4/1 時間が止まった場所で 手打西磯


名礁 早崎の地

この地球上に時間が止まった場所がある。
 
  刻々と移りゆく潮流に洗われ、波しぶきを背景にして一つの目標に向かって試行錯誤を繰り返す人々がその場面の主役だ。
 
  この場所は人里離れたところにあり、人間社会や文明社会とは対局に位置する場所である。人は自分が昔狩猟民族であったことを何かの力によって再び呼び戻されようとしていた。おれたちの先祖は確かに自分で魚をとり、それを食べて命をつないでいた。魚を捕らなければ死が待っている。


 
 生物界における弱肉強食と食物連鎖の矛盾の中にいた頃の人間になってひたすら魚との知恵比べを行う。確かに、道具は進化し、魚が生きる環境も少しずつ変化していったが、その人間が行っている業の本質は変わらない。


 
 その業は人々に自分が今生きていることを実感させてくれると同時に、自分の先祖の思いを遺伝子レベルで背負っている。今生きている瞬間と自分の先祖と対話できる永遠。磯釣りは一瞬もあり、永遠もある世界なのだ。



 
 さて、年度末の激務を乗り越え、いよいよ41日を迎えようとしていた。世間では消費税8パーセントとなり、経済への影響が心配される中、41日を待ち望む輩がいる。ご存じ磯釣り師、特に南九州の磯釣り師である。彼らは41日にクロ釣りが解禁されるこの時を待っていた。
 

手打西磯は111日から3月31日まで一部の地元の漁師しか魚を捕ることが出来ない。甑島伝統のパン粉釣法を守るためだ。この禁漁が解き放たれるのが41日とあって、なんとしてもこの魚たちの楽園に行かねばなるまい。


 
 もちろん、8%の影響をまともに受ける渡船業界を救わねばという全く自分勝手な理由を付け加えることはいうまでもないが。


 
 今回お世話になる渡船は、Fナポレオン隼さん。「いいですよ〜。(午前)2時出航です。前日に電話くださ〜い」で商談成立。取りあえず第一段階はクリア。



 
 そこで問題は天気。三寒四温のこの時期、当然週間天気予報は当てにならない。3日前までは傘マークだった41日の天気予報は、突然晴れマークに変わるという幸運に恵まれたのだった。

 
 かくして、釣行が決定的になり、急いで道具を準備。前日の午後11時に自宅を出発。九州自動車道を南へ下り、鹿児島から南九州自動車道で串木野についたのが、午前1時ごろだった。もうすでに何台か車が止まっていたが、手打西磯解禁にもかかわらず、釣り人はわずか10名ほどだった。


 
 午前2時頃串木野港を出港したナポレオン隼は、漆黒の東シナ海を対馬暖流に逆らうこと1時間半で手打周辺に到着。氷を手に入れるためか手打港らしき場所でしばらく時間を過ごしたあと、ついに手打西海岸に向かって船は舵を取った。



 
 おどろくほど凪の海。1mという予報は甑島西海岸ではまれだ。10名前後という人数なのでポイントは選び放題だ。
 

 

 案の定、エンジン音がスローに変わると、名礁下の村瀬からの渡礁が始まった。ついで、上の村瀬。しばらくゆっくりと船は沖へ静かに走り、1,2名用のこじんまりした名礁「大介」の前でスローダウン。ここでも呼ばれなかった。もしかすると、甑島で一番の尾長釣り場と言われる「早崎のハナレ」かも。期待で、心臓の鼓動が収まらない。



 
 しかし、船はなんとあっさりと早崎のハナレを通り過ぎ、すぐ近くの地磯「早崎の地」においらを渡礁させた。ここもいいポイントらしいけど、おいらは、ここで2連続ボウズという輝かしい記録を打ち立てた思い出したくない磯だった。
 

 でもまあ気持ちを入れ替えることにしよう。ボウズを食らったのは過去の出来事。今釣れるかどうかはやってみなければわからないではないか。
 
 夜釣りも考えたが、ここは日中に尾長があたることが多いから、夜のうちから撒き餌を打って、(なぜなら、なにせクロ釣り禁漁だったから撒き餌が入っていないと判断したのです)魚をまず寄せることにした。
 
 撒き餌はパン粉主体でパン粉以外では赤アミのみ。ぱらぱらと中々まとまりがないので遠投するのは苦労するものの、魚を浮かせるにはこの撒き餌が一番と考える。
 

 
 撒き餌をすること1時間半。撒き餌に群がる無数のクロたちが海面の下にいるような気がする。あるいは、水温の低下や潮流の具合で、魚の気配さえもない状況になっている気もする。
 
