「いつやるか。今でしょ。」
今はやりのTOYOTAのCM。おいらには、「いつ釣るか。今でしょ。」に聞こえてしまうのだった。
もう春だ。このままでは、尾長シーズンが終わってしまう。そんな焦りを感じていた矢先のこと。
宇治群島での惨敗から1日たった夜。あまり気乗りしない宇治群島の釣行記を書かなくちゃとパチパチキーボードを打っていた時だった。
「あっ、kamataさんな。Uenoですが、今よかな。」
夜も8時を過ぎたというのに、一体どういう用件だろう。
「この前、湯島にいってきたもん。」
いきなり、釣りの話題からスタートだ。湯島と言えば、天草の北部に浮かぶ離島でチヌの宝庫として知られている。Uenoさんがノッコミチヌをねらって頻繁に出撃する湯島の沖堤防での釣りらしい。
「それで、どがんでしたか。(どうでしたか。)」
「それがぜんぜんだめ。ぼうずバイ。」
「そうですか。それは残念でしたね。」
「近くの人は、7,8枚釣りやったばってん、おいはぜんぜん釣りきらんやった。たいがい(とても)へこんだバイ。」
Uenoさんは、自信を持って臨んだ湯島沖堤防のチヌ釣りで予想外のボウズを喰らってしまったらしい。しかし、妙だ。なんでそんな話をおいらにわざわざするのだろう。撃沈したら人に話したくないのが、世の人々の思考回路のはずだが。
「そいでリベンジもしたかなと思っとっとばってん。」
わかった。なぜ、撃沈の話をおいらに持ち込んだわけが。おそらく、釣りの誘いだろう。撃沈したからリベンジの釣りに一緒に行ってくれということらしい。
しかし、おいらにははっきり言ってチヌをねらっている暇はない。(こんなこと言ったら、全国のチヌ釣り師を敵に回しそうなのだが)今シーズンの尾長グレシーズンが終わるまで何としても尾長ちゃんをねらいたいのだ。
そこで、離島の釣りに行かないかと誘いを入れてみた。Uenoさんはまんまとそれはまるでフィッシュイーターのようにこちらの投じた餌に喰らいつくのであった。
「よカバイ。宇治でも、鷹島でも。電話しとって。」
サザンクロスは、宇治に行くが、1泊2日釣りなので、日帰り希望のおいらたちはその計画に乗っかることはできない。そこで、川内港から出発する第八恵比須丸に連絡をとると、
「いいですよ。鷹島に行きます。前日に出航を決めたら連絡をいれますね。」
張りのあるおばちゃんの声で、鷹島はまずまず釣れているなと直観を働かせた。
この吉報をuenoさんに伝える。Uenoさんも鷹島なら行ってみようということになった。
こうして、宇治の惨敗から1週間もたたないうちに、同じ離島の鷹島に釣りに出かける約束を取りつけるのだった。
鷹島は、甑島手打から約23km沖に浮かぶ主に5つの岩礁から成る無人島である。南西に位置する比較的大きな岩礁が1番、そこから反時計回りに2番から5番までというように番号で磯が呼ばれている。どの岩礁もおよそ三角錐の形状をした奇岩である。まるで怪盗ルパンの「奇厳城」のようだ。
小学生の時に読んだこの「奇厳城」は、今でも忘れられない興奮を覚える。高校生の探偵が、ある伯爵邸で起こった事件を、暗号を解き明かすなどの困難な試練を乗り越えて、レイモンド嬢と父親を助けだす物語である。
奇厳城は、複雑な人間関係や欲などを呑みこみ、妖しく鎮座している。その奇厳城に挑む少年の行動に、小学生の自分も自分の心を重ねながら読みふけったものだ。
不思議なことに、あれから40年近くたった今、自分は、少年探偵のボートレルのように、奇岩の鷹島に挑もうとしているのだ。
鷹島という名の奇厳城は、激流が洗う屈指の尾長と石鯛のポイント。その複雑な潮の流れは、釣り人に釣りの難しさという名の暗号を演出する。激流になすすべなくこの地を去った釣り人は数知れず。
また、潮が動かない中でイスズミの波状攻撃を喰らった釣り師もいるとか。この難攻不落の奇厳城を制するのは、難しいが、ひとたび良潮が流れれば、大型の尾長が喰ってくるという絶好の釣りポイントでもあるそうな。
尾長を釣りたい願いは、1週間もたたないうちに離島の蓮チャンをやってしまうという荒行を実現させてしまうのだった。
前日の昼過ぎ、恵比須丸のおばちゃんから連絡が入る。
「1時までに来てください。」
予定通り出航となった。Ueno宅に午後10時半ごろに集合。九州自動車道を南へ下り、横川ICで降りてひたすら川内港をめざして西へ進む。
川内港に到着したのが、午前0時30分。もうすでに、ほとんどの釣り師が身支度を済ませ、船に荷物を積み込もうとしていた。
恵比須丸の船長は、この道のベテラン。そのことに関係があるかどうかは分からないが、ここに集まる釣り師の年齢層は高い。
荷物を積み終えると、定刻通り午前1時に第八恵比須丸は静寂の暗闇に包まれた川内港を離れた。沖堤防を過ぎると、1.5mの波予報に反して、結構なうねりがあった。
