1/16 その磯をもってしても 硫黄島

作家開高健さんが、確かこう言われたらしい。

釣りは忍耐の芸術だ

 中々良いことを言うねえ。学校から自宅へ戻る車中でこんなことが頭の中を渦巻いていた。そうだ。とうとう10年越しの夢がかなう時がやってくるんだ。あこがれ続けた男女群島への挑戦にあと数時間で出発だ。

 明日の午前8時に出港。あじか磯釣りセンターのブラックヘラクレス号で東シナ海に浮かぶ夢の島に向かう計画だった。3連休で天候も良好。こんな機会はまたとない。誘っていただいたtomofulさんにただただ感謝である。

 しかし、おいらの幸せはあっけない幕切れだった。それは、あまりにも見事なシナリオだ。自宅に帰ると、中学生の息子がこたつできつそうにしていた。顔を触ると熱いではないか。すぐに病院へと向かう。一発でインフルA型と判明。愕然とするおいら。インフルで苦しむ家族と男女群島の釣りを天秤にかける究極の選択。磯釣り師しかわからないだろうこの葛藤の結果、今回は男女群島の釣りを断腸の思いで断念することにした。tomofulさんすみません(涙)

釣りは忍耐の芸術だをこんなに早く体験できるとは思わなかったよ。


このあまりにも劇的な出来事から早1週間。男女群島に行けなかった悔しい思いの行き場所は当然硫黄島である。1月16日、大潮4日目。男女群島ほどの釣りはできないかもしれないが、硫黄島も魅力的な磯場が目白押しだ。息子の回復を待って黒潮丸に予約を入れるのであった。

「kamataさん、餌は注文しておいてよかったな。明日は、みゆきはむこう(かいしん丸)の当番だからね。3時集合です。」と相変わらずハイテンションでの船長の声だ。携帯の履歴を見ると、2回ほど船長から連絡が入っている。勤務中だからでることはできないが、この時間に2回も連絡が入るというのは、何かあるなと思っていた。

自宅に帰って、道具の準備をしていると、うちの奥さまが、リビングで泳いでいる尾長の魚拓を見ながら一言。

「2004年だから、もう6年前になるんだあ。最近お父さんこれ釣ってないよね。」

小学生のように目に飛び込んだ情景を素直に表現しただけの言葉は、追い込まれている釣り師の心を傷つけるのに十分だった。そうだ。もうあれから6年も経つんだ。それなのに・・・。今回は何としても尾長を釣らなければ。

今回はuenoさんは都合で行けない。uenoさんは先週鹿島でボウズを喰らって以来、硫黄島に行きたいと漏らしていた。しかし、残念ながら、今回は自分一人での釣行となったのだ。 九州自動車道を南へ下り、いつものように桜島SAで休憩。ところが、驚くなかれおびただしいトラックの姿があった。高速道路はここ最近土日1000円という政治のおかげでにぎわっている。ことに、金曜日の深夜はSAが大盛況。土曜日の午前0時をまっているというわけだ。高速料金がこのような設定だから、あえて土日にトラックを走らせる業界も出てくるのではないかと疑いたくなる。この政策は運送業に携わるおとうさんの休日を奪ってしまうのではないかと心配する。

更に、車を走らせて驚いた。

指宿スカイライン 谷山ICより雪のため通行止め

これは困ったことになったぞ。今週の中ごろ九州を襲った寒波は、熊本に62年ぶりの雪を降らせた。平野部でも7cmの積雪を観測。私の標高300mの職場でも20cmの積雪があった。このことは当然鹿児島県にも、いや鹿児島県の方が雪が降ったようだった。そのことが分かっていた私は、ちゃんとチェーンを車に乗せておいたのだ。そして、いつもより早めの出発とした。そのことが、時間待ちトラックと出合うきっかけになったのだが。

車にはナビは着いておらず、仕方がなく標識と地図を頼りに一般道を通ることにした。指宿スカイラインの谷山ICを横目で見ながら、まっすぐ走り産業道路に出た。ここでさあ困ったぞ。指宿行きの国道か、225号線に入って川辺峠を越えるかという選択だ。まっすぐ進めば海岸ぞいを走るため、おそらく道路は大丈夫。しかし、かなりの遠回り。また、途中でこの時間に空いている釣具店があるかどうかという問題もある。

右に曲がれば、最短距離で枕崎へ行けるし、AZという24時間スーパーにも立ち寄れる。しかし。越えなければならない川辺峠の道路状況がどうなのか。行ってみなければわからない。どうする、どうする。ええい、ままよ。ハンドルをとっさに右に切って峠越えを選択した。不安だったが、川辺峠は思いのほかなだらかでちゃんと道路の雪を溶かしてくれていた。明日から行われるセンター試験のためということもあろうが、この作業をしてくれた作業員の方に感謝である。

