あの磯にのれば釣れる。
4月1日は何の日?エイプリルフール、入社式?いやいや釣り人は、手打西磯解禁日と答えるのが正解なり。
下甑島の南部に位置する手打の西地区は、11月1日から3月31日まで、禁漁期間となる。甑島伝統のパン粉漁法を守るため、一部の漁師しか魚をとることが許されない。
4月1日から一般の釣り人にも開放されるため、多くの磯釣り師がこの手打西磯に集結する。解禁の日って一体どんな感じだろう。餌取りも少なく魚影も濃いためよく釣れるという情報もあれば、水温が低くて撒き餌も効いていないから魚がうすいという情報もある。
結果はどうであれ、解禁日に手打西磯に立っていたい。その解禁日という甘美な言葉につられ、気がつくとフィッシングナポレオン隼に連絡をしていた。
「いいですよ。1人なら空いてます。」
奥さんの声で予約が取れたことを知った。自分の仕事がら年度の切り替えのこの時期が1年中で一番暇な時期。有給もとりやすい。平成24年度で疲れた体を手打西磯のお魚さんに癒してもらうことにした。
あの磯にのれば釣れる。
3月から4月にかけては、三寒四温の名のもとに天候の変化の大きい時期だが、10日ほど早く桜を開花させた今年の天候は、4月1日に穏やかな春の陽気を用意してくれた。波の高さ1.5mの予報。これはもしかして行けるかも。
案の定、電話を入れると奥さんから「出ますよ。3時出港です。」という吉報を受け取る。右手で軽くガッツポーズ。アドレナリンが全身を駆け巡る。腸内にあるNK細胞が躍動する。体全体で手打西磯に行けることを喜んでいる自分がいた。
午前0時半ごろ人吉ICを出発。九州自動車道を南へ下り、鹿児島から南九州自動車道に入る。市来ICで一般道に降り、コンビニで釣り人の餌を購入。午前2時半ごろ串木野港に到着すると、何とおいらが最後の乗組員であった。
「これ運びましょうか。」
やっときたかと荷物を運ぶのを手伝ってくれる釣り人がいた。釣りクラブの刺繍を入れたライジャケを着ている釣り師がわんさか。今まさに荷物を運び眼をぎらぎらさせて船に乗り込んでいる。
ぶるんぶるん。フィッシングナポレオン隼は、すでに甑島への出撃の合図を出している。おいらも船に乗り、乗船名簿に名前を連ねた。本日の釣り客は18名。
平日だというのに、この人数。さすがに、手打西磯出撃だと言える。
「kamataさん、前の方に寝てください。」
奥さんから乗る場所のお世話までしてもらった。男の臭いの充満した世界の中に咲いた一輪の可憐な花のようにその声はあっという間に消えてしまった。そして、釣り人の熱気は、船を予定より20分早く港を離れさせたのだった。
船はゆっくりと串木野港内を走り、沖堤防を過ぎたところで徐々に高速運転に切り替わる。今日のうねりはどうだろう。少しあるようだが、これならおそらく西磯に行けるだろう。第一関門クリアだ。
さて、手打西磯の解禁日ってどんな状態何だろう。甑島のごくわずかな漁師しか魚をとらないのだから魚資源は保たれているんだろうなあ。もしかして、入れ食いでもう釣りをやめようかなんてことになりゃしないかな。またまた、釣り人が餌を撒かないから、餌取りもいない。釣りやすいと思いきやクロまでいないんじゃないだろうな。
期待と不安が交錯し、頭の中に妄想が膨らんでは消えていく。そんな切ない思いで胸を焦がしながら船に揺られているといつの間にか深い眠りに落ちていた。気がつくと、エンジンがスローになってほとんどの釣り人は船の外に出ていった。
あの磯にのれば釣れる。
暗闇の中にいるので、ここがどこだかさっぱり分からない。しかし、釣り人のテンションの高さからそこが釣り人あこがれの地手打西磯であることが明白だった。早くも先陣を切って三人の釣り人が荷物を船首部分に運び、姿勢を低くして身構え渡礁を待っている。
早崎のハナレ、下の村瀬、上の村瀬と渡礁を済ませた後、「kamataさん用意して」と声がかかった。ついに来た〜〜。興奮は最高潮に達した。震える手で荷物を前に運ぶ。
一体どこに乗せてもらえるのだろう。船は上の村瀬から水道をはさんで反対側の断崖絶壁の独立礁をめざしているようだった。これは、切り立った巌だ。ナポレオンとまではいかないが、かなりの存在感。しかし、サーチライトを照らしているところを見るが、乗れそうなところが全くない。もしかして、足場が狭いところではないだろうねえ。
その予想は的を得ていた。ようやく、サーチライトに照らされた釣り座らしき場所を発見。そこは、釣りをするにはあまりにも狭く感じられた。しかも、斜めに海へ傾いている。滑ったら滑り台のように海に落ちてしまうのではないか。
