4/1 磯村田における福音書 鹿児島県田尻のクロ釣り




鹿児島県佐多田尻 女瀬(めぜ)水路

磯村田による福音書~鹿児島県佐多田尻釣行記~2019年4月1日


昭和・平成そして「令和」という3つの時代を生きることになった。このことを昭和に生きていた当時の自分は全く考えもしなかった。





時代は急ピッチで時を刻み、世の中は加速度的に変化していっている。この変化に取り残されまいと必死で新しい波を追いかけている自分。これから先、「令和」という時代では、一体どんな世の中が待っているのだろう。




例えば、政府が最近国民に呼びかけているSociety5.0。(Sciety1.0は狩猟社会、Society2.0は農耕社会、Society3.0は工業社会、Society4.0は情報社会)このSociety5.0とは、IoT(Internet of Things)、ロボット、人工知能(AI)、ビッグデータ等の新たな技術をあらゆる産業や社会生活に取り入れてイノベーションを創出し、一人一人のニーズに合わせる形で社会的課題を解決する新たな社会のことをいう。



インターネットにつながりAIを搭載した冷蔵庫が、朝食のメニューを提案したり、冷蔵庫の中身を教えてくれたり。


遠隔地でもドローン宅配で正確に荷物を届けてくれたり。

無人のトラクターが畑を耕し、無人のバスがユーザーを目的地に案内したり。




2030年頃には、このような社会がやってくるそうだ。


しかし、そのような社会になって便利になったと手放しで喜べない。IOT・AI・ロボットに人が仕事を奪われるのではという不安。だれでもできる、反復性の高い仕事はなくなり、そのことで逆に新たな仕事が生み出される可能性も。


そんな中、時代が変わり、常に新しいイノベーションが生み出され続ける未来を思い描く中で、あくまでも昔から変わらないものを求め続ける輩がいることを我々は知っている。






それはもちろん釣り師である。かれらは、Society1.0を理想の社会と考え、実行している。狩猟こそが人生の楽しみであり、唯一の生きる糧であると考えている。



縄文人の遺伝子は、彼らを冬の寒い日も、夏の灼熱地獄の日も、磯・堤防・沖へと駆り立てた。かくいう私もその駆り立てられた中の一人である。




ところが、ここ最近釣りに行く回数がめっぽう少なくなってしまった。原因は、音楽活動を再開したことにある。釣りもやりたい、音楽もやりたい。こんなアウトドアとインドアを両方楽しもうとするなら、当然、釣行回数が減ってしまう。もうすぐ4月になろうというのに、今年に入って1度しか釣りに行けなかった。寒グロのベストシーズンである冬の時期に一度もクロ釣りに行かなかったのは、釣りを始めて以来初めてのことである。





しかし、我慢も限界というところまできた。4月1日の手打西磯解禁にはどんなことがあっても必ず出撃するという計画を立てた。もちろん、一人ではなく、昨年、定年退職され、サンデー毎日になっていた師匠uenoさんを誘ってだが。




串木野港発のフィッシングナポレオン隼に予約を入れ、吉報を待った。



3月末は、穏やかな天候が続いた。これは、行けるかも。憧れの手打西磯に。日本各地で桜の便りがテレビで届けられる中、天気予報が実に残酷な情報を。「全国的に大荒れの天気となるでしょう」




「ダーッ!」思わず声をあげてしまった。悲しかった。全身の力が抜けた。久しぶりのクロ釣りなのに。前日まで待ったが、どう考えても出港はあり得ないとあきらめた瞬間、後ろ髪を引かれる想いでキャンセルの電話をした。





さあ、次の問題は、釣り場をどこにするかだ。この風と波の状況で、九州で釣りができそうなところは、宮崎県・大分県の磯ぐらいだろう。いやまてよ。あるじゃないか。あそこが。



大隅半島在住のブロ友さんに連絡を入れてみる。


「船間や内之浦はやめておいた方がいいかもですね。どこも釣れてませんよ。」



やっぱりね。クロは産卵期に入って極端に食いが渋くなっているそうだ。


「田尻なら、少しは釣れているところがあるそうですよ。電話しておきましょうか。」



こうして、親切なブロ友さんに甘える形で、ようやく久しぶりのクロ釣りの場所が、鹿児島県佐多の田尻に決まった。



佐多岬田尻の磯は、6船の渡船がある九州でも指折りの釣り場である。黒潮の本流の影響を受け、四季を問わず様々な魚種が釣り人を楽しませてくれる。東西両方に釣り場があり、強風時化というラフコンディションでも何とか釣りができる場所があるらしい。この磯で特に有名なのがデカバンの尾長グレが釣れる数少ない場所であることだ。昼間に60オーバーの尾長が釣れる場所として人気が高い。磯からの尾長グレの日本記録74.8cmは、この佐多岬で出ている。



