期2回目、uenoさんは4回目の片野浦行きが決定とあいなった。
  


凪張瀬からの渡礁 そしてヘタオサ・モトオサへ

 ウイークデーはいずれも不安定な天候だったが週末は奇跡的に波高1.5〜1mという凪の予報だった。魚を浮かせて釣る計画なのに凪の予報はつらい。片野浦はサラシのある方が実績が高いんだ。

 不安を抱えながら、20名という未来丸にとっては満員御礼の釣り人を乗せた船は、午前3時半ごろ静かに暗闇の阿久根港をあとにした。

 阿久根港からなら、甑島片野浦まで2時間半の航海だ。通常の航海なら長い船旅だが、凪の東シナ海の心地よい揺れは,釣り人に圧倒的な睡魔をもたらす。一瞬眠りに落ちたかと思うと、気がついたその場所は白い朝の中に現れる甑島列島の断崖絶壁だった。左手にそれが見えるということは、甑島の西海岸を走っているようだ。

 しばらくその情景を眺めていると、高さ100mはあろうかという見慣れた巨大な数個の巌を視認。ようやくここでこの場所が瀬々野浦の北エリア、大カブ瀬、松島一帯であることがわかった。そして、前方にひときわ目立つ驚くほど人の顔に似た巨巌を確認。ナポレオン岩と呼ばれるチュウ瀬に挨拶して片野浦到着を静かに待った。

 瀬々野浦港を過ぎ、しばらく走れば片野浦だ。もうほとんどの釣り人がキャビンの外に出ている。みんな静かにその時を待っていた。やがて、エンジンがスローとなる。船の動きが「動」から「静」に変わると同時に、釣り人の動きが「静」から「動」に変わった。 

 船の渡礁は、片野浦のA級地磯「凪張瀬」からスタートだ。続いて、名前が続々船長から呼ばれていく。今度は、片野浦に少ない沖の独立礁「オサ瀬」周辺に向かう。2人組と1人を乗せて、今度は手打側の地磯に走り出す。
 

大瀬には乗れなかったか

 船が地磯に近づくにつれ、見たことのある巨きな巌が現れた。前回乗った「大瀬」である。ここに1人の釣り人を乗せる。次は丸瀬だ。丸瀬には瀬どまりの客がいる模様。近付くと顔の前で×を作って見せた。


丸瀬もスルー

 丸瀬に1人の釣り人を乗せてしばらく走ったところで、名前が呼ばれた。船が目指す地磯はどこかで見たことのある情景だ。

「ここはどこですか」

ポーターさんに尋ねると、

「ワキノ瀬」

という言葉が返ってきた。



片野浦・手打一帯を誘ってくれる未来丸

 今回お世話になるポイントは、一度乗ったことのある「ワキノ瀬」だった。狭いが足場は思ったほど悪くない「ワキノ瀬」に無事渡礁。アドバイスに耳を済ませた。

「左に(シズミ)瀬があるからそこを狙って。」

 未来丸は回収時間を告げずに去っていった。


ワキノ瀬に渡礁 ここは2回目だ

 久しぶりのワキノ瀬。あれは2005年11月初旬。クロに逢いたくて臨んだその釣りは、夜の時間帯にシブダイを釣って昼になったとたん、イスズミの猛攻に手も足も出ない展開に。満潮を過ぎ下げ潮が流れだすと、瀬際から魚影をとらえることができた。そして、納竿30分で4枚のクロを釣って何とかボウズをまぬかれたっけ。

 さあ、今回のワキノ瀬は一体どんな答えを我々に用意してくれているのだろう。早速交代で撒き餌をしながら仕掛けを作り、午前7時ごろ第1投。いい感じで潮が流れているが、潮の色がどうも芳しくない。緑がかった色をしているような気がする。おまけに気に入らないのは、瀬際におびただしい数のクラゲが浮いていることだった。


とんでもない激流が流れ苦戦のuenoさん

 海を観察していると、uenoさんのするどい合わせが入った。早速竿を曲げている。35cmくらいの口太が浮いてきた。

「おめでとう、uenoさん」

 uenoさんは第1投で見事本命をゲット。潮色はよくないが、魚の活性は高いようだ。期待を込めて釣り続けるが、口太はいる気配はするのだが、喰いこみにはいたらない。uenoさんも1枚釣った後は、魚のアタリをとらえることができない。

