5/17 鑑真和上の磯で 秋目



鹿児島県南さつま市沖秋目島

風薫る5月、私はブロ友のきんちゃんさんにある場所に案内していただいた。それは、磯釣り師の渡船基地でもある秋目港を見下ろす小高い丘の上にひっそりと鎮座し、ホテルの小さな会議室ほどの広さの建物である。訪れる人が少ないその建物を鑑真記念館という。

 

754年1月17日、秋妻屋浦(現鹿児島県南さつま市)に日本の歴史を変えた一人の人物が漂着した。名前は『鑑真』。中国(唐)の高僧である。

 

その当時、日本の仏教は、寺社や仏像などのハード面は整ってきたものの、仏教の考え方や僧が守るべき戒律などが確立されていなかった。人々は重い税に苦しんでいたが、僧侶は税金を免除されていたので、無許可で僧になるものがいて、戒律もなく遊びほうけるものもいたそうな。6世紀に伝来したと言われる新興宗教である仏教は、200年経った8世紀においても日本の地に本当の意味で根付いているとは言えなかった。

 

彼は、日本の使節団から本当の仏教を教えてほしいと日本に来るように促されたが、弟子が誰一人として渡航しようとしない様子を見て、日本への渡航を決意。5度の渡航失敗の末、疲労がもとで失明。鑑真は、唐から日本へ渡航しないように再三忠告を受けていたにも関わらず、6回目の渡航に挑戦。そしてついに日本に上陸を果たす。

 

その後は、日本の僧に仏教の戒律を教え、唐招提寺を建立し、日本でその生涯を終えた高僧。鑑真の渡航により仏教の歴史が始まったと言っても過言ではない。なぜに、あなたはそこまでして日本に来ようとしたのでしょうか。

 

仏教を広めたいという真実一路な行動。この生き方かっこいいけど、リスクが大きく中々実行することは難しい。リスクマネジメントばかりが際立つ昨今、そんな人は皆無に近い。かく言う自分もその一人である。

 

そんな中、中高年おじさん世代でも真実一路の生き方ができる分野がある。それは釣りである。

 

釣り人は、様々なジャンルがあるとはいえ、ターゲットは魚種が違えど魚であることに変わりがない。鑑真記念館から、穏やかな沖秋目島の絶景を眺めながら、鑑真が漂着したこの海で、真実一路の釣りを心ゆくまで楽しみたい。そう心に決めて秋妻屋浦をあとにした。

 

うまいことに、5月17日は運動会関係の代休で休みである。思い立ったら吉日と秋目周辺の磯を案内してくれる海周丸の船長へ連絡をとる。

 

「最近、水温が下がってね。かなり渋くなっているよ。5時半に来てください。」

 

最近の状況を正直に伝えてくれる船長談。これは、予約するしかないでしょう。厳しいからよい釣りはできないよと言われれば、行きたくなるというのが釣り人心というもの。

 

凪予報心踊らせながら、準備を進めた。「マルトキ」という有り難くない称号を与えられ、2月の宇治群島以来の釣行になるということに苦笑しながら、自虐的にそのステッカーをクーラーに貼り付けた。

 

今度の釣りは、甑島や宇治、硫黄島とは違う釣りをしなくてはならないようだ。冬の時期に準備していた道糸1.7号のスプールを取り出した。ウキはG2、2B、3Bなどの浮力はケースにしまい、00号、0α号などをライジャケのポケットに。

 

また、離島釣りのメインアイテムだったハリス4号、3号、2号などもケース入り。ハリスは、1.5号、1.2号、1号をポケットに。竿はダイワの2号竿、アテンダー2.5号はお留守番。ダイコー強豪1号、アテンダー1,25号、メガドライM21.5号が竿ケースのメンバーに登録された。

 

久しぶりの離島以外の磯釣りに、2時にかけていた目覚ましアラームより30分早く目覚めてしまった。初めての場所はなんだか心躍るものがある。初めて磯釣りをした時のことを思い出しながら自宅で餌をまぜた。オキアミ1角、パン粉2kg、集魚材お徳用サイズ1袋を混ぜてバッカンに詰めいよいよ出発だ。

 

九州自動車道を南へ下り、指宿スカイライン谷山ICで一般道へ。最近できた南薩縦貫道で川辺町に出ると、そこから大浦を経由して、山道に入った。

 

きんちゃんさんに案内してもらったとき、本当にこの先に港があるのだろうかと、疑いたくなるような細く曲がりくねった道を進んだ。だが、一度ドライブしているので造作もなく港へと到着した。

