5/20 なつかしい魚 梅雨グロ 鷹島


鷹島4番を臨む

「津倉は、波があるので鷹島に変更しました。どうしますか。」

思いきってかけてみた運命の電話だったが、船長の奥さんのつややかな声とは裏腹にその内容は残酷だった。あまりのショックに、前頭前野がマヒ状態となり、思考回路が停止状態で、「お願いします。」と弱々しい声で答えるのが精一杯だった。

寒グロ期が終了し、クロ釣りシーズン最後の釣行と銘打った、磯師憧れの蜃気楼である津倉瀬釣行の計画は春の日の露と消えた。


鷹島行きの船に乗ったのに、いつのまにか津倉瀬に着いていたというかつての幸運の反動のような逆デジャビュ現象に苛まれた格好だ。

津倉瀬釣行の計画をHP上で見つけた時は、うれしかったものだ。低く駆け上がりの磯場が多く、凪の日しか乗れない津倉瀬は1年間に数回しか釣り人の渡礁を許さない。


瀬割もあり、九州本島から遠いこともあり、瀬割×自分の休日×天候×資金という方程式が磯師の釣行を阻んでいるのだ。乗れば、磯釣り創世記の夢のような釣りが現実と非現実のあわいの中で体験でき、釣り人は脳内モルヒネのドーパミンを出しつくしてしまう。


この強烈な習慣性という副作用を伴う津倉瀬への渡礁は、私の中ではもはや憧憬ともいうべきものになっている。それなのに。なんでだよ〜〜。波高1.5mの予報だったではないか・・・。

磯の道化師は、運命の電話から数時間後ようやく気持ちを鷹島へと切り替えつつあった。鷹島は甑島手打から23kmの海上に浮かぶ無人島である。潮の本流が流れるところで、そのためかどうかわからないが潮の影響を受けやすい。


足元から切り立った形状を持つ磯場が多く、比較的水深があるため底物場としても有名。もちろん、ねらいの尾長グレや口太の魚影も濃い。ようやく、鷹島への気持ちを切り替えて、自宅に帰り、買い物と道具の準備を始めた。

520日、若潮。前日降った雨あがりの影響か、北西向きの風が吹くという。準備を済ませて自宅を午後11時過ぎに出発。九州自動車道を南へ下り、鹿児島から南九州自動車道へと乗り換える。


サザンクロスが待つ串木野港には、午前1時前に到着。予想通り、港にはすでに数名の釣り師が集結していた。サザンクロスは、このあたりの離島便の中でも最大級の大きさを持つ。この船は、かつてはトカラ列島まで走っていたという。


広々とした船内に横になり、出発の時を待った。釣り師の熱気は、船を30分も早い1時半に出航させた。船の揺れはそれほどでもな.く、津倉瀬や宇治に比べるとあっという間に、エンジンがスローになった。時計を見ると、まだ3時過ぎ。.


さあ、いよいよ出撃だな。ライジャケを羽織り、磯ブーツを装着。勢いよくデッキに出てみると、目の前に圧倒的な迫力をもった巨大な巌が暗闇の中から突如として出現した。


46億年の歴史を背負ったその岩礁は、北からのうねりをもろともせずにどっしりと鎮座している。鷹島でも人気ポイントである2番の南向きである。その磯に3人の釣り師が歓喜の表情を浮かべて渡礁していった。「ポイントはですね。


そこの船をつけたところと、その裏にずっといくと、そこでも釣れます。うねりがあるから気をつけてください。」相変わらず、サザンクロスの船長は丁寧にポイント説明をしてくれる。賛否両論あろうが、これなら初めての磯でも安心して釣りができる。おいらは、いいと思う。

kamataさん準備してください。」

3組ほど渡礁させた後、声がかかった。船は、5番の断崖の壁に向かって進んでいる。サーチライトを当てられている付近は、どう考えても壁があるだけで、渡礁できそうもない。1人で乗せられる磯は大抵狭いところが多いのだが、これはあんまりではないか。

 あれこれと考えているうちに、ホースヘッドが5番に接岸。サザンクロスは5番とがっぷり四つになった。


そこは、ただの壁だと思っていたが、よく見ると足の踏み場があるようで、それがまるで階段のように続いていた。


ここがもし工事現場などの現実の世界ならば、高所恐怖症のおいらは決してここを上ることはできないだろう。そこを駆け上がると、荷物を置けるような場所を発見。ポーター役をかってでていただいた方から荷物を受け取って、船長のアドバイスを待った。