そうこう考えている間に、船のホースヘッドが磯をつかまえた。とりあえず、そこに上がってみることにした。何とか、磯バッグ、竿ケース、クーラー、バッカンの4点セットは置けたようだ。足下は磯海苔などの付着もなく、すぐに危険という場所ではなさそう。
「すべらないように気をつけてください。」
奥さんが声をかける。大丈夫の合図を送って船を見送った。私は1人ということもあり、お1人様用の磯「断崖」の北向きの釣り座に乗せられたのだった。
この磯にのれば釣れる。
さて、磯の全体像をつかむ作業に入る。今立っているこの場所は、やや斜めに海に向かって傾いてはいるものの比較的平らでドンゴロスを敷けば、海に落ちる危険はなさそう。右に上れそうなところがあって、そこの一段上になったところでも釣りはできそうだが、潮が効く場所かどうかわからいので、とりあえずポーターさんからのアドバイスもあり、船つけで釣ることにした。
時計を見ると、午前5時過ぎ。夜明けまですでに1時間を切っていた。ここから夜釣りタックルを用意しても夜釣りは時間的に無理。そこで、撒き餌をしながら昼釣りの仕掛けを作り、夜明けを待って釣ることにした。
竿は、がま磯アテンダー2.5号、道糸3号にハリス2.5号。ハリはONIGAKEの軸の短い7号をチョイス。解禁日ということもあり、タックルを準備しながらゆっくりと撒き餌を始めた。
遠くには早崎のハナレが見える。そこでは、釣り人のキャップライトという名の海ホタルが生命を謳歌している。穏やかな春の風が頬をつたう。うねりもそれほどではない。これならG2の半遊動で大丈夫だろう。ふと、上から小石がひとつ落ちてきた。上を見上げると切り立った圧倒的な断崖の壁が迫っていた。
おそらくカラスの仕業(牽制球)だろうが、もしそうでなく真上の岩が崩れて落ちてきたら。何億分の一というありえない確立だが、そうなれば自分は確実に命を落とすことになるだろう。そんなことを考えていると、ここは生と死の境界線だ。
命をこの断崖に預けよう。そして、今自分が生きていることを体感しよう。撒き餌を続けながら、頭の中には釣りをしている自分の絵が次々と映し出されては消える。撒いている餌がゆっくりと漆黒の海に沈んで行く。それをついばんでいるのはだれなのか。
この岩礁に存在する無数の隠れ家から、長い冬眠から目覚めたクロが1匹1匹とここに集まっているはず。妄想はとめどもなく続く。ああ早く釣りたい。いやがまんがまん。こんな独り言をぶつぶつと発しながら、撒き餌を続けた。さあ、解禁日の手打西磯はわたしにどんな答えを用意してくれているのだろう。
この磯にのれば釣れる
すっかり明るくなった午前6時過ぎ。第1投を試みる。ウキは柔らかい曲線を描いて紫紺の海に突き刺さった。ウキは、潮が手前から沖へとゆっくり動いていることを教えてくれた。
今日は下り中潮3日目。今は上げ潮の時間帯。おそらく潮の本流が沖を流れていて、その潮に引かれる形でゆっくりと沖へと仕掛けが流れているのだろう。仕掛けを回収する。餌がかじられていた。案の定、魚が寄っているようだ。
これで餌が盗られないという最悪の展開は免れたようだ。ここからまずやることは、タナの深さを変えることだ。2ヒロから1ヒロ半にしてみた。第2投。これも餌がかじられていた。ウキに明確な反応が出ない。更に、少し浅くして第3投。これも餌がない。
今度は、ガン玉を足して、餌を落ち着かせる。ウキにわずかな変化が。合わせてみる。素バリだ。足下、瀬際、やや遠投。いろんな場所を攻めてみたが、結果は同じ。期待がだんだん焦りに変わり始めた。手打西磯、しかも解禁日に来たのに、どうも難しい釣りでのスタートになりそうだ。やはり自然相手だ。そう簡単には釣らせてくれないね。
今度は、ウキ止めを外し、ウキを00号の全遊動に変えた。サルカンをとって直結にする。ガン玉もとって自然に餌が落ちていくイメージを演出することにした。ハリは5号に落とした。ハリスも2号に。すると、今度はウキの変化が明確になり始めた。
実にもどかしいスピードだが、ウキが沈み始める。相手が走るのをじっと待っているが、ウキは50cmほどの海中に留まったままだ。回収すると、餌がかじられていた。まだ撒き餌が足りないのかな。魚がやる気になっていないように感じた。
撒き餌を忘れないようにして潮目付近をねらっていたら、思いがけなくウキが横にスパッと走った。本日初めての魚の感触。しかし、その幸せは思いのほか短かった。第1投からバラシ。ハリはついている。何が喰いついたのだろう。気をとりなおして、仕掛けを同じ潮目に投じた。
今度もウキに当たりが出た。ゆっくりと沈んで行く赤朱色の弾丸を見つめていると紫紺の海に消えていくか否かというところでいきなり道糸が走った。
