6/27 離島で学ぶ結いの心 硫黄島

釣り大会に向けて
日本列島に本格的な梅雨が到来した。今年の6月中旬、自身初めてという6月での硫黄島の夜釣りは、見事な空振りに終わってしまった。6月と言えば、離島の夜釣りで底物の大型に出逢える絶好のチャンス。そのチャンスをふいにするという失態は痛かった。梅雨の時期に離島の磯に立つのは至難の業だからだ。

そんな撃沈気分の中、釣れても釣れなくても一際存在感を見せていた集団があった。黒潮丸の常連である「黒潮塾」のみなさんだ。そのメンバーの一人である関ちゃんさんが、立神で仕留めたデカバンタバメを惜しげもなく仲間に配っていた。私もいけないとは思いつつも有難くタバメをいただくことになった。そして、関ちゃんさんは、惨敗を喰らった私にネット上の掲示板の中でこう切り出した。
「27日はシブ釣り大会があるんですよ。ぜひ参加してください。N村さんがかまちゃんと同礁したいとのことでした。」

何と有難い申し出であろう。N村さんと言えば、黒潮丸の釣り人の中でもリーダー的な存在で、30年もの硫黄島通いで硫黄島のポイントを知り尽くした底物師の中の底物師だ。これまで自己流で離島の夜釣りに取り組んできたが、ここ最近限界を感じていた。釣果に恵まれないのは、潮のせいではない。明らかに自分の釣り方が間違っているのだ。やはり、釣りの技術を磨くには、詳しい釣り師に教えてもらうのが一番である。そう考えていた時のこの申し出だ。断る理由は見つからない。スケジュールを確認し開けられることがわかると、O,Kの返事を返した。また、いつもならuenoさんに声をかけ、夜釣りを安全なものにするために2人釣行にするはずだが、N村さんと同礁できるとあって、今回はuenoさんには知らせないでおいた。ごめんなさい。

梅雨の前半はカラ梅雨かと思われたが、6月後半から天気予報に傘マークが並んだ。沖縄地方で大暴れした梅雨前線が北上するという。当然、27日は傘マーク。降水確率70パーセントで万事休す。天候の判断には慎重な黒潮丸の船長のことだ。中止にすると思いきや。「出航することにしましたわ。3時前に来てください。」だって。確かに、奄美地方に停滞していた梅雨前線が北上するため、南に行けばいくほど雨の確率は低いのはわかっている。しかし、昨年の11月の夜釣りで雨の中での釣りがいかにつらいかを体験している私にとってこの判断はかなりの冒険だ。不安を抱えながら翌日を待った。


今回は荒磯で硫黄島へ

朝が来た。道具を準備し、早めの10時半ごろに人吉を出発。空を見上げると鉛色の雲が続いている。今にも降り出しそうではないが、硫黄島ではどうかわからない。運転してしばらく走ると、「現在、奄美地方に竜巻注意報が発令されました。」また、しばらくすると、「現在、鹿児島県全域に竜巻注意報が発令されました。」そして、枕崎港に着くころになると、「鹿児島県全域に大雨洪水雷注意報が発令されました」南からの湿った空気が梅雨前線に再びエネルギーを供給したようだ。

枕崎港に午後1時半ごろ到着。まだ釣り師の車は1台しかなかったが、時間がたつにつれぞくぞくと人が集まってきた。黒潮塾のみなさんが到着すると、一気に活気が出てきた。早速、N村さんや関ちゃんにあいさつ。本日の釣り大会参加者は27名くらいか。この人数では、無理ではと思ったら、黒潮丸と荒磯の2船体制だそうだ。「カマタさん、ぼくといっしょに荒磯で行きます。女性のHさんもいっしょです。餌はタレのトロ箱が1つとサンマが半分でいですね。」とN村さんから声をかけられた。またまた、N村さんからシブダイが、好むといわれる小イカをいただく。申し訳ないと思いきや、今度は、「かまちゃん、これ使って」と関ちゃんがマル秘餌を差し出す。黒潮塾のメンバーは、なぜこんなにいろいろプレゼントしてくれるのだろう。