「船をつけたところからと潮が変わったら奥を進んで行くとポイントがあります。」

OKのサインを送って、磯の形状をつかむ作業に入った。

荷物を置いたところは、かなり高く、玉網が届くか微妙なところ。下の段に降りたいのだが、うねりがありやや危険な状態。そこで、夜釣りはあきらめ、撒き餌をしながら夜明けを待って、夜明けとともに昼釣りの仕掛けで釣っていこうと考えた。

竿はがま磯アテンダー2.5号−53、道糸4号、ハリス2.5号。ハリは6号から始めた。ウキは、最近の喰い渋りの状況、このときなぜ喰い渋りと考えていたのか自分でもわからないのだが、を考えて、00号をチョイス。最近、某ホームセンターで1080円で買った勝負ウキである。


1時間ほど撒き餌して明るくなった午前5時半、大きくふりかぶり赤朱色のウキが初夏の爽快な空気を切り裂き、紫紺のフィールドへと突き刺さった。2番向きに立って流していると、潮は左にゆっくりと流れていた。


全遊動でまず魚の喰うパターンをつかむことから始めようと思った。ところが、その時、全く予想できない事態が起こる。ウキが一気に消し込む前に道糸がいきなり高速で走ったのだ。この突然の襲撃に戸惑いながらも竿を立てようとした時、何かものすごい力が加わり竿が天を仰いだ。


何と第1投からのバラシ劇である。道糸とハリスの直結部分から切られてしまっていた。当然、1000円で買った勝負ウキは自由の旅を始めていた。この朝一番のバラシの相手は一体誰なのか。デカ尾長かサメかのどちらかである。


これがどちらかわからない。道糸とハリスが尾長バージョンになっていたならば、これはサメだとわかるのだが。道糸は3号、ハリスは2.5号という尾長をねらうのか口太をねらうのか微妙な太さだった。この仕掛けに、デカ尾長が喰いついたならば、ひとたまりもないなんてことも考えられる。

 気を取り直して、とりあえず仕掛けを作り直して、第2投。今度は、魚からの反応がない。首をかしげながら海を再び見てみると愕然とした。1mはあろうかという2つの黒い影が赤朱色のウキの横を通り過ぎたように思えた。


えっ、そんなはずは。今年は、あいつはいないと思っていたが。再び、撒き餌をして仕掛けを入れた。すると、再び黒い影が仕掛けの周辺をまるで仕掛けの用心棒のように旋回してやがて去っていった。

 その1mの黒い影が尾長グレである確率は、どう考えてもゼロに等しかった。3投目で掛けたイスズミが、黒い影に追われて人間に釣られてしまうよりも、サメに襲われることの恐怖を回避するために、ライズまでしようとした場面を見てしまった。

 今年最後のチャンスと銘打ったこの鷹島釣行でのこのシャークアタックは、釣り人を大いに落胆させた。「ああなってこったい」なつかしいアニメポパイが発するセリフを思わず口にしてしまった。おやっ、待てよ。このセリフどこかで聞いたことがあるぞ。30年前の海ではなく、とある雀荘で。

 学生時代、おいらは、合唱団というサークルに所属していたが、そのサークルに奇妙な後輩が入部してきた。彼の名は、Y崎という法学部の学生で、S県のトップ進学校からやってきた見た目秀才。


背は低く、あまり口数は多くない。銀縁の厚いレンズの眼鏡をかけ、いつもにこにこしていた。しかし、その中身は小説よりも奇なりである。「


ぼくはトップテナーです。」新入部員歓迎会でそう誇らしく自己紹介してきた彼を多くの先輩部員のだれもが期待し妬んだ。トップテナーとは、男性合唱の中でも最も高い音域を担当する。


主旋律を担当することが多いので、男性合唱の中でも花方のパートだ。硬派が多い地味なバリトン、バスの面々に比べ、テノールはナンパ師が多かった。


しかも、女性にもてるパートでもある。オペラでもオペレッタでも主役はトップテナーだからだ。バリトンやバスは悪役や脇役が多い。おいっ、すげえ新入部員が入ってきたかもしれないぞ。


