対馬暖流の支流の届くところの絶海の孤礁「津倉瀬(つくらせ)」
この島々は鷹島の南約20kmの東シナ海沖に位置する4つの独立礁からなる岩礁である。島自体がかけ上がり状になっており、釣り座は狭く渡礁には細心の注意を払わなければならない。
時化に弱く、前触れもなく突然時化て怒涛の海へと変貌を遂げる。この気まぐれな巨巌は容易に釣り人を迎え入れてくれない。凪の予報でも気を抜けないのだ。
岩肌には気の遠くなるような長い年月をへて海苔が何層にも重なって付着しており、大変滑りやすく釣り人を容易によせつけない。
時化たときの逃げ場がほとんどない。釣り座が限られたくさんの釣り人を渡礁させられない。夜釣りにはやや危険。おそらくそんな理由からだろうか、この釣り場をメインにする渡船は今までほとんどなかった。宇治に行くついでに立ち寄るくらいの、他の離島に比べどちらかと言えばあまり目立たない磯場だった。
しかし、一度渡礁を許されたならば、釣り人を心ゆくまで楽しませてくれる。これぞ磯釣りという醍醐味を堪能させてくれる。そのとんでもない魚影の濃さは、宇治群島や草垣群島をはるかに上回ると言われている。
とめどもなく続く魚信に脳内モルヒネのドーパミンを絞り出された釣り人は数知れず。一度この磯での入れ食いを味わったら最後、まるで薬の常習者のように津倉瀬という名の蜃気楼を求め続けるらしい。
硫黄島をHGにする以前から、この摩訶不思議な虚構の蜃気楼に興味をもってはいた。だが、前にも述べたがここをメインにする渡船がなく、また、釣り情報も大変少なかったため、これまで目指すターゲットにはなりえなかった。
ところが、最近、新規に就航した渡船「フリースタイル翔」さんが、このところ津倉瀬をメインに走っているという情報を得た。しかも、そのWebサイトから発せられる釣果情報はケタ違いだった。80枚釣れただの。これ以上釣ってもしょうがないと釣りをやめただの。離島とは言え、1匹、1匹を大切に釣る時代に入ったというのに、その釣れ方は尋常ではなかった。
まるで磯釣り創成期にタイムスリップしたような世界を体験したくて、つい出来心で「フリースタイル翔」の三角船長に予約電話を入れてしまったのだった。
「16日は空いてますか?」
「空いてますよ。津倉瀬か鷹島のどちらがいいですか?」
船長がそのセリフを言い終わるやいなや、
「津倉瀬でお願いします。」
とお願いしてしまったのだった。
1人では淋しいので、久しぶりに元同僚のKOHちゃんを誘うことにした。昨年、硫黄島みゆき瀬で初めてのクロを釣ったKOHちゃんとは、スケジュールが合わせられずにいたが、今回は16日なら釣行が可能とのこと。
早速、餌や釣りアイテムを仕入れるべく、人吉盆地で一番の品ぞろえのスーパー「ニシムタ」でKOHちゃんと買い物。KOHちゃんにとっては、磯が今回で3回目。まだ道具が揃っていない。よって、竿とリールは自分のを使ってもらうことにした。
KOHちゃんとは久しぶりの対面だったが、彼が思いのほか釣りに熱心だった。彼は私も思わず買うのを躊躇してしまう、津倉瀬には最高の安全対策であるがまかつのフェルト系の磯ブーツをど〜んと大人買いしていた。
出発前の楽しいひと時♪ まぜまぜタイム
餌を購入すると彼を自宅に誘って、早くもパン粉撒き餌を作る。魚の夢、津倉瀬の蜃気楼を夢想しながらの撒き餌づくりは至福の時だった。
手際良くバッカンに移し、準備完了した我々は、午後6時半ごろ人吉盆地をいざ津倉瀬めがけて出陣した。
「前日の午後9時出港ですよ。」
三角船長のこのとんでもなく早い出港時間は、津倉瀬が瀬割などがなく、早い者勝ちという原始的且つ本来あるべき姿のシステムからくるものだった。三角船長は、シマノジャパンカップ3位の実績を持つ磯釣り師ということもあって、釣り人の心を誰よりもよくわかっておられる方のよう。その営業精神がこの早い時間での出港を決めたと言っていい。
フリースタイル翔の待つ串木野港に着いたのが、午後8時35分。何とか間に合った。我々は船長に挨拶をすませ、船に乗り込んだ。
初めて乗る船だ。意外に大きい。横になるスペースも十分な広さがある。離島便としてはうれしい広さだ。船の中では、最近、津倉瀬に居ついているサメの話題で持ちきりだった。
「3mくらいのでかいのがいるらしいぞ」
「今は、宇治にも鷹島にもいるからなあ」