 午前2時前に枕崎港に到着すると、閑散とした暗闇があるだけだった。止まっている車が自分の車を含めて3台。南九州の離島便はこのところ金融恐慌の影響もあってか客が激減している。寒グロ最盛期にも関わらず、草垣に行くはずの某人気渡船は船を出していない。数年前までは釣り大会が入ったとか、客が多すぎるから「他の船に乗ってください」と言われることもあったくらいに人気だったが。今の磯釣り師は受験生と同じく「安・近・少」という傾向にあるようだ。

 しかし、こんな時だからこそ、大海原と対峙しながら、離島の純真無垢なお魚さんとの知恵比べをする遊びである「釣り」を楽しまなければならない。そして、不況を何とかのりきり、この渡船業界を守らなければならない。こんな馬鹿げた使命感のもと、車から戦闘服に着替え荷物を船首部分に置く。

 「今日は4人だよ。突然キャンセルが出てね。もう出港しようかどうしようか迷ってね。眠れなかったよ。」そんな思いをしてまで船を出そうとする船長の心意気がうれしい。今日は何としても結果を出して折角船を出してくれた船長の思いにこたえなければならない。こんな思いと一緒に釣り道具を運び、毛布にくるまって眠りに着いた。



今回も黒潮丸で お世話になります

 いつの間にか、エンジンがスローダウンしていた。北西の風が強くうねりが心配されたが、それほどでもなさそうである。「kamataさん、準備して」早くも名前が呼ばれた。「kamataさん、中の瀬はどう?尾長釣りたいんでしょ。2番瀬との水道側で喰うよ。」と今回は西磯に言われていたが、サーチライトが照らした巌は低くごつごつしていた。硫黄島を代表する名礁「平瀬」だ。

 大潮でしかもうねりが心配された状況だっただけに、これはよい展開になってきた。更に、道具を運ぶために視線を後ろに移すと、どこかで見た顔が目に飛び込んできた。このHPではおなじみの「謎の爆釣釣り師」である。鹿児島県の釣り師らしいが、この方はかなりの腕前の上物釣り師だ。今まで3回ほど、ご一緒させていただいたが、このうち2回は40枚の爆釣を演じておられた。そして、この釣り師と一緒の釣行のときは、撃沈なしという幸運の女神ならぬ男神なのだ。(以下のページを参照してください。)

http://kamatatyan2.web.infoseek.co.jp/newpage3-2005-0227.html

http://kamatatyan2.web.infoseek.co.jp/newpage3-2006-1216.html


思いがけなく名礁平瀬に渡礁

「kamataさんからだよ。荷物を前に。」の声で前に出る。「ポイントは知っているよね。あそこ(ライトを当てた場所)のワンドでねらって。流れが速い時は、こちらで釣って」と簡単なレクチャーを受け無事に平瀬低場に渡礁を済ませた。「荷物は、そこの一番高いところに積んで。隣の人が波をかぶるようなら電話して」謎の爆釣釣り師は隣の平瀬高場に渡礁。爆釣釣り師はAuの携帯をもっており、硫黄島では使えないらしい。

 さあ、何としても尾長の釣果を叩きださなければならない。竿は5号に男女行き用に巻いていた道糸8号にハリス12号のアンバランス仕掛け。電気ウキ0.8号を段シズでシモリ気味にして2004年に初めて尾長を釣ったポイントを攻めた。撒き餌を間断なく多めにしながら、魚との真剣勝負だったが、釣れてくるのは要塞「平瀬」を守る歩兵軍団「イスズミ」に打つ手なしだった。どこを探ってもイスズミだった。尾長は出張中だったのだろうと5号竿をしまうことに。ここではイスズミが夜明けまで楽しませてくれた。風雲児くんが尾長を釣ったワンドを攻めた方が良かったかなあ。


夜尾長狙いの問題の答えは、イスズミの2ケタでした

さあ、尾長がダメだったからといって落胆している暇はない。次なる相手は「口太」だ。口太ポイントであるワンドに丹念に撒き餌をし瀬際ぎりぎりに仕掛けを入れて探ることにする。イスズミは沖へ追い出さなければならないからやや沖に撒き餌をうつ。そして時々瀬際の岩場に撒き餌をうちつける。歩兵集団を何とかクロのいる層から離さないと、一日中イスズミと遊ぶことになるからだ。