あいつがどんな歌を歌うか楽しみだな。先輩たちもこぞって龍田山で行われた新入生歓迎会に参加した。そして、お待ちかねの歌の時間。自分の出身高校の校歌を歌うのが定番となっているこのプログラムでついに彼の歌声が聴ける時がやってきたのだ。


どんなリリコレジェッロの、いやリリコドラマティコのテノールが聞けるか楽しみにしていた。ところが、彼の歌声を聞いた瞬間、合唱団部員はみな凍りついてしまった。「まじか・・。」彼の歌声は、音楽経験者とは思えない、音程リズムともに大きく外れたものだった。


声量も蚊の鳴くような音量。当時、アイドルと歌声のミスマッチが話題となりだれもが知っていたT原俊彦さんの方がはるかにうまい。それでも、彼のいいところはそんな微妙な空気の中でも全く気にすることなく堂々と校歌を歌いあげたところだった。



この態度に目をつけたのが、合唱団の麻雀部隊だった。「おいっ、Y崎、麻雀するぞ!」歌以外の才能を見こまれた彼は、早速、徹夜麻雀に連れ出され彼の歌の実力に安心した先輩の面々にカモにされ続けたのだった。

彼の性格は、とにかく細かいことを気にしない。国宝級のおおらかさをもっていた。どんなに先輩からいじられようがいつも笑顔。悲しい顔は一度も見たことがなかった。


彼の辞書に、悲哀とか落胆とか、焦燥という文字はないように思えた。学食で一緒に食事をするとき、彼の箸の持ち方に驚いたものだった。親指を使うことなく、4本の指でにぎって器用に食べる姿は、曲芸に値した。

また、練習時間になっても来ない彼を呼びに彼の下宿に行った時は驚いたものだ。下宿の戸をノックすると中から彼の声がした。「はいるぞ」と言って、中に入るものの、彼の姿は見えない。


変だなと思ってもう一度呼んでみる。


「Y崎いるか。」


声をかけてみると、「何か用ですか」と彼の声が返ってきた。えっ、おかしい。声はすれども姿は見えず。見えているのは、6畳一間の真ん中にコタツがあり、その周りにまるでコタツ布団の代わりのように積み重ねられたゴミの山だったのだ。


「おいっ、お前どこにおるとや」と再度声をかけてみて、ようやく彼の存在を認識できた。彼は、ゴミと化したカップラーメンのドンブリの間からようやく顔を出していたのだった。


まるでウオーリーをさがせの実写版みたいだ。細かいことを気にしない彼は、おいらをゴミの山とともに歓迎してくれたのだった。まあ、こんな学生は当時たくさんいた。そう言えば、うちの合唱団には数カ月も風呂に入らない先輩もいた。

そんな彼との思い出の中で忘れられない出来事があった。人は、みな平等に運を持っていないと思う。やっぱり、もってるものはもってるし、ついていないものはとことんついてない。


麻雀は、ある意味、その運を持っているものが勝つものだ。Y崎くんは、麻雀に関しては、もちろん腕の問題もあるが、まったく運がなかった。だれでも、徹夜麻雀になると、一度くらいはチャンスが来るものだが、幸運の女神は彼には実に冷淡だった。長丁場の麻雀でも決して一度たりともチャンスを与えなかった。

彼は麻雀に負けることが多かったので、休憩することが多くなった。そうなると、先輩からいろいろと用事を言いつけられる。煙草買ってこいとか、雀荘のおばちゃんにカレーを注文して来いとか。はたまた、おいY崎、おれのかわりにしょんべんに行ってくれ、とか無茶な要求もニコニコ顔で応えようとした。

あるとき、合唱団で恐れられている武闘派の大学院生I見先輩と一緒に卓を囲んだ時のことだった。例によって、早々と半チャンに負けてしまったY崎くんは、休憩部隊となった。


そして、「おい、Y崎、UFO喰わせてくれや」とI見先輩の声。I見先輩はこの日調子がよく、勝ち続けたため食事をとる気になったようだ。麻雀は長丁場。やはり途中で食事をとることも必要だ。