上り中潮初日、午前6時ごろが満潮。このうねりで渡礁場所が限られてしまうのではないか。一抹の不安を抱えながら横になっているといつの間にか眠ってしまっていて、気がつくとエンジンがスローになっていた。
デッキに出てサーチライトをあてている場所を確認。目の前に3番らしき奇岩が見えた。時計を見ると午前3時。2時間きっかりの船旅だった。
3番の外側から渡礁が始まった。この船の渡礁システムは、少し変わっていて、「はいっ3人組の方」「ここは2人組みで」というように、船長が決めるのではなく、自然に釣り師やポーターさんとのやり取りの中で渡礁を行うという原始的?システムだ。
どうりで、鷹島に着いたと思ったら、キャビン内に釣り人が居なくなったわけだ。結局船の前に出て場所をとることが、早めの渡礁を可能にするということ。
しかし、我々は完全に出遅れてしまっていた。何組も渡礁させた後、最後の2組になったところでポーターさんから声がかかった。「2人組は『コブ』に行こうか。」どうやら我々は、4番の内側のトンネルの出口にある瀬に乗せられるようだ。
ホースヘッドが慎重に岩をつかんで押し上げる。船が4番と対峙する瞬間だ。その間に、素早く渡礁を済ませる。ごつごつした形状だが、何とか足場は良いみたいだ。但し、磯海苔がびっしりで滑りやすく注意が必要だ。「足場はよかごたるな。」
uenoさんが呟く。足場を心配しなければならない鷹島だが、とりあえずここの足場はよさそうだ。
時計を見ると、午前4時前。撒き餌の調合と夜釣りタックルの準備だ。釣り座は、トンネルへの水道になっている奥まった場所か、5番との水道向きの先端かだ。
うねりが残っており、先端は注意が必要だが、そこにおいらが入り、奥の水道にはuenoさんが入った。
「鷹島は夜釣りは、あんまり期待できんもんなあ。」
てなことをいいながら、uenoさんはやる気モード全開でがまかつの4号竿を取り出している。
私は、竿ダイワブレイゾン遠投5号、道糸10号、ハリス10号。ウキは3Bのドングリ型の電気ウキだ。タナは1本弱から始めた。潮は、手前に当たってきている。
回収すると餌が盗られている。餌取りもいないという最悪の状況ではなさそうだ。錘を足してウキを沈め気味にしてみる。
赤い閃光が妖しく光る。その閃光が一気に横に走ったと思うと、竿に心地よい重量感が。
でかい魚ではないが、本命ならうれしいが。抜きあげると警戒心を表す班点の体色をまとったイスズミが跳ねていた。あまり叩かなかったのでもしやと思ったんだが。
「なんか釣れた?」
「イスズミです」
暗闇の中での会話も歯切れが悪い。それもそのはず、この奇厳城の麓では、潮が手前に当たってきて、遠投しても見る見るうちに仕掛けが足下に戻ってきてしまうのだ。「なんも釣れる気がせんなあ。」ああ、今回の夜釣りでも尾長らしき雰囲気さえもしない。
足下には瀬が張り出しており、しかけの回収を怠ると根掛かりをやらかしそうな感じ。餌をつけては、仕掛けを投げて、それがどんどん手前に戻ってくるというつまらないロールプレイングゲームがしばらく続いた。
そんなまったりとした夜釣りがやがて明けようとする午前6時15分ごろ、殺気を感じて左に視線を向けると、uenoさんが魚とのやり取りを行っているではありませんか。
「なんか喰ったバイ」慎重に抜きあげるuenoさん。近づいてみると、それはクロだった。40cmクラスでしかも尾長ではなく口太。「これでボウズは免れたバイ。」
やや残念な釣果だったが、uenoさんはほっとしたみたいだ。って、実はuenoさんがやりとりしている間に、おいらの仕掛けにも何者かが喰いついたようだ。当て潮で瀬際に張り付いてきた仕掛けを張り気味にしてあたりを待っていると喰いついた。
この引きはイスズミではないぞ。もしかすると本命かも〜〜。期待しながら、浮かせるとどう考えても魚影は尾長グレとは違いすぎた。やけに体高のある魚だ。慎重に抜きあげてキャップライトで確認。あちゃー、石鯛だ。
そこには、うれしい外道40cmクラスの石鯛が跳ねていた。残念ながらこの後夜が明けるまでは何の特筆すべき事件は起こらず、このミステリアスな魚が、夜釣りの終了の合図となった。
「もうおら昼釣りの仕掛けに変えるバイ。」
夜釣りが期待できなかったので、予め昼釣り用のタックルを準備していたuenoさんは、1.5号の竿で口太をねらい始めた。
うまいことに、夜が明けると手前に当たってきた潮が満潮になったのか緩くなり、魚からの反応が出始めた。「クロバイ」uenoさんが早くも2匹目をゲット。こちらも負けてなるものかと35cmほどの口太をようやくゲット。
魚がチラチラ見える。どうやら時合いらしい。魚がやる気のある動きをしている。タナは、2ヒロからだんだん浅くなっていった。1ヒロくらいまでになった。