よっしゃあ。反射的に竿を立てて応戦する。中々のパワーだが2.5号の竿のトルクにはかなわない。しかし、次の瞬間見てはいけないものをみてしまったように思えた。ギラリ。水中で体が光を反射する魚と言えば1匹しか思い浮かばなかった。イスズミである。竿をガンガンたたき暴れるこの魚は必ずと言っていいほど正体不明のうんこをたれる。海にお帰り願った。
それから、信じられないことに3連続でイスズミが釣れてしまう。ここはイスの巣窟か。釣り始めて30分たったのに、ただの1匹もクロを手にできない自分に対しての怒りがこみ上げてくる。ここは堤防でもなく、北浦でもなく、船間でもない。手打西磯、しかも解禁日なんだぞ。自問自答する自分。一体これからどうなるのだろう。
この磯にのれば釣れる
大きく深呼吸をして気持ちを落ち着かせた。そして、イスが釣れた時の経験知の引き出しを開けた。イスズミのすぐ下にクロがいるのではないか。そう仮説を立てると、即座に検証だ。
G7のガン玉をハリ上30cmのところにつけクロの口元につけ餌を持っていく作戦に出ることにした。すると、またも同じようなあたりで、今度は早めに道糸が走った。再び竿をガンガン叩いている。あちゃーやっぱり結果は同じか。
しかし、浮いてきた魚の尻尾は白かった。「クロやクロ」魚の姿を見ると同時にこう叫んでいた。慎重に抜きあげると、35cmほどの美しい口太グレが足下で跳ねていた。ほっと胸をなで下ろす。不思議なことに最初に1匹目を釣ると今までの不安材料はあっという間に消えてしまう。
明るくなるにつれ磯の形状が明らかになってきた。足下には大きなシズミ瀬があり、その右には深い海溝があるようだ。丁度、右手前にワレがあり、そこから海溝がまっすぐ早崎方面に向かって走っているのだろう。シズミ瀬まわりかその海溝がポイントの一つではないだろうか。
2匹目も早かった。全く同じパターンで釣れた。ややサイズダウンの33cm。3匹目も同じサイズ。手前は喰いが悪くなったので、沖目を流していると、竿引きの当たり。シャープに足下に突っ込むこの動きはまさしくクロだった。残念なことだが、全部口太だ。
しばらくして、7時ごろ5匹目をゲットしたところで、不思議なことにぱたりと魚の喰いが止まった。それから30分ほど、仕掛けを半遊動にしたり、固定にしたり、また全遊動に戻したりと変え続けたが、まったりとした時間が待っていた。
せこせこと釣ってもしょうがない。納豆巻きと菓子パンというミスマッチな朝食をとりながら休憩をとる。そして甑島の景観をしばらくの間楽しんだ。しばらく、磯を休ませた後、仕掛けを入れた第1投で口太が釣れた。
38cm。時計を見ると7時半。何だ。簡単に釣れるものだな。また、入れ食いが続くかと思われたが、再び沈黙がやってくる。今日は、どうも魚を喰わせるパターンを見つけられない。グルクンをはさんで次の本命魚が釣れるのに1時間半も待たなければならなかった。これでようやく7匹目。
この磯にのれば釣れる
東側は断崖絶壁が続いており、都合よく太陽の光をさえぎってくれていたが、その太陽もそろそろこの断崖にも迫ってきているようだ。明るくなって魚の警戒心が高まる前までには釣らなけりゃ。
10時半ごろが満潮になり、それまでにポツリポツリと3匹の口太をゲット。満潮の潮どまりから下げ潮に期待していたが、何と全く魚のアタリをとらえることができなくなった。潮は速くなり、斜め右方向から左手前を洗って出ていく潮に変わった。
何とか再び魚とのコンタクトをとろうと頑張ってみるものの魚から完全にシカとされ、無念の納竿となった。半年間もほとんど餌が入っていないと思われる磯釣りがどんなものなのかを体験したくて挑戦してみた今回の釣行。終わってみれば、いつものように不完全燃焼の釣りとなってしまった。
明らかに撒き餌の量が不足していた。少なくともあと2kgのパン粉が必要だった。餌が入っていないからこそ、たくさんの撒き餌が必要だったのではないだろうか。昼には風が強くなりうねりも出てきた。
帰りの船旅は心地よい揺れで、反省点を考えながら横になっていると、いつの間にか深い眠りについていた。
港では魚の品評会が始まった。大きな尾長グレは出ていなかったが、どの磯も多少の瀬ムラはあったようだが、よく釣れていたようだ。底物もガキがよく釣れていたそうだ。
1年で1回きりしかない解禁日での釣り。この貴重な経験をいつまでも心に刻んで行こうと港を後にするのだった。
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