 

「少ないから直接家の裏に来て。」

 

海周丸の船長の自宅は、港のすぐ近くにあり、裏には駐車場がある。車をそこに停めると先客の底物師がいた。

 

もうすでに明るくなっており、きんちゃんさんの「キャップライトがいらない釣り場」というのも合点がいく。

 

船長の軽トラに釣り道具を積んで海周丸に乗りこんだ。サザンクロスと同じオレンジ色の床。小回りがききそうな船だ。船は静かに港を離れ沖を目指した。

 

心地よい潮風が頬を伝う。ここには、離島のような暗黒の世界はなく、門川のようなボートレースの鋭利なスピード感もない。船は穏やかな船長の人柄と同じくゆっくりとやさしく沖を目指している。さわやかな空気を胸一杯に吸い込んで、ただぼんやりと沖を眺めた。

 

沖秋目島が見えてきた。島に近づくと雄大な岩壁が続く。これから始まる釣りにワクワクしながらもどこかなつかしい場所へと向かっているような不思議な感覚に。

 

同船の底物師が船長となにやら話をしている。ここ秋目は瀬割があるらしく、今日の状況でどこが最も釣果に恵まれるか。また、昼頃から風が強くなるとの予報が出ている。磯が選び放題なだけに磯選びは大切だ。

 

沖秋目島東側のワンドが見える地点で船のエンジンがスローになった。

 

kamataさん、ここはどう?ずっとコンスタントに釣れていたよ。」

 

わかりました。どうもなにも船長が紹介する磯を信頼して釣るだけだ。

 

「ここんところ水温が下がってね。まあ、5,6枚釣れたら・・・。時合いしか釣れんから。」

 

釣果予告を受け、渡礁を済ませる。荷物をまとめて船長のアドバイスを待つ。

 

「(腕で場所を指し示しながら)ここに海溝が走っとるんよ。そこをねらって。ここは風はあたらんから。」

 

そう言い残して海周丸は、次なる渡礁場所に向かった。今日の状況で最も実績が高いであろう磯に誘ってもらい、丁寧なポイント解説を受けた。ここの船長も釣りに対して真実一路の人らしい。

 

今回渡礁した場所を墓石という。なるほど、後ろを振り返ると、墓石のような直方体の巌がそそり立っている。そして、左手前から右沖に向かって釣り座から斜めに分かりやすい海溝が走っている。

 

左に沈み瀬があり、ここも要チェックか。また、右に広がる比較的大きいワンドも試してみる価値がありそうである。すっかり明るくなったこの初めての磯で、時間一杯楽しみたい。

 

釣り座はとりあえず船付けとし、バッカンを置いてタックルの準備に取りかかった。竿は、がま磯アテンダー1.25号、道糸1.7号。ウキはプロ山元の00号のノーガン全遊導とし、ハリスは、1.5号を直結でスタート。ハリはグレ針4号とした。

 

まず、餌を撒いて餌取りの状況を観察する。エメラルドグリーンの美しい海には、キビナゴのあかちゃんのような小魚が見えるだけで、魚の姿は確認できない。目視すると斜めに走っている海溝はかなり深いようだ。たとえ深く入れて喰わせたとしても値に入られてジ・エンドだろう。基本2ヒロから竿1本くらいのタナを集中的に攻めることにした。

 

足下に撒き餌を入れて第1投。赤朱色のウキがゆらゆらと潮をつかんでゆっくりと流れている。

 

潮は、左の根に向かって流れている。潮はほどよい速さで流れており、仕掛けもスムーズに入っているようである。

 

船長の言うとおり、魚からの反応は皆無だった。何の手がかりも得られないまま1時間が経過した。潮が今度は船付けから沖へと動き始めている。餌がとられ始めた。オキアミの一部分を小さくかじる程度である。クロの存在を確認した。

 

これは時合いが近いかも。餌を剥き身にして付け餌にした。ウキに反応が出始めた。今日の釣りの答えにだんだん近づいているような気がする。魚を相手に謎解きをしているような楽しい時間がようやくやってきた。

 

ハリスを1.25号に、ハリを3号に落とした。剥き身にして再度反応のあった地点に仕掛けを入れ撒き餌を3杯かぶせる。

 

ウキが実にゆっくりした速度で消し込まれている。今度は今までになくちょっとやる気のある入り方だぞ。唇をなめながら魚の動きにいつでも反応できる態勢を取る。

 

