1/30 危険フェチとは 硫黄島


「kamata先生、釣りを教えてください」

それは一本の電話からだった。電話の主は、大学時代の先輩M中さんだ。懐かしい。久しぶりに話をした。大体人の名前の後に「先生」という言葉をつけるときはろくな電話ではない。しかし、釣りをということばでその邪念は消えた。

 電話の内容はこうだった。ある飲み会に参加した時、自分の周りの人たちが楽しそうに磯釣りの話しをしているのを聞いていて突然磯釣りがしたくなったとのこと。そこで、だれか一緒に行ってくれる人間はいないかということで、自分に白羽の矢がということらしい。

 M中先輩と言えば、数々の逸話に事欠かない素晴らしい方である。付属小・付属中・県下一の進学校を卒業後、医学部に現役で合格。知的で聡明なお方と思いきや。医学部なのに体に悪いことが大好き。「歌の練習でのどオーバーヒートした」と言ってはアイスクリームを食べたり、煙草を吸いまくる。くわえたばこでベートーベンのピアノソナタを弾く。その行動は破天荒ぶりを極めていた。

 まず、一つ目は、根子岳登山事件。思いついたらすぐ行動がモットーであるその先輩は、突然根子岳に登ろうと言い出した。当時、九州の大学は超縦社会。後輩の自分に選択の余地はない。登山の経験は小学校いらいなかった自分もついていくことになった。本格装備なしの根子岳登山は大変危険だ。根子岳は、熊本阿蘇五岳の1角をなす1433mの山だ。この山の頂上に到達するのは、困難を極める。頂上にいく登山道をコルと呼ばれる天狗岩が行く手を阻んでいるからだ。この天狗岩にしがみつきながら乗り越えた先に頂上がある。この天狗岩登りを失敗すれば、100m以上したの断崖絶壁へ滑落してしまい命はない。
 
 コルの前で頂上への行く手を阻まれた我々は引き返すと思いきや、「頂上に登ろう」と言い張って一歩も引かない人がいた。M中先輩である。「おれは行くもんね〜〜〜〜〜♪」とほかの合唱団のメンバー・・・もちろん我々は登山部でもなんでもない素人集団である・・・の制止も聞かず、何の装備もなく(もちろんザイルなしで)天狗岩を登り始めたのだ。100mの断崖絶壁もなんのその、その恐怖は見ている方がつらかったことは言うまでもない。そんな回りの心配もお構いなしに、命綱なしの命がけの登山を心から楽しむのだった。

 次は、風神洞事件。これも学生時代の出来事。我々は合唱団にも関わらずアウトドア派が多数をしめていた。事のいきさつはもう忘れてしまったが、いつの間にか、みんな椎名誠のように突然キャンプに行こうということになった。目的地は、熊本県御船町風神洞。ここは、大学の探検部もケイビングするという総延長1kmを超える県下屈指の洞窟。我々は本格的な洞窟探検はもちろん素人だ。

 雨合羽にキャップライトという軽装備で本格洞窟探検に挑戦。入口は結構広かったが、この洞窟に入って後悔するのにそう時間はかからなかった。洞窟と言えば、秋芳洞や県内の球泉洞など観光化された場所しかイメージしていなかった。地下水で泥だらけの場所や高低差数mの崖を行き来し、体一つがやっとで入るような狭いルートもあり、我々はコウモリにかまれながらも奥へ奥へと突き進み、何とか無事に数時間後探検を終えて外に出ることができた。確か昼間に入ったと思ったのに、いつのまにやら夜になっていた。

 中にいるとき生きた心地がしなかった。こんなのは苦行のなにものでもない。やれやれようやく外に出られたぞ、もう二度とこんな洞窟には入るものかと心に誓ったが、この洞窟にハマッてしまった人がいた。もちろんM中先輩である。再び風神洞行きを敢行。楽しいはずの洞窟探検のはずが、道中でキャップライトの電池が切れてしまう。一人で洞窟に入ったので当然助けを呼べない。正に絶体絶命のピンチ。この時から洞窟探検の楽しみから、命をかけたサバイバル脱出劇の始まりとなったのだ。真暗闇の洞窟の中で迷路のような洞窟の出口を探すということは不可能に思えた。しかし、ここからがM中氏の真骨頂。ライトが切れた時点から、偏差値71の頭脳は、20分間ほど冷静になって、行きの道の正確な距離と方角を頭の中に再現。見事自力での脱出を達成するのであった。