しかし、波及効果という名の反応で、魚が容易に餌を喰い込まなくなった。5匹釣ったところで喰いが止まった。
上潮が5番との水道に流れ、底潮は左のトンネル方向へと流れている。仕掛けの調整がむずかしい。
「喰いのとまったなあ。餌のそんままついてくるようになったバイ。」
43cmほどの本日最大魚の口太をゲットしたuenoさんは釣りを小休止しながらつぶやいた。
確かに下げに変わってからしばらくは反応がなくなってしまった。魚も沈んでしまったか見えなくなった。そんな中、遠くから船のエンジン音が聞こえてきた。
第八恵比須丸が見回りにやってきたようだ。「どうですか。」船長が声をかけてくる。1時間チョイで二人とも5枚ずつ釣っているのでまずまずのサインを送る。「1時半に迎えに来ます。」と去っていった。
ところがこの見回りをきっかけに、潮が5番との水道で激流となってしまった。
困ったことに、こちら4番の水道では、手前に当たっていた潮が更に勢いを増し、激流となって手前に勢いよく当たってくるようになった。「こら釣りにならんバイ。」
uenoさんの嘆き節が鷹島にこだまする。初めてだ。アタリ潮が激流になるなんて。激流というなぞ解きはおいらたちには難しく、デカ尾長や気まぐれな口太を助け出すことができない。我々は自然と休憩が多くなってしまった。
春のやわらかな日差しが降り注ぐ鷹島。遠くで時折ガアガアと鳥たちがはしゃいでいる。
生命が躍動するこの香しい季節に、自然を満喫するという釣りを味わえるなんて何と贅沢なことなんだろう。
そんなことを考えていると、釣りに対する意欲が散漫になってくる。おいらはもともと福岡市で育った。熱しやすく冷めやすい福岡県人。
かつて西鉄ライオンズ、太平洋クラブライオンズ、クラウンライターライオンズなどのプロ野球球団を持っていたが、勝ち星に恵まれなくなると、あっさりとプロ野球から離れてしまうという県民性。
この気質を持ち合わせているおいらは、釣りに行く前は、釣りに没頭するのであるが、いざ現場に来てしまうと、まるで目標を達成したかのようにどこか釣りを冷めた目で見てしまうところがある。もうデカ尾長の顔を8年間も見ていない原因はここにあると思うのだ。
しかし、それはそれで楽しいものがある。釣れないからこそ、また、釣りに出かけてしまう。不謹慎ながら今楽しんでいる釣りの最中でも、実は次の釣りのことを考えてしまうのだった。
「今でしょ」だからこそ、TVから発せられるこのCMに思わず反応してしまうのだった。
次の釣りや今日の料理はどうしようかなと邪念が頭の中に浮かんでは消えていく。そんな思考回路の中で、「今でしょ」「今でしょ」と林先生の力を借りて何とか激流の釣りを続けていくのだった。
時折、潮が緩んだすきに仕掛けを流して、撒き餌との同調を図る。その仕掛けにおいらはこう念じるのだった。
「今でしょ」そうすると、何とか喰わせることができた。30cmを少し超えたがっかりサイズだが6枚目。ウキがシモり、道糸を張りながら仕掛けと一直線になるように流す。再び念じる。
「今でしょ」しばらくすると、魚が我慢しきれなくなり走る。合わせる。竿に重量感が伝わる。これで7枚目。更に、ウキが沈んで見えなくなるところで道糸を張って合わせてみる。
やっぱり念じてみる。「今でしょ」不思議なことに、魚からの反応がコンコンと竿先に伝わっている。こうして、10時過ぎに8枚目の口太を追加したところで、いよいよ潮は激流となってしまった。これでは今のおいらの技術ではどうしようもない。
再び、磯場に座り込み、uenoさんと世間話に花が咲いた。残念なことだが、この鷹島での釣りは午前10時半で納竿したも同然となった。
後は、あまった撒き餌をお魚さんに、そして、鷹島だけに無数の鳥たちに、春磯を演出してくれたお礼にと撒き餌のプレゼント。第八恵比須丸は、午後1時前には回収にやってきた。
「どうやった?」「2人で8枚ずつ」「よか潮やったのに。」そんなこと言われても。確かに激流のアタリ潮は、いい潮なのかもしれないが、おいらにはとてもいい潮とは思えなかった。
この日は、全体的にぱっとせず、何人かは、2ケタ釣りをしたようだったが、裏の4番ではさっぱりだったそうな。底物の釣果もほとんど出ていなかった。
港について、釣り人のクーラーを片付ける作業はいつもより早かった。ああでもこれだから釣りはやめられないね。まだ見ぬ尾長グレの姿を求めてuenoさんと次はどこに行こうかと思案した。
奇厳城を攻略する暗号は、「今でしょ」だったんだと無理やりにこじつけ、うららかな春本番の川内港を後にするのだった。
「尾長はいつ釣るか」
「来年でしょ」
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