来た!竿を反射的に立ててやり取りを始める。手応えあり。これからというところで、竿が天を仰いだ。えっ、なんで?ハリが小さすぎたかな。 仕掛けを回収してチェック。ハリがない。チモトが切られていた。

 

この切られ方は、ウスバハギしか考えられなかった。ほどなく、20cm前後のクロちゃんを2匹連続でヒット。なるほど竿1本先の地点は餌盗りのポイントだな。その少し先は、ウスバのテリトリー。それらの餌盗りをかわすか、その先更に遠投するかの選択を迫られた。

 

遠投釣りを選択、撒き餌が届くぎりぎりのところをねらった。ここでハリスに7号のジンタンをかませた。ウキに当たりが出た。これはやる気のある入り方だ。さあ、来いっ。待っていると案の定道糸がピンと貼った。よっしゃあ本命だ。さっきの木っ端とは違うトルクにほっとする。

 

いたいた。さあ最初の1尾目だ。ところがだ。魚信を楽しませてくれたのは本の数秒だった。いきなり竿先が天を仰いだ。ええっ、ウスバじゃなさそうだったんだが。仕掛けをチェックすると。ハリはずれだった。

 

ハリが小さいからねえ。合わせの工夫も必要みたいだ。この後、同じようなばらしを2回連続でやらかしてしまった。時合いだ。時合いだ。こんなことをしていたら時合いを逃してしまうよ。特に、3回目のばらしは、慎重に浮かせて40cmクラスのクロだった。しかし、彼は海溝に潜ることをあきらめ、右の根に一直線。見えていた根なので、大丈夫さと思いきや。潜られて切られてしまった。

 

こうも自分の腕の未熟さが情けなくなったことはない。ああもったいない。ノーベル平和賞を受賞したマータイさんがくしゃみをしていることだろう。われながらへたくそである。

 

その後、何とか30cm超えのクロを2尾ゲットし、ホッとしたところで時合いが終了。再び沈黙の海となった。船長の言う「時合いしか釣れん」の言葉は本当だった。

 

10時前、海周丸が近づいてきた。

 

kamataさん、風が当たらない下げのポイントがあるけどどうする。」

 

船長のせっかくの申し出に乗っかろうかと思ったが、なぜかここで最後まで勝負したいと。また、墓石瀬がどんな瀬なのかを知りたくて、真実一路の道を選択。

 

「ここで粘ります」

 

と答えた。意を解した船長は、「1時半ごろから片付けとって」と言って去って行った。

さあ、ここで最後まで粘って結果を出すぞと意気込んでみたものの、潮は左に流れていき、魚からの反応は相変わらず途絶えた。ワンドもねらってみるがここも反応なし。いろいろ手を変え品を変えいろいろやっては見るものの、魚からの反応はますます途絶えてしまった。

 

ああ、やっぱり自分の腕ではここまでだな。でもこんなに磯釣りが楽しいなんて、久しぶりに心が洗われるようだった。おそらく鑑真が上陸したときもこの海を見守っていた墓石。初めての秋目釣行の場が墓石ということでメモリアルな釣りにふさわしい演出となったことを改めて確認して磯場を後にした。

 

釣りをして改めて気付いたことがあった。それは、秋目の釣り場と港が近いという点である。離島であれば、磯で釣りをして港に帰るとなると、宇治で3時間半から4時間。硫黄島で90分。甑島で短くて1時間半。秋目では、わずか10分足らずだった。

 

離島の釣りにはないいろんな面白さを体験できた今回の釣行。真実一路を貫く船長と秋目の釣り人とこれからもつながっていたいと強く思いながら、鑑真のゆかりの地を後にした。

 

 

 



鑑真記念館にて






鑑真記念館から秋目港を臨む





海周丸の待合所 ここから出撃します



朝の秋目港



沖磯へ出撃



沖秋目島に近づいてきました



釣り座の裏にはりっぱな墓石が


初めての秋目は 墓石


斜めに海溝が走っています


べた凪です チヌがいそうな雰囲気です



今回の釣り座





やっとで初釣果



2匹目



やってしまった




ありがとう 墓石



また 来るよ



釣りの帰りはここに


めずらしい うどんそばの自販機です


釣りの後食べると癒やされます

秋目のクロの刺身甘いです


釣り場で一夜干し 調味料はクロが泳いでいた海水



ニラ天は欠かせないメニューです



ほうれん草との炒め物




クロのナッツ和え

















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