今回の釣り大会は、2船体制で、黒潮丸が硫黄島の東エリア、荒磯が西エリアだそうだ。魚1匹の長寸で大会の審査が行われる。シブダイの部、アカジョウなどのハタ・アラの部、その他の魚の部があるとのこと。(もちろん、おいらがよく釣るウツボやカメ、ソウシハギは検量の対象外だ)大会の説明をN村さんが行ったあと、いよいよエリアを決めるくじ引きである。釣り人がくじを引くたびにちょっとした歓声が。関ちゃんは西の1番で荒磯に。われわれは、女性がいて3人ということで荒磯で西磯の安全なところになるそうだ。東エリアは、鵜瀬、平瀬、新島あたり。シブダイを釣るなら最も実績が高いと思われるが、南からのうねりがどうか。また、西エリアは立神周辺のこれもシブダイの実績が高い場所。南東からのうねりには強いが、予報では、夜になって南西の風に変わるので、北のタナ、コウカイトウ、ヒサガ瀬あたりが安全とのこと。こればかりは硫黄島に行ってみなければわからない。今のところ、枕崎港では、予報に反して、晴れ間が見えるほどの穏やかな天気。「前線が上がったのかもしれんなあ」と誰かが呟く。

心配だった天候
餌と荷物を船に積み込み、いよいよ午後3時15分ごろ荒磯の紫色の船体は、枕崎港をゆっくりと離れた。今回はいろいろと情報を仕入れようと操舵室に乗り込んだ。枕崎港の沖堤防を過ぎると、いつものように船は高速回転となる。海の異変に気付いたのは、その直後のことだった。「予想以上にうねりがあるねえ」黒潮塾のメンバーが声をもらす。左10時の方向に、一足先に出航した黒潮丸の船影が白波を放っているのが見える。海はますます悪くなるばかりだ。ドスン、ドスン、波塊が容赦なく船体に突進してくる。何かにつかまっていないと、姿勢を保つことができない。「佐多岬から先へ出ると、潮の流れが速くなるからね」名人は海を凝視している。ここまでのところなら大隅半島によって潮波から少しは抑えられるのだが、岬を過ぎるとうねりに潮波が加わり船の操縦もやっかいだそうだ。

ドッカーン、という音に変わったのは、その後だった。プチジェットコースターを味わいながら前方を見ると、雨がぱらついてきた。「雨雲が西から近づいてくるよ。硫黄島の雨は半端じゃないからね。」名人が硫黄島30年のキャリアから出た言葉に不安を覚える私。確かに操舵室のレーダーは確実に雨雲をとらえていた。しかし、こんな中でも懲りない面々なのが釣り師のいいところ。「ほら、むこうは(黒潮丸)重量オーバーだもん。○○、△△、××たちがいるからね。」「時化男のK野は佐土原(宮崎県の地名)らへんにいるらしいから高千穂あたりに行ってほしいなあ。」「あいつら先に着いて早く釣りをしようと考えているな」こんな楽しい会話を聞いていると不安もかき消されていく。そして、どういうわけだか、しばらく走ると海はないできた。どうやら硫黄島の山肌が、南からの風とうねりをしっかりと受け止めてくれているようだ。硫黄島は間違いなく我々を歓迎してくれている。

「見ろ、黒潮丸が鵜瀬に着いたぞ」左前方では、ポツンと海上に出ているゴマ粒に白波を伴った船が接岸したようだ。しばらくすると荒磯も硫黄島の北エリアでエンジンをスローにした。南からのうねりに強い北エリアからの渡礁らしい。北向きの断崖に向かって船はゆっくりと進んでいる。久しぶりに見る情景だ。潮の大きいときによく使われる北のタナとその横に2組の戦士が渡礁していく。さらに、船は西へとひた走る。「ヒサガ瀬には乗れそうだ」鹿児島では昔石鯛のことを「ヒサ」と言った。名人から教えてもらった名前の由来の瀬を通り過ぎるといよいよ西磯だ。「風が変わってきてるな。思ったよりうねりが大きいね」西磯の入り口にあるヒレ瀬が見えてきた。最干潮でこれではヒレ瀬の渡礁は無理のようだ。