先輩が食事をとるということは、おいらたち後輩も食事をとっていいという意味だった。その頃の雀荘では、カップラーメンやレトルトカレーなどの簡単な食事をとることができた。ただ、それは麻雀に勝つ者だけが許される贅沢だったのだ。ほっとするおいら後輩たち。

役目を仰せつかったY崎くんは、いつものように義務的な動きでUFOにポットのお湯を入れ、UFOの調理を始めた。勝ち続けるI見先輩はたいそう機嫌がいい。後半の巻き返しのためにも、先輩の機嫌をとってくれよ。そんな思いで彼を見つめていた。

できあがったUFOを一口食べたI見先輩が激しく怒り出したのはその数分後だった。「おいっ、Y崎おまえはおれに紙を喰わせるつもりか。ぶちまずい。」得意のH島弁で一気にまくしたてる。声が震えていてI見先輩がかなり興奮しているのがわかる。


先輩、1年生に大人げないなと思いきや、そのUFOのゆで具合をみているとそれもうなずけた。おそらくお湯を1分もたたないうちに捨ててしまったのだろう。麺はまるで発泡スチロールのような堅さと色をしていた。とても人間が食べるものとは思えないものだった。


Y崎くんは、合唱団の中で怒らせると最も怖いI見先輩に悪魔の仕打ちをして見せたのである。もちろん、彼に悪気がなかったのは言うまでもない。彼は、自分だけでなく、他人のことにもおおらかだった。いやいい加減だった。


その後、当然のように、会うたびにI見先輩から「こいつおれに紙UFOを喰わせたんだ。」と卒業まで言われ続けたのは言うまでもなかった。この紙UFO事件は、Y崎くんの性格を如実に表した出来事と言っていい。

そんな彼と麻雀の卓を囲んでいた時のこと。Y崎が早い段階でリーチをかけた。「どうせたいしたことのない手でリーチをかけたんだろう。いつものように、先輩からのいじりがやってくる。


「そうです。たいしたことありません。」と笑顔でそのいじりをいなし、飄々と自積(つも)あがりをねらっていた。

このときの麻雀のメンバーは、おいらとY崎くん、この中で最も実力者でY崎の因縁の相手I見先輩。そして、恐怖のタコリーチで恐れられていた数学科のN牟田先輩だ。N牟田先輩は、数学科なのに全く計算をしない人だった。


テノールだが、たばこの吸いすぎで高音が出ない。「リーチじゃあ〜〜〜や」酔っ払いのおじさん風の声で繰り出されるとんでもない状況でのリーチに、(解説しておこう(笑)タコリーチとは、例えばだれかが役満のようなすごい役をテンパッていても、リーチのみという安い手で、しかもそれはカンチャン待ちで勝負をするという無謀なリーチのことである)、みんなずっこけていたのだった。

 そのN牟田先輩は異常なほどリーチが好きな人だった。ところが、この半チャンのときだけは違った。めずらしくなきだしたのだ。「ポンじゃあやあ」東東東と卓上に3つ並ぶ。


へえ、なんでなきだしたのかな。みんなでそれをからかっていた。ところが、次の自積(つも)で「ポンじゃあやあ」と今度は、北北北と3つの字牌がならんだ。えっ、この時点ではホンイツを警戒しなければならないが、ないた後だから、得点はそれほど大きくならないので、全く心配していなかった。


すると、「チーじゃあやあ」今度は、1萬2萬3萬と喰った。残る牌は4枚だ。「これは降りた方がよさそうやな」I見先輩の言葉通り、おいらも降りた。降りたとは、相手が危険なリーチ状態になった時、自分が上がるのをあきらめ、次の勝負のために絶対に相手に振り込まないようにすることをいう。I見先輩とおいらは危険なN牟田先輩の企てに勝負せず、徹底して降りに回った。

ところが、この中でどうしても降りられない人がいた。そうY崎くんである。彼は、しょうもない手でリーチをかけていた。リーチを掛けたら、場が終わるまで、手牌を変えることはできない。そのリーチを早くも後悔し始めていた。


そのうち、新しい自積牌を見て、凍りついた男がいた。Y崎である。周りの男たちは彼が何の牌を持ったか彼の動揺からほぼ特定できていた。N牟田さんの手元にある牌は残り4つ。西か南で当たりならば、小四喜(ショウスウシー)という役満となってしまう。これまで負けているY崎にとっては敗戦を決定づける一打となる。