今回の口太のポイント

竿はいつものようにダイワマークドライ遠投3号。こいつは離島の釣りには欠かせない。道糸5号にハリス3号のアンバランス。鈎はタナが浅いので、はじめは鬼掛の浅ダナグレ6号で1ヒロから始めた。

いつもはもう少しこのワンドにはサラシができるはずなのだが、今日はサラシが少ない。偏光グラスでワンドな中の状況をみると、いるはいるは尻尾の黒い軍団が血に飢えたピラニアにように動き回っている。


ボウズ逃れの1匹 尾長35cm

 勝負ウキ釣研グレイズ3Bが紫紺のワンドに放たれ釣り開始。こいつは、小粒でありながら、サラシ場の多い硫黄島でも安定している。離島での釣りを快適にサポートしてくれる欠かせないアイテムだ。

 早速、ウキがものすごいスピードで消しこまれ、道糸が走る。竿にズンと重量感が襲う。このスピード感がタマラナイ。甑島にはないスピード感。甑島の魚が一般ドライバーなら、さしずめ硫黄島の魚は、F1レーサーだ。竿先をガンガン叩いている。まちがいなく歩兵軍団の1匹である。ギラギラ光る魚体を抜きあげる。よかった唇にかかっていた。こいつは歯が鋭くハリスを傷つけるので厄介だ。

 第2投、魚が再びウキを一気にもっていく。今度はかなり強烈な引きだ。 しかも歩兵集団とは違うシャープな引き。剛竿の力で浮かせにかかる。もらったと思った瞬間。ふっとテンションがなくなった。勝ったと思っただけに悔しいバラシだ。ハリスが飛ばされていた。
 
 イスズミのアタックが続いた数投後、同じようなシャープな引きがやってきて、今度は張り出し根をかわした。浮いてきたのは、引きのわりには小ぶりな尾長35cm。とりあえずボウズは逃れほっとする。時計を見ると7時半を過ぎていた。満潮は8時過ぎ。魚のいそうな手前に張り出し根に向かって仕掛けを流しやすい、ワンドのむこう側に渡りたいが、今でさえ足元を波が洗い始めたので無理。しばらくはここで勝負することに。

 この調子でいけるかと思いきや。釣れてくるのはイスズミばかりなり。ここは、硫黄島口太釣り場ベスト3の1角をなす平瀬なのに。どうしてもイスズミをかわすことができなかった。口太を2枚追加しただけでギブアップ。見回りに来た黒潮丸に飛び乗って瀬変わりすることにした。


瀬変わりお世話になります

 瀬変わりした先は、やはりベスト3の一角「鵜瀬のハナレ」。ここは下げ潮で実績が高く船つけの反対側の巌の根元がポイント。折からのうねりでポイントはサラシで真っ白だ。左側の沖に撒き餌をしてイスズミとの分離を図る。沖に撒き餌して、仕掛けを根元のオーバーハングに流し込む。道糸のテンションを掛けながら、魚との応答を試みる。喰ったら一気にオーバーハングから引きださなければならない。これが少しでも遅れると、根ズレを起こしハリスが飛んでしまう。


鵜瀬のハナレのポイント


ここもイスズミ歩兵集団の力が強く手を焼いた。魚からの応答があって楽しいのだが、その大半が外道なのが残念。イスズミにこんなにいるのかよと目を疑ったハコベラ。あのオーバーハングに良型の尾長がいるらしく、捕れたのは33cmほどの小尾長と同サイズの口太のみ。陽が高くなり、迎えに来る1時に近くなったので、ここで無念の納竿とした。


   ここの魚は筋肉質の美しい魚体だね 



ありがとう  鵜瀬のハナレ


 港に帰って、反省会だ。「あんなにいいポイントに乗ってこれかい」と開口一番船長が渋い顔。はいっ、私もそのように思います。何も言えない私。謎の爆釣釣り師は平瀬高場でそのまま粘り、尾長は出なかったものの、40オーバーの口太を筆頭に10枚くらい釣っておられた。高場の口太ポイントは、尾長の反対側のサラシ場だったが、あそこは波をかぶり大変そうだった。でも、その努力が釣果に結びついているのだろう。そして、その経験値が釣り人に安易に瀬変わりせずに粘って釣り続ける自信を与えているのだ。

 平瀬と鵜瀬のハナレ。この磯をもってしても釣りきれなかったおいら。経験を積んで更なる釣技と精神力の向上を目指し、更には釣りバカ度を高めようと心に決め、正月過ぎの閑散とした枕崎港をあとにするのだった。



今回の釣果 30〜35cm クロ尾長5枚




今回の料理

口太、尾長の造り

枕崎お魚センターより

戻りカツオの刺身、カツオ腹側の焼き物

カメノテの塩ゆで


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