ヒレ瀬を過ぎると我々が乗る予定のミジメ瀬が現れた。N村さんの指示で船首部分に出るおいら。雨がばらついている。磯場は濡れているだろうから渡礁には細心の注意を払う。ミジメ瀬の裏から何とか渡礁完了だ。荷物を一番上の高く平らなところまで協力してあげた。「この波ならこの高いところでも波を被るだろう。」と名人の指示で、波をかぶりそうな低いところに、(といっても素人の私には最干潮から上げに変わったところで到底ここまで波が来るなんて考えられなかったのだが)、クーラーを、高いところに他の荷物を置いた。「人が通れるように磯の中心には荷物を置かないように」と名人は釣りに釣りに関わる全てにこだわりをみせる。「あれを見て。うねりがあたってサラシができとるでしょう。ここは立神があるからあれほどのサラシにならない。今日は中潮で潮位が2m50はあるから今いるここも波をかぶるかもしれんのですよ。」渡礁してすぐに状況を説明。「あそこに(立神の右横)黒島の灯台があるんですよ。あの灯台のあかりが見えれば、雨は大丈夫だよ。雨が激しく降ればシブは釣れないからね」と天候の判断基準まで教えていただいた。


名人N村さんとミジメ瀬へ


南西からのうねりで大瀬 中の瀬は厳しい?


今回の釣り座は立神側

いよいよ名人との釣り
次に名人が出した道具を見て驚いた。電動ドリルだ。「カマタさん、どこで釣りますか。」前回のミジメ瀬では、本島向きで惨敗をくらったので、「立神側の釣り座でいいですか。」とお言葉に甘えることに。「ここでいいかな。ここなら足場もいいし、ここに寄りかかりながら釣りができるよ。今日はうねりがあるから前に出ない方がいい。」と言うが早いか、ドリルで穴をあけ始めた。これで今日のマイピトン穴が完成。感謝しつつピトンを打ち込んだ。「尻手ロープは、手前に打ち込んだ方がいい。」とさらにアドバイスは続く。「さあ、アカジョウを釣りましよう。タックルを準備して。」石鯛竿を出し、瀬ズレワイヤーに関ちゃんからもらったワイヤーハリス付きのタルメハリ25号をセット。錘は30号とした。「ここはそこに根があるから仕掛けを回収するときは、その根を避けてください。駆け上がり状になっているから、早く巻かないとすぐに根掛かりしてしまうから注意して。」餌はサンマの頭だ。ハリにつけて早速第1投。やや遠投し、リーのルカウンターで38mくらいのところで仕掛けが落ち着いた。「もう少し、竿を立てて、低くしていると掛かった時に竿が折れてしまいからね。」自分の今までのやり方が間違っていたことが名人と一緒にいるとそれがよくわかる。

仕掛けを入れたら今度はえさ作り。サンマの頭だけをつけ餌用に残してぶつ切りにし、タレクチの撒き餌と混ぜる。単純な作業だが明るいうちにやっておかなければならない大切な準備だ。「カマタさんサンマの固いのを30ばかしクーラーに入れといて。」サンマの原型のままクーラーに入れておくためのビニル袋を取り出そうと磯バッグのふたを開けようとした時だった。「おいっ、来た」と言うが早いか、名人が私の竿を握っていきなりやりとりを始めた。一瞬何が起こったのかわからなかったが、状況を把握すると固唾をのんで名人の戦いを見守った。名人難なく魚を浮かせる。

赤い!