I見さんが「Y崎、どうした切ってみい。」とY崎にプレッシャーをかける。ルール上切るしかないY崎は今まで見たこともない決死の表情で南を打ちこんだ。


「ポンじゃあやあ」N牟田さんが、何とないた。よかったなY崎。最悪の役満はまぬかれたみたいだな。血の気が引いていたY崎にやや安堵の表情が生まれた。N牟田さんの手元には、明牌として、

東東東 南南南 北北北 一萬二萬三萬

が並ぶことになった。そして、なんとN牟田さんが持っているのは、たった1個の牌だった。いわゆる裸単騎である。ここに西を打ちこんだら役満を振りこむことになる。


しかし、リーチをかけていない限り振りこむことはない。また、前半のうちに西は2個捨てられているので、あと1個しかない。裸単騎になって場は盛り上がったのだが、N牟田さんが役満を上がる確率はこれでかなり低いものになったと言える。怯えているY崎。

でもな安心しろY崎。N牟田先輩は絶対に西の牌をもっていないぞ。なぜなら、やけにはしゃいでいるN牟田さんを見ればあきらかだ。今までの経験ではこんな時には絶対テンパッていないはずだ。むしろ、黙ってしまった方が危険だ。


ところが、あと2,3枚で終了となるころ、ある牌をにぎったN牟田さんの顔から笑顔が消えた。何か神妙な面持ちになった。そして、もっていた牌と今自積った牌を入れ替える。


えっ、どうやら西を引いたもようだ。一瞬、だまったN牟田さんだったが、それを覆い隠すようにさっきと同じようなはしゃぎ方になった。この態度を見て、N牟田さんが小四喜をついにテンパッてしまったことは確信に変わった。麻雀はある意味相手との心理戦だ。相手の表情のわずかな変化を見逃さないようにしなければならない。

怯えるI見さんにおいら。それに最も怯えている男がY崎である。さあ、降りだ降りだ。I見さんとおいらは安牌しか出さない。N牟田さんが小四喜を上がるとすれば、自分で自積るか、Y崎が振りこむかのどちらかになった。


そして、あともう少しで終了というところで、サッカーで言えばアディショナリ―タイムに、Y崎が自積ったところで、彼は突然天を仰いだ後、卓に打ち伏せてしまった。


「おい、大丈夫かY崎。」声をかけるが反応がない。どんな逆況の中でも笑顔の彼が人生最大のピンチを迎えたような動きだった。「おいっ、Y崎切ってみいや」笑いながらI見先輩が好奇の目でY先にプレッシャーをかけている。


Y崎の顔から血の気が引いていた。もうこれで彼が絶対引いてはいけない牌である「西」を引いてしまったことが確実視された。N牟田先輩もこの状況を呑みこんだようで、「Y崎、さあおいで。」と薄笑いを浮かべている。Y崎は意を決したように、静かに目を閉じて上目遣いになり、煙草の副流煙の絹雲を切り裂きながら阿弥陀如来の姿で自らの悲しい運命を受け止めている。


そして、白い卓上を見つめながら、自積った「西」を切るためにゆっくりと振りかぶった。長い沈黙の後、目がうつろになったY崎は、まるで自分の命を終焉させるように、西という字を刻まれた牌を静かに川に置いた。一瞬、雀荘にありえない沈黙が訪れた。まるでストップモーションのように微動だにしない雀士たち。

3秒ほどしてから、N牟田先輩の最も聞きたくないセリフを聞いてしまった。


「ロンじゃあやあ」


出てしまった。多分人生でもう二度と見ることのないであろう小四喜の裸単騎に振り込む場面を見てしまったのだ。堰を切ったように、歓声とは言えず、それは怒涛も似つかわしくない、何と表現してよいのかわからない空気の中、卓の周りに集まった雀士が体の奥底から声を捻り出していた。