 そうこうしているうちに潮が速くなってきた。正に激流と呼ぶにふさわしい。仕掛けを重くしたり、段シズをかませたりするもまったく釣りにならない。満潮の潮どまりまでこの激流は続いた。右手に見える丸瀬の釣り人を見学するが竿が曲がっている気配がない。


uenoさん潮がひいたので潮下に移動攻撃

 午前9時半ごろから下げに入った。今度は潮が止まってしまった。再びクラゲちゃんが目立ち始めた。しかし、ここは下げのポイントだから粘っていれば必ずチャンスは来るはず。仕掛けを打ち返し続けた。

 「おら、向こうに行ってくる」

 uenoさんの釣り座は、潮に乗せて行くと瀬の出っ張りが邪魔になってしまう。そこで潮が引いたのを契機に潮下の釣り座に渡れることを確認して、移動を敢行。これが、大当たり。どうやら、左流れの片潮で撒き餌が、私の釣り座20m左方向にある沈み瀬のところでたまっているようだ。

 そこを狙うとuenoさんはクロをかけるようになってきた。1匹釣りあげると釣れない時間帯がしばらく続き、ほとぼりがさめるとその後またuenoさんがクロをかけるという展開になった。

 uenoさんの釣っているポイントが気になったが、自分の釣り座でも魚はいるはずと、意固地になって釣り続けた。しかし、いくら魚を追い求めてもこちらにはいる気配がしない。


でたあお約束の君 でも今日は君でさえ愛おしいよ

 そこで、uenoさんに断ってuenoさんの釣り座のやや地よりの場所に入らせてもらった。おっ、釣り始めて第1投からアタリがある。喰わせたぞ。しかし、何とバラシ。ハリをグレ4号まで落としていたのが原因だろうか。クロの引きだったので悔やまれる。

 その次に釣ったのは、イスズミだった。その同じタイミングでuenoさんはクロを釣りあげる。ああダメな時はこういうものだ。その後、アタリが散発的になり、睡魔が襲ってきた。仕掛けを流しながら眠っていたらしく、気が付いたら竿がのされていた。こりゃいかん。あわてて竿を立てて臨戦態勢に入るが、こんな緊張感のない釣り人に釣られるほど魚はとぼけてはいない。ハリ外れをやらかしていた。


この厳しい状況の中でもuenoさん7枚のクロをゲット

 いかんかん、まじめにやらなくちゃ。真剣に釣り始めるが、どうしても魚のアタリをとらえきれない。uenoさんはポツリポツリと魚をかけている。焦る気持ちはついにこんな馬鹿げた作戦を考えさせた。

 眠り釣法だ。さっきは眠っているときにアタリが来た。また眠ってみよう。そんなはずはないと思いきや、本当にアタリがきた。道糸が走った。よっしゃあと竿を立てるがやはり眠っているつもりのでどうしても対応が遅れてしまう。再び痛恨のバラシ。釣り人のオーラを魚に悟られないようにするこの方法も、魚をかけるには有効だったもののそのあとが勝負にならなかった。

「もうやめよい」

12時を過ぎ、uenoさんが、厳しい状況の中7枚のクロを釣り満足げに竿をたたみ始めた。更に20分は粘ってみたものの状況は変わらず無念のギブアップ。

 眠り釣法のアイデアは斬新だったが、実現不可能なデメリットはいかんともしがたく、気が付いたらノーフィッシュで納竿することにした。


この釣り座からもクロのポイントを狙えます



潮が引くとこうなります


撃沈のポーズ 手をあげないで足をあげることにします

 睡眠釣法という斬新はアイデアが浮かんだが見事撃沈した今回の釣行。釣れないことがだんだん快感に変わっていくことに不思議な違和感を覚えながらも、やはり次回の釣行に向けてのイメージトレーニングに入るのだった。

 12時半に納竿したのに、船が迎えに来たのは午後3時半だった。3時間ほど一向に迎えに来ない船を待ちながら海を見ていると、すがすがしい風が凪の海を滑って行くのが見えた。

 釣れなかったが釣りが好きだ。いや、釣れないからこそ釣りが好きになっていく。もしかすると、魚が釣れなければ永遠に釣りが好きでいられるのかも。こんなわけのわからないことを考えているとようやく未来丸は迎えに来た。

 未来丸の上で、またこのすがすがしさを体験したくて、次回の釣行をまたも片野浦にきめるのだった。

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