 かつてプラトンが、経験によって得られたセンスデータをもとに、心的イメージを作り出す囚人の姿を描いた。釣り人は、だれもがこの心的イメージを描き、魚というターゲットに向かっている。
 
 ああ、今日の釣りの答えはどうなんだ。爆釣かはたまた撃沈か。早く釣りたい衝動を抑え、震える手で仕掛けを作る。
 
 竿はいつものがま磯アテンダー2.5−53。道糸4号、ハリス2.5号。ウキは、この凪の状況ならG2の半遊導でいいかな。タナは、取りあえず2ヒロから始めることにした。
 

 

 
 朝のさわやかな空気を切り裂いて、赤朱色のウキが美しい曲線の軌跡を描き、紫紺の海へと突き刺さった。すっかり明るくなった早朝の磯の空気の中は、釣りで一番好きな時間帯だ。潮は、三角瀬方面へとゆっくりと動いている。表層の潮の動きは申し分ない。しばらく流して仕掛けを回収する。餌がとられている。タナが浅いと感じた釣り人は1ヒロ半にして第2投。




 
 やはり、いい感じで潮が動いている。すると、ウキがゆらゆらと前当たりを知らせると、明らかに魚が餌をくわえて海の底に向かっていることを表したクロ独特の当たりが出た。しばらくすると、道糸のテンションが変化、すかさずあわせを入れると、竿先にずんと生命反応の重みがかかる。ところが、ここでリールのベールが返ってなく、そのトラブルを対処しているうちに、魚は瀬ズレで命からがら逃げていった。
 

 

 
仕掛けを作り直して、再び仕掛けを入れる。こんどはさっきとは違う高速の当たりが。抜きあげたのは、30cmに満たない尾長グレ。
 
 きみと遊んでいる暇はないんだよ。海にお帰りねがって第3投。すると、今度もあたりがあったのにすっぽ抜け。おいおい、活性が高いみたいだな。今のうちに釣っておかなければ。ハリを5号から7号にあげた。
 

 
 ようやく、30cm半ばの口太を抜きあげ、ほっとする。白子を出しているオスの個体だ。それから、しばらくの間。クロとの楽しい対話が続いた。
 
 しかし、手打に来たんだから、やっぱり尾長グレが気になる。尾長が回ってくるような潮の時間帯には、ハリスを4号にいつでも上げるように心の準備だけは。
 
 ところが、期待していた潮は右に行ったり、左に行ったりふらふらするばかり。釣れるのは口太ばかり。(もちろん、パン粉主体の撒き餌だから当然と言えば、当然だけど)もう数はいらないから、最近釣っていない40オーバーをと竿を降り続けるも最後まで釣れるのは30cm半ばのクロばかりだった。
 

 
 20匹となったところで時計を見ると、午前11時を過ぎていた。残念無念。潮も止まってしまったことだし、ここで竿をたたむことにしよう。
 
今回もデカバンを釣ることは出来なかったが、4月の香しい空気と心地よいマイナスイオンを浴び続け心から癒やされた半日間だった。このかけがえのない手打西海岸での釣りは、平成26年度の仕事へのエネルギー充電には十分すぎる満足感をもたらしてくれた。
 

 
でかい魚は釣れなくても、その魚たちが生きている世界にいるだけで満足だ。このような釣りが自分の体が続く限りやっていきたいと、時間が止まった雄大な甑島の断崖を見ながら思うのだった。
 

 
 
 
 





Fナポレオン隼さんお世話になります












船内にて 寝心地抜群です





名礁への渡礁が始まりました





2度乗って2回ともボウズを食らった早崎の地に渡礁












手打西磯でこのコンビは欠かせない









撒き餌はパン粉主体


左手に大介が見えます



早崎のハナレが目の前に






三角瀬が見えます ウキはG2から最後は00の全遊動に



朝一番に釣れた口太ちゃん


またまた クロちゃんです


居付きのクロちゃんみたいです


白子がぴゅっぴゅっ


これくらいのサイズばかりでした




いよいよ回収の時間がやってきました


ありがとう 早崎の地


いつやってきても魅せられてしまいます









脂がのっておいしかったです


クロのアヒージョ(スペイン料理)


白子の天ぷら まいう〜〜





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