この時間帯で、釣れる赤い魚と言えばアカジョウしか思い浮かばない。私は、下の段に下りて道糸をつかみ、魚を慎重に抜きあげる。上の段にいる名人に魚を見せる。「カマタさん、おめでとう。アカジョウだな。」私に握手をもとめる名人。Hさんが「うわ〜、いいなあ」と感嘆の声をもらす。真っ赤なボディーに特徴のある形の尾ヒレ。ピンク色の斑点にフィッシュイーターであることを証明するような大きな口。南海の磯釣り師なら誰もが憧れる魚アカジョウがどんよりとした梅雨の中で神々しい光を放っていた。2年前黒島で釣ったことはあるが、硫黄島では初めてだ。いや釣ったのではない、釣れた?いや釣ってもらった。頭の中が混乱している。確かに自分の仕掛けに喰いついたのだが、自分はこの魚の手ごたえを知らない。


アカジョウ3kgゲット

「これは、N村さんの魚ですよね。」「いいや、これはカマタさんのですよ。私たちはこうやって仕掛けを入れているときは、竿先から目を離してはいけませんよ。もし、誰かの竿にアタリが来たらだれかが竿を握って釣るんです。今度私の竿にきて私がぼんやりしていたらカマタさんが釣ってくださいよ。魚はねみんなのものなんですよ。」と名人がアカジョウ釣りの基礎基本を教えてくれた。こちらもわかってはいたが、まさか第1投からくるとは夢にも思わなかったのだ。名人もこの魚を見てモチベーションが上がり、大急ぎで仕掛けを作ると私の潮下にピトンをセット。やや遠投してあたりを待った。いい感じの上げ潮がヒレ瀬方面へと走っている。

「アカジョウは1匹しかいないか。」名人ため息をついて仕掛けを打ち返す。あともう少しで夜更けというところでサンマの1匹掛けを取り付けて仕掛けを入れた。Hさんの方もアタリがないようで、そろそろ夜釣りの準備を始めておられる。「カマタさん、もうアカジョウは喰わない時間になってきたから、飯でも食いましょう。」名人は黒潮塾のメンバーの一人U本さんのお母さんが作ってくれたという弁当を取り出した。「カマタさん、おにぎり遠慮せずに食べてください」「から揚げもどうぞ」とHさん。「あのアカジョウで優勝かもしれませんよ。今のところアカジョウが出たのはここだけのようですから。」「昔は、シブダイがよく釣れたもんだよ。この瀬では、昔U本くんがシブを60枚釣ったんだよ。石鯛もよく釣ったなあ。1000匹釣ったら石鯛釣りをやめようと思ったけど、この前1000匹超えちゃったけどまだやめられないね。石鯛は半日で17枚釣ったことがあるよ。全部50cm以上のをね。」

3人でなごやかに世間話をしている時だった。私は完全に魚釣りをしていることを忘れていた。しかし、さすがに名人は魚釣りを忘れてはいなかった。いきなりそいつはやってきた。名人は実はその瞬間を静かに待っていたのだった。「あっ」という声を発したかと思うと、名人はとても60歳前とは思えない俊敏な動きで自分の竿を握りやり取りを始めたのだった。よしっの声がした。魚が底をきったようだ。後はハイ根に潜られないようにポンピングしながらごりごりと且つ慎重に魚との距離を詰めている。魚が観念したようでさっきより大きな赤い魚体が水面に浮きあがった。「やりましたね」と魚を抜きあげに下の段におりる私に、魚のハり掛かりを確認して勝利を確信したN村さんが「ゆっくりでいいですよ。気をつけて」と声をかける。


名人 夜更け前の執念の1発 4.5kg

4.5kgの見事なアカジョウだった。「いきなりくるからね。思わずおにぎりがのどに詰まったよ。」と名人にとってもこの魚はうれしい1尾のようで、「カマタさんごめんなさい。2位になっちゃったね。」と笑顔を見せる。私も「おめでとうございます」と賛辞のことばをかける。最後の最後まであきらめないという名人の磯釣り哲学がこの魚を呼んだと言えよう。正に執念の1発だ。これがアカジョウタイムの終わりを告げる1尾となったのだった。