「6時までに来ればいいなら、ここば(ここを)2時に出発しょい(しよう)。」



この花冷え寒波がもたらした、沖が波高3mという中で、釣りができるだけでもありがたい。ブロ友さんによると、この風向きなら、大隅半島で一番風があたらないのが田尻とのこと。



Uenoさんを乗せた車は、午前2時前に人吉を出発。九州自動車道を南へ下り、加治木JCTから東九州自動車道へ。鹿屋で一般道に出て、錦江湾の海岸道路を走り、佐多田尻港に着いたのが、午前5時頃だった。




田尻は二度目の挑戦。前回は十年以上前の話。年末寒波の頃だった。100人くらいでごった返した釣り人の集団を6船の渡船が次々に飲み込んで出航していた。前日に予約をした我々は、釣る場所がなく、時化たら迎えに来られない、自分で裏山を登って帰らなければならない地磯に乗っけられ、見事に惨敗した記憶がよみがえる。



前回は、釣る場所がない中での惨敗だったが、今回はどう考えても産卵期の食い渋りという最高難度のミッションに立ち向かわなければならないようだ。しかも、周囲のヤシ科の常緑樹が踊るように風に翻弄されている。強風は釣りの大敵だ。惨敗の確立80%と自分のカンピュータがはじき出した。


二人とも惨敗の予感が漂う中、それでも釣りができる幸せをかみしめながら、夜明けを迎える田尻港で戦闘服に着替えた。



しかし、そんな悪条件の中でも、アドバンテージが見つかった。釣り客は、なんと6人ほどだったことだ。(もちろん、この人数は、全く釣れていないことを示しているのだが、)それでも田尻の有名磯(もちろん、風裏限定だが)に乗れる確率が高まった。いや、もしかすると、釣れている磯に乗せてもらえるかもしれない。




午前6時、今回お世話になる渡船「鶴丸」が岸壁につけた。乗り込むのは、uenoさんと私の2人だけ。2人で渡船貸し切り。


「どこか行きたいところがありますか。」



この船長一見しておだやかな方のようだ。背はあまり高くなく、顔は濃い。南九州人特有の縄文人の遺伝子を持つ顔立ちだ。N響でタクトをふる下野竜也氏にどことなく似ている。彼のアウフタクトを入れつつのありがたい申し出だが、2回目でほとんど磯を知らない自分に行きたいところを主張できるはずもない。




「ここ最近で唯一釣れたところがあります。でも、ちょっと歩かないと行けませんが、どうしますか。」


Uenoさんと協議にはいる。わたしはかまわないが、Uenoさんの体力と相談だ。Uenoさんにこのことを話すと感触もまずまず。



船は、港からすぐ見えている枇榔島へと向かっている。沖は白ウサギの運動会だが、風裏のこの場所では、時折突風が吹くものの釣りができないコンディションではない。この風なら大輪島あたりは無理だろうから、枇榔島の風裏に乗せてもらえるようだ。早朝の潮風が潤いをなくしたガラスの50代の肌に心地よい。だんだん近づいてくる枇榔島に眺めながら、心拍数が自然と上昇してくるのが分かった。





あっという間にエンジンがスローになった。すでに、釣り人が一人渡礁してあわただだしく準備をしているのが見える。




「kamataさん、あそこに釣り人が見えるでしょう。あの裏にポイントがあります。船をそこ(右前方)に着けますから、そこから歩いて行って裏に出てください。そこがポイントです。ここ最近で釣れたのはそこだけです。」



船長にここまで言われたら、もうここに乗るしかない。言われたとおりに、荷物を船の前方に運び、渡礁の時を待つ。いつ釣りに来ても緊張の瞬間だ。



ホースヘッドのタイヤが屈強な巌に体当たり。浮き上がったタイヤは磯壁に張り付いた。えっ、どこに平らなところがあるのだろう。一瞬戸惑ったが、もう上がるしかない。


「今だ」

とても50代、60代とは思えないような俊敏な動きで渡礁。わずかな平らな面を探して荷物をとりあえず磯場にあげた。



荷物を運びながら少しずつ移動を開始。ありがたいことに鶴丸さんは我々が移動するまで待っていてくれた。



「そこに撒き餌の跡があるでしょう。そことその先までがポイントですよ。」

船長のやさしいポイント解説を受けた後、いつものように磯の全体像をつかむ作業に。釣り座となりそうな場所は、2つのハナレ瀬があり、そこが水道になっている。2つのハナレ瀬の間にも水路が走っており、いかにもメジナが好んで潜んでいそうな磯の形状にほくそ笑む釣り人2人。