 M中先輩の特質は、正に危険フェチとも言いべきものか。危険なことや体に悪いことが大好き。今回そのM中先輩の目にとまったのが磯釣りだった。M中先輩にとって、磯釣りはフェチを満足させるに十分だったのか。かくして、久しぶりに再会した二人は、30日、31日のサバイバル硫黄島磯釣りツアーを行うこととなった。 


釣りに行くのに熱心につまみを物色中のM中さん


  今回の硫黄島行きはもちろん黒潮丸で

 行きの道中で、学生時代の思い出話に花が咲く。そして、その話の中で、今回の初めての磯釣りでかなりの力の入れようを感じさせられた。今回の釣りのために、12月から準備を始め、私の道具は貸しますよという声を聞くこともなく、すべての道具をそろえた。私のHPの釣行記をすべて読破し、知り合いから尾長狙いの宙釣り用の石鯛竿を借りてきたそうだ。初めての磯釣りにも関わらず、すでに頭の中は、経験10年以上の釣りバカ状態に思えたのだ。


 磯釣り初体験なのに硫黄島 みゆき瀬で勝負

 午前2時前に枕崎港に到着。船長が渋い顔で話しかけてきた。「kamataさん、2日釣りはむずかしいね。31日は天気が崩れるから翌日の朝早い時間での回収になるかもしれんよ。それでもいい?」もちろん、釣りは自然相手の遊び。天候の条件の中で自然に対して畏敬の念を持ちながらの遊びだ。その判断に異議を唱えるはずはない。

 午前3時過ぎに黒潮丸は枕崎を出発。凪の海を快走すること90分で予定通り、平瀬に到着。大潮で激流が流れる予想もなんのその、2組の釣り師が渡礁。続いて鵜瀬に関ちゃんさんたちの愉快な仲間たちが上礁。前回デカ尾長をゲットしている組だけに期待が持てる。そして、船はしばらく走り、我々は今季も好調な釣果を出している地磯「みゆき」に無事に渡礁した。


   楽しそうに仕掛けをつくるM中さん

 忘れ物を届けたりして渡礁に時間がかかり、時計をみるとすでに6時前になっていた。いつもなら夜明け前の尾長ねらいにあわてる時間帯だが、今回は2日釣り。2日目もここで釣りをするから、あわてる必要はない。それに、午前中はおもに下げ潮で釣る時間帯。クロのポイントに行くためには、磯のワレ目を越して行かなければならない。今日は大潮で満潮が7時40分ごろ。ぼやぼやしていると潮位が上がって渡れなくなってしまうかも。そこで、朝マズ目の尾長狙いはあきらめて、午前中の口太釣りの準備をすることにした。


   M中さんが好きそうなポイントへの道程

 私はM中さんに「これからクロのポイントに行きます」道具をまとめて軽装備で行くことを伝えた。もちろん、M中さんは、根子岳のコルをザイルなしで上ったつわものだ。危険フェチの魅力いっぱいのみゆき瀬を気に行ってくれたようだ。


 幸先良くクロをゲットするが・・・

 クロのポイントへ移動して、撒き餌をしながら仕掛けを完成させた。M中さんのタックルはシマノ尾長スペシャル2.5号。「白くてかっこよかったからこれにきめたもんねえ♪」竿にもファッションセンスを求めるM中先輩の戦闘服はなぜかスキーウエアだった。雪の上では大活躍のこの服も、緯度が南に位置するこの硫黄島では暑かったらしい。「暑かあ、暑かあ」を連発されていた。

 一通り撒き餌の仕方、仕掛けの投げ方、アタリの見極め方をレクチャーした後、2人はみゆき瀬奥のクロのポイントで釣りを開始した。満潮潮どまり付近の時間帯だったが、すでに下げ潮が流れているようだった。10分くらいして幸先良く早くも700gのクロをゲット。これなら、M中さんにも硫黄島での釣りを満喫してもらえるかも。