期待の夜釣りだったが
暗くなっていよいよ夜釣りだ。雨は降ったりやんだりといった状況。これから上げ潮が止まる満潮の11時までがシブダイの黄金の時間。シブダイの仕掛けはアカジョウとは少し違う。瀬ズレワイヤーを使わず、ハリスもワイヤーではなく20号のナイロンハリス。ハリは鋼タルメ22号とサイズダウン。「シブダイは完全に夜にならないと釣れないからね」午後8時ごろ暗くなってからシブダイ釣りスタート。潮もこの前の激流ではなく、程よい速さで釣りやすい。これはチャンスだ。ほどなく魚からの反応が出始める。しかし、反応はあるのだが、今日の魚は一向に走る気配がない。仕掛けを回収すると餌だけとられている。「シブダイは魚の目にめがけてくるからサンマの頭が有効なつけ餌になります。」とサンマの頭のも頭の固いところだけのこされてやわらかい内臓付近だけ喰われている。小イカでもやはりげそのところだけがとられる展開だ。今回も苦戦か。8時半ごろ名人魚を抜きあげる。2キロ弱の魚だ。しかし、外道のタバメだ。

9時ごろ名人シブダイ第1号を釣りあげる。キロ弱の見事なシブ。さすがだ。これを合図に名人つぎつぎにシブダイを抜きあげていく。「今日は、小イカより、サンマの胴体のほうがいいよ。」有難い情報だ。自分も餌をサンマの胴の部分を中心にやってみるが、どうしても魚を掛けることができない。「誘いをかけると喰ってくるよ」なるほど、名人はあたりがあれば、すぐに誘いをかけて喰わせている。でも、私は喰わせきれない。Hさんも私と同じような状況らしい。6,7枚釣ったところで、N村さんが「こっちで釣ってみて。33mのところでアタリが出たよ。」と名人の釣っていた釣り座を譲ってくれるという有難いお言葉。その間に、N村さんはHさんのサポートに入った。

魚からの応答は続いた。苦戦していたHさんついに魚信をとらえやり取りに入った。N村さんがアドバイス。Hさんが抜きあげた魚はキロクラスのギンガメアジだった。本命ではないもののおみやげを手にしてほっとするHさん。と、今度は自分の番だとようやく魚の動きをとらえた。竿先のアタリの割に軽い魚を抜きあげる。600gほどのシブダイだ。小さいサイズだが、本命は本命。ようやく力みが取れた感じだ。この後、ウツボが釣れ出し、潮がよくないとN村さんとHさんは仮眠タイム。磯釣り師たるもの休憩も必要だ。明け方にかけての下げ潮のために力を温存するという。

しかし、おいらはやめられない。前回のミジメ瀬で辛酸をなめさせられたリベンジを果たさなければならないのだ。しかも、前回の時、Sさんがこの満潮の潮どまりで1.8キロほどのシブダイを釣っている。上げ潮の潮どまりはチャンスだとヤマを張ってのトライだった。今日のアタリ餌であるサンマの胴を取り付け、遠投してリールカウンターで38mのところで仕掛けを落ち着かせた。夜も12時を過ぎた。潮が変にになってからアタリが遠のいていたが、久しぶりに魚信を幻覇王はとらえた。トントンそしてぐぐっと竿は絞り込まれた。竿を立てて確実にフッキングさせる。重い!今度こそ本命だろう。まずは確実に底を切るようにして、根に注意を払いながら慎重に浮かせてぶりあげる。ライトをあてると黄金のヒレを持つ本命シブダイだった。やったぞ。早速、魚を計測。41cm。う〜む、どうしてもこのサイズから抜け出せない。しかし、ようやく許せるサイズで思わず笑みがこぼれる。


潮止まりのチャンスタイムでようやく許せるサイズが

午前1時過ぎ、1時間弱ほど仮眠されたN村さんが、起きだして釣りの準備をしていた。「カマタさん、下げ潮に変わってるよ。こっちで釣ろう。」満潮から下げになって2時間ようやく下げ潮が大瀬方面へと走りだしたようだ。ここでも名人の勢いは止まらない。小ぶりだがシブダイを次々と抜きあげていく。「撒き餌していたからね。魚の反応もいいよ。」しかし、私には魚信がない。リールカウンターで22,3mのところに投げてみて。」とアドバイス。すると、確かに魚からの反応が出た。3時ごろになって起きてきたHさんもこちらに来て3人で釣るが魚を掛けるのはN村さんのみ。私がかろうじて小ぶりのシブを1枚釣るのが精いっぱい。4時ごろN村さんにとんでもない強烈なアタリが来て、2秒くらいで道糸20号が飛ばされる事件が発生した。「多分、スジアラやろう。ありゃどうせとれん。」と名人苦笑い。明け方になると遠くで雷鳴がとどろき一瞬夜が雷の灯りで明るくなる不気味な時間帯。硫黄島ではとんでもない雨の降り方をするので要注意。しかし、心配された天候も黒島の灯台の灯りが釣り人を安心させてくれるのだった。