すでにハコ天になっていたY崎は、これで新記録のダブルハコ天を喰らってしまった。ひとしきり歓声が収まったころ、Y崎が寂しくつぶやいた。

「なんてこったい」

Y崎、これが人生ぞ。ポツリとI見先輩が一言。麻雀は人生。人生は麻雀である。このことをY崎は痛いほど理解できたであろう。


荒れ狂う大海に向かって不用意な冒険に出ると、恐ろしい仕打ちが待っている。小四喜の裸単騎振り込みという何億何千万分の一という確率論以上にあり得ない体験をしたY崎だったが、相変わらず懲りない面々と麻雀を打ち続け、カモにされ続けた。


しかし、彼はその後、荒れ狂う大海に出る人生を選ばなかった。お堅い役所勤めを選択した。見事、難関のS市役所に合格し、今は行政マンとして頑張っている。彼の進路選択の際に、おそらく小四喜の裸単騎が影響したことは彼を知っているそのだれもが認めるところであった。下宿のゴミの山の中に埋もれていたY崎くんはきっとゴミ減量の啓発活動に邁進しているに違いない。

「なんてこったい」

こうつぶやいた後、我に還った。こうしてはおれない。折角、この夢の島鷹島に来たんだもの。何とか楽しい釣りをしなくては。尾長を期待して挑んだ朝マズメ。原因不明のバラシが、尾長かサメかは特定できないが、とにかく、サメをかわさないと魚は釣れない。


磯の上で頭を抱えている釣り人をよそに、サメは朝のお食事タイム。全くの無防備で泳ぎの苦手なハリセンボンの赤ちゃんを口の中に吸い込んでいた。撒き餌をできるだけ沖へ打ち、おそらくサメに怯えて瀬際に張り付いているであろうクロちゃんをねらうことにした。

 潮が引いてきたので、下の段に降りた。鷹島の内側なのでうねりはたいして大きくなく、ここでも大丈夫そうだ。4番向きは、根がせり出していて、大きな個体をかけた時取れないかもしれない。


そこで、1番向きの水道をねらうことにした。ここは下がオーバーハングになっているようで、取り込みやすそうだ。

 撒き餌を沖に放ち、その間に瀬際に仕掛けを入れる。案の定、最初の1匹が御用となった。時計を見るとまだ5時台だ。再び、瀬際を探ると、今度は中々の引き。慎重にやり取りをして浮かせると、「おやっ、赤い。」

食べておいしい赤ブダイちゃんだ。しかし、君は外道とリリース。クロだけをねらう。幸いなことにサメはいつの間にかどこかへ行ってしまったようで、魚の動きが活発になった。


だが、それは餌盗りが多くなってきたことを意味していた。かけてもかけてもイスズミが釣れた。数少ない鷹島での経験では、潮がとまるとイスズミの猛攻を受けることを知っていた。折角の朝マズメなのに釣れてくるのはイスズミばかりだ。

イスズミがクロに変わったのは、8時過ぎ。1番との水道にたくさんのクロが浮いているのが見える。見えてはいるがあまり喰いついてこなかった。そんなこんなでぼちぼちクロを拾い、回収1時間前の12時には竿をたたんだ。

今回も目立ったドラマもなく、回収の船に乗り込む。梅雨グロシーズン開幕であり、最後の釣行となるであろう鷹島の全景を名残惜しく眺めていた。


さあ、もう夜釣りの季節だな。かといって、あてがあるわけでもなかったが、いつになるか分からない夜釣りシーズンの開幕を期待しながら港へ帰っていった。

Y崎はいったいどうしているだろうか。よく考えてみれば、あいつの顔って魚ににていたな。釣りの帰りに立ち寄った串木野の某ラーメン店で食べたマグロラーメンが本当にやさしく五臓六腑にしみわたるのであった。初めて食べたのに、その味はなぜかなつかしい味がするのだった。


津倉瀬から気持ちを切り替えた人たち







最初の渡商は2番南向き








2番の北向きへの渡礁を目撃







朝ビールは最高!







4番を臨む








うねりがおさまり下の段へ







人気の高い3番








2番と1番の水道








1番との水道








第1号 何とか釣れました








食べておいしい赤をゲット でもリリース








2枚目 時間がかかったなあ








3枚目








4枚目








5枚目








6枚目








この水道でクロがわいておりました








2番の釣り人は結構釣れたみたい








ここには乗りたくない 3番








4番 この日はうねりが結構ありました








30cm〜36cm 10枚 やや不本意でした































マグロラーメンまいwですぞ^^



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