さすがに危険フェチ 溝に興味を持つM中さん

 ところが、スミ1という言葉があるように、それからというもの魚は浮いているのだが、まったくつけ餌を喰う気配がない。喰ってくるのは危険フェチのイスズミばかりだ。M中さんの反応が心配だったが、M中さんも渓流釣りをする人なので、磯の割れ目を探ったり、船長から勧められた赤岩のポイントに移動したり釣りを楽しんでいるようだった。そして、ついに赤岩のポイントで700g級の人生初となるクロをゲット。大喜びのM中さん。「おめでとうございます」と声をかける。よかった坊主はまぬがれたか。


M中さん 人生初クロゲット

 私は小さめのサイズのクロを1匹追加し、魚の反応に首をひねりながらも、1日釣りの回収時間となった。黒潮丸が最後の確認にやってきた。「kamataさん、予想よりも早く時化てくるんですよ。残念だけど、明日の朝8時回収です。南西から(風が)吹いてくるからね。流されないように荷物は高いところに置いてください。」


磯場で食べるカップラーメンの味は最高だ

 やれやれとんでもないことになったぞ。残念だが仕方がない。我々は休憩と昼食をかねて船つけ場の尾長ポイントでカップラーメンをすすった。残念なことだが、カップラーメンを楽しみにするほど、今日の釣りは厳しかった。でもM中さんはみゆきが気にいってくれたようで、写真をたくさんとっておられた。

 午後からの釣りは更に厳しいものになった。魚からの反応が消え、イスズミさえ口を使わない時間が続く。M中さんの反応が気になってしょうがなかったが、M中さんはとにかく釣りに集中していた。その多くの時間はお祭り解消と仕掛けづくりに費やされていたが。

 夕まず目になった。みゆきは夕まず目に実績が高い。満潮は夕方の午後7時20分ごろ。ぎりぎりまで釣っていたいが、満潮近くなると潮位が上がって磯の割れ目を渡れなくなる。潮位を気にしながらの釣りになった。仕掛けを入れると、マシンガンのような撒き餌でアタリを待った。魚からの反応が高くなったものの竿を曲げてくれるのはイスズミばかりで、2枚のクロを追加するのが精いっぱい。気持ちを夜釣りの尾長に切り替えることにした。


夕マズ目のクロ

 5時半までねばったので渡れるか心配したが、大潮なのに潮位が高くならない。楽勝でわたることができた。関ちゃんさんと電話で話したが、この日の鵜瀬が下げの片潮だったそうだ。さあ、尾長だと準備しようとしたところ、船長から電話が入った。「kamataさん、低気圧が急激に成長して時化てきます。10時に迎えに来るので、帰る準備をしておいてください。」

 ガ〜ン、折角の磯釣りデビュー戦なのに申し訳ない。即席でキムチ鍋をM中さんにごちそうする。うまいうまいと全部食べていただいた。緊急回収のため磯宴会はできんかったけど、少しは硫黄島の夜釣りの魅力を少しでも感じていただいたかな。


  石鯛竿で尾長釣りに気合が入るM中さん


     このキムチ鍋うまかあ♪


   kamataさん 緊急回収ですよ


緊急回収後の反省会 今日は潮はおかしかったね

 午後10時前に船は迎えに来た。2番瀬、鵜瀬と瀬どまり客を回収していく。こんな時間に回収するのは初めてのことだ。M中さんはさすがに危険フェチだ。この回収がタマラナイ魅力だったようで、いつまでもキャビンの外で黒い山肌や回収場面を見届けていた。
 
 午前1時前に船は枕崎港へ帰港。みんなの釣り談議でも潮についてが話題になった。「今日は大潮なのに潮位が高くならなかったよ。魚もこの潮のおかしさを微妙にかんじていたのかも。」と船長。天候悪化の緊急回収、潮の異常。みゆきに乗りながらもこの貧果。M中さんが楽しんでくれたからよかったものの。一体だれが、この時化と潮を呼んだんだ。こう呟きながらもぼくの視線は、危険フェチのスキーウエアの男に向けられていたのだった。


   今回の釣果 クロ300〜700g4枚 

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