その後、夜が明けてしまいシブダイ釣りが終了。朝まず目のアカジョウねらいも気合が入ったが、潮が悪くウツボが釣れ、空振りに終わってしまう。午前6時となり、回収30分前ということで、片づけることにした。いやあお疲れ様。回収に来た荒磯に荷物を船着け付近で受け取ってもらい、人は裏側の安全な場所からのることにした。


ありがとう ミジメ瀬

うねりは相変わらずで、満潮時は時折一発波がきて釣り人を困らせたが、それ以外は立神様に守られたこともあり終わってみれば快適な夜釣りだった。さあ、釣り大会の結果はいかに。自分の入賞はありえないが、他の釣り人は一体どんな魚を釣っているのだろう。荒磯のキャビン内でそんなことを考えているといつの何か眠ってしまって気がつくと枕崎港だった。

離島釣り師から学んだことは
枕崎港につくと、激しい雷雨が我々を歓迎してくれた。雨が降った時は、漁協の屋根つきの岸壁に船を着けられる。最初に着いていた黒潮丸があわただしく豪雨の中荷物を運ぶ姿が見える。大変だ。今度は自分たちの番だ。ずぶぬれになりながら、荷物を屋根のあるところまで運ぶ。短時間で作業を終えた。やれやれ。でも釣り師の団結力はさすがだ。

そして、いよいよお待ちかねの魚の品評会だ。黒潮丸から早くも5キロクラスのタバメが2本、3.5キロのデカバンシブダイが1匹、アカジョウの4キロアップが1匹、コロダイなどのその他の魚も御用となっていた。アカジョウはこの日7匹出ていたのでおいらの魚は商品をもらえる2位以内にはいることができなかった。シブダイの部でも2位は40cm少しのサイズで接戦だったが、2位以内を逃す。そして、わが名人N村さんがアカジョウを持ち込むと歓声があがる。黒潮丸で釣れたアカジョウと同長寸だ。重さをはかるとわずかにN村師匠の魚に軍配が上がった。見事な優勝である。今日は潮の流れもよく釣り大会らしい釣果に恵まれた。しかし、水温は依然として23度と低くシブダイ釣りの本格シーズンには程遠い状況だった。

その後、N村さんの行動は目を見張った。自分が釣った10数枚のシブダイをすべて惜しげもなく惨敗した黒潮塾のメンバーに配っているのだ。ほとんど空のクーラーにも魚が届けられる。関ちゃんもどこから仕入れてきたのかわからないが、「カマちゃんはいっ、枕崎産の魚。」といって、2.5キロクラスのタバメをプレゼントしてくれた。どうやら黒潮塾の掟には釣った魚はみんなのものという哲学があるようだった。「魚を持って帰ると、近所の人から野菜や果物をもらえるよ。だから、おれは野菜などはあまり買わなくてすむよ。」と笑う名人。しかし、残念だが今の自分には何もお返しができない。いつかは、自分も魚をしっかり釣ってこの方々にお返しができるようにしなければと思うのだった。そして、この行動を見ていると、昔の日本人が当たり前のように実践していた村落共同体としての「結い」の心を思い出した。今は死語になっているであろう「もらい風呂」や農繁期は近所みんなで協力して田んぼの仕事をすることなど。自分が子供のころには確かにあった「結い」。この忘れかけていた「結い」の心をこの離島の釣り師たちから思い出させられるとは思わなかった。

このすがすがしい心は、帰りの大雨洪水警報の激しい雨のドライブも快適に変えてくれたのだった。


本日の釣果


計量も正確に行われます


人生2匹目のアカジョウ


本日の料理

造り
塩焼き
潮汁
皮のポン酢和え
てこね寿司


最高に美味しかったです♪

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