薄暗くて海の中は見えないが、おそらく海溝などに潜んでいるクロを撒き餌で浮かせて釣るといういつものパターンで大丈夫だな。時折釣り人の注意を喚起してくれるいきなりの突風によろけながらも、仕掛け作りに入った。この磯場を「女瀬(めぜ)水路」という。そういえば、鋭角的なごつごつした岩ではなく、なんとなく丸っぽい岩が多いね。


食い渋りを想定し、しかも強風でも快適に釣りをするタックルにと、竿はダイワメガドライ1.5号―53。道糸1.75号ハリス1.75号(あとで1.5号に落とす)。ウキは釣研ジャイロ0αの全遊動で、ハリは最初4号で行くことにした。


最近、釣りの前に儀式を行うようにしている。ピシュッと缶ビールを空けて海に注ぎ込む。御神酒をすると不思議とこれまでボウズなしだ。もちろん、これからの釣りの安全も祈願する。




Uenoさんも黙って仕掛けづくり。Uenoさんは、釣り人の誰もがそうであるようにおしゃべり好きな人だ。しかし、黙っているときがある。魚が釣れそうな時と、惨敗を食らって力が抜けている時である。



撒き餌は、オキアミ半角にパン粉2kg、集魚材V9を混ぜて軟らかめに仕上げた。オキアミMサイズの付け餌をハリに付けて、さあ、いよいよ第1投。おそよ1年ぶりの磯でのクロ釣りに手を震わせながら、振りかぶりジャイロを紫紺の水面に叩きつけた。


左隣の釣り座ですでに仕掛けを入れているuenoさんのウキの隣で、ジャイロは右にいったり左にいったり。仕掛けがなじむとウキが少しずつシモリ始めた。




ガン玉を付けなかったのにシモっていくぞ。おやっ。あたりかな。仕掛けを回収して付け餌をチェックする。餌がわずかに何者かに引っ張られたあとが分かる。しかし、確証はできない。




餌を付け直して第2投。潮は動いていないようで、波の振幅に仕掛けが翻弄される状況。やはり、仕掛けが立つと、ウキがシモリ始める。道糸を張って聞いてみるものの素バリをひく。餌をチェックするとオキアミの皮をわすかに喰った跡が。




さすが、産卵期。魚(クロ)がいる気配はするのだが、完璧な食い渋り状態である。そりゃそうだ。もうすぐ産卵するというのに、危険を冒して餌を必要以上に食う必要はないはず。これは開始早々厳しい釣りになることを魚が教えてくれた。おびただしい数のキビナゴが水族館で見る群れのように形を変えながらうごめく。

「アタリあるね。こっちはまったくバイ。」

Uenoさんもこの食い渋りに苦戦していたようだ。ここは、とにかく食い渋り対策と、ハリスを1.5号に落とし、付け餌を小さくしたり、むき身にしたり、仕掛けの投入点を変えたりしてはみた。しかし、見えない敵は、釣り人をあざ笑うかのように、付け餌をわずかにかじったり、引っ張るだけの時間が過ぎていった。



そんな退屈な朝まずめが終わろうとしたときだった。左脳に断末魔のオーラを感じて左に視線を送ると、信じられない映像が眼球の奥に取り込まれた。なんとuenoさんが魚とのやりとりをしているではありませんか。

「ウオー!」

竿は1,25号での細仕掛けで無理はできない。Uenoさんは慎重に魚との距離を縮めていく。このタイミングでこの竿の曲がりなら食わせた魚はクロしか考えられなかった。魚は右手前の根に逃げようとする。Uenoさんはそうはさせまいと竿を立てて応戦する。

ようやく尻尾の白い魚がぬうっと現れた。良いサイズの口太だ。玉網ですくってあげた。40cm級のまずまずのサイズ。

「潮が一瞬沖に言ったときに喰ったバイ」

ボウズを逃れてほっとするuenoさん。となりにいる私は気が気ではない。魚はいる。確かに、魚はそこにいる。

「タナは浅かったバイ。2ヒロくらいバイ。」

確かに、タナは浅いと思っていたが、なぜ自分の仕掛けに食いつかないのか。

「ハリは3号に落としたバイ。甑島の渋い仕掛けで釣ったバイ。」

ここは、釣った人に学ぶのが常道というもの。早速、自分もハリを3号に落とした。時折、突風が吹いてくる。細い道糸だから影響は最小限だけれど、それでも仕掛けを入れるのが難しい。竿先を海中に入れたり、潜り潮を狙ったりと試行錯誤が続いた。

そうこうしているうちに、潮が激流に変わった。川のごとく右に流れていく。打つ手がなく、我々は自然と休憩が多くなってきた。左右後方から時折吹いてくる突風に耐えながら、家なから持ってきたおにぎりをほうばる。



釣りには時に休憩も必要だが、休憩が多くなると釣りに最も大切な集中力が散漫になってくる。集中力が散漫になると、他のことに目がいく。沖ではねている白波がますます大きくなってくること。ここは以外と鳥が少ないこと。右の根は実は浅くて魚が潜むような形状ではなかったこと、云々。

おおそういえば、今日は、エイプリルフールだが、新元号が発表する記念すべき日だ。こんな日に磯の上にいる自分の存在がおかしくなり自嘲気味に携帯の画面をのぞき込む。


新元号は、「令和」だ。

万葉集からとったそうだが、今の自分にはそのことはどうでもよく、この惨敗をエイプリルフールだからね、などとどのようにごまかそうかと思案していた。


Uenoさんが、クロを1尾追加した。これも、釣ったと言うより釣れた1尾。Uenoさんも私も正直途方に暮れていた。一体どうすりゃいいんだ。

すると、となりの磯で釣っていた釣り人が話しかけてきた。

「ここはそうでもないですねえ。こっちは、ものすごい風ですよ。何度も海に落ちそうになりましたよ。」

その釣り人は、わたしより年上のようだが、茶髪にされていて若く見える。顔は釣り人なら誰でも知っている村田基さんにそっくり。ルアーフィッシング界の神様村田基さんから突然不思議な話を聞いてしまった。まるでゴルゴダの丘にへたり込んだ迷い人が神の啓示を聞いたような瞬間だった。



「ここは女瀬水路といいます。ポイントはここじゃありませんよ。2つのハナレ瀬の間の水路を狙ってください。あそこから水路を流して沖で喰わせるんですよ。」


がーん。今まで釣っていたポイントは本命ではなかったんだ。そうか、そういえば、潮が引いてくると、餌は右に行くと思いきや浅いところでカーブして水路を通って沖へ出て行ったよな。


頭の中に何かがひらめいた。その瞬間、バッカンを担いで釣り座を変更した。言われたとおり、竿1本先から仕掛けを水路に流していった。ウキが潜り潮らしき流れによりシモっていく。竿先に意識を集中しアタリを待つ。


何かが変わると思った矢先、道糸が一気に走った。やっとで喰ったぞ。絶対に取る!

竿先に伝わるシャープな引きは、クロであることを教えてくれた。やはり右手前に突っ込む相手を左に遊動するように竿を立てる。ハリス1.5号だし無理はできない。ぬうっと現れた魚はうれしいクロちゃんだった。




慎重に玉網をかけて手前に引き寄せる。左手に竿を持ちながら小さくガッツポーズ。エメラルドグリーンの愛くるしい瞳、緑色の体色。お腹の膨れた体高。間違いなく産卵を控えた雌の個体だ。時計を見ると13時を過ぎていた。回収は16時。何とか釣れた1尾に重圧から解放された気分に。



同じような状況で1尾追加した。しかし、大きなアタリが2発。道糸から飛ばされた。ジャイロを2個失ってしまった。夕まずめに向かってこれからよくなると思われたが、移動もあることだし、ここまでにしようと竿をたたむことにした。



磯の村田基は、尾長グレ狙い1本の太仕掛けで臨んだそうだが、残念な結果に。しかし、この方がいなかったら、ぼくは間違いなくボウズだった。あのありがたい一言によって、息を吹き返し何とか産卵期の食い渋りグロをゲットすることができた。



あの一声は、もしかしてイエスの福音ではないのかと思うようになってきた。そのありがたき情報(福音)をより多くの人に伝えるためにこれからも磯に立ち続けようと思うのだった。







心地よい春の磯風を浴びながら、心はすでに次の釣りへと切り替わっていた。






わたくしの福音書はこれでおしまひであります。

 











鶴丸さん お世話になります






























































































































































































































































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