「サメは退治できたの?」
「掛けたけどとれなかったよ。でも昨日は少なかったみたいだよ。」
最近の津倉瀬では、魚の数も半端ではないが、サメが居ついて釣り人の掛けた魚に突進してくるらしい。釣り人の楽しい会話を聞いていると、照明が消された。
午後9時20分、定刻より20分遅れで、フリースタイル翔は串木野港に背中を向け、漆黒の東シナ海を走った。津倉瀬まではこれから2時間の航海の予定。毛布を枕にして未開の地である憧れの蜃気楼をイメージしながら浅い眠りについた。
船に揺られること2時間でエンジンがスローになった。時計をみると、午後11時20分を指していた。さあ、いよいよ渡礁だ。釣り人の動きがにわかに活発になる。キャビン内に緊張が走る。上半身を起こしたところで、三角船長のピンマイクが予想外の人物を呼びだした。
「kamataさん、準備してください。」
何と我々がトップバッターだったのだ。荷物を確認し、船首部分に出る。サーチライトが風をさえぎり巨大な巌を照らしている。ここが我々がお世話になる磯だな。
心臓の鼓動が速くなる。「左側に寄って」ポーターさんから注意を受ける。初めての磯場を目の前にして冷静さを欠いている自分を励ましながらすばやく右側に移動。姿勢を低くしてその時を待った。
ところがここでハプニング発生。何とKOHちゃんが自分のイグロークーラー(といってもこれはおいらがプレゼントしたものだったが)を担いだとき音を立ててとってから外側の部分が音を立てて壊れたのだ。こんな時にありえないね。
荷物は高いところに上げて
ゆっくりとホースヘッドのゴムタイヤが接岸地点を探している。同時に自分も蜃気楼への第1歩の地点を予想する。ゆっくりとした上下動を繰り返しながら、タイヤが磯に一度ぶつかりバウンドするように上昇して、見事安定した場所を見つけ接岸成功。
すばやく、磯に乗り移る。KOHちゃんが後に続く。荷物を受け取る。持つところが極端に少ないクーラーも慎重に受け取ることができた。ポーターさんに反射的に話しかけた。
「ポイントはどこですか?」
ポーターさんは黙って、指で我々の足下を指した。やはり船つけか。
「荷物を高いところに上げてください。」
釣果よりも安全が心配な津倉瀬を念頭に置いたアドバイスを聞き、磯の全体像をつかむ作業に入った。
津倉瀬は足場があまり良くないと聞いていたが、平らなところもありなかなかよさそうだ。後で聞いたが、我々が乗せられたポイントは津倉瀬1番というそうだ。
早速、夜釣りを開始。早い時間帯にKOHちゃんが見事夜クロを釣りあげた。その直後はやる気になったものの。真夜中の前半戦はアカマツカサの猛攻に苦しめられた。その時までは魚の雰囲気だけはあったものの、夜明けとともに魚の雰囲気が感じられなくなった。夜釣りでは魚の活性の低さは、睡魔と比例関係にある。3時ごろから4時半ごろまで気持ちよく、磯の自然のベッドで眠ってしまった。
いよいよ朝マズ目爆釣モード突入か?
気が付いたらもう夜明けを迎える時間帯だった。不覚にも眠ってしまったことを反省しながら夜釣りを再開するも、その後はKOHちゃんの釣ったオジサン2匹だけがその後の夜釣りの釣果となった。
夜が明けた。さあ口太だ。あらかじめ混ぜてきていたパン粉撒き餌をぱらぱらと瀬際に撒き始めた。陽が昇る。朝焼けでオレンジ色に染まったパン粉撒き餌が、パラパラと水面を漂っている。まるで魚の捜索に出かけるように。
「魚が見えます」
KOHちゃんが撒き餌を20分ほどして何やら魚を発見したらしい。こちらは2人分の仕掛けづくりの最中で、魚を確認する余裕はない。見なくとも、津倉瀬のことだ。早くもクロが湧いているに違いない。
九州本土からの朝日に手を合わせる
さあ、仕掛けが出来上がったぞ。船つけに戻って魚を確認するもおかしいな魚がいないではないか。何も見えない。kOHちゃんと一緒になって撒き餌を続けるが、時折出てくるのは小型のハリセンボンのみ。どうやらKOHちゃんはこのチビハリセンボンを見つけて「魚が見えます」といったらしいのだ。私が見ているところではクロの姿が全く見えなかった。
船つけは根がきつい どうりで根掛かりするはずだ
もしかすると、今日も撃沈するかも。
とりあえず、クロをできるだけ振り上げられるように竿は3号。道糸4号にハリス2.5号。ハリは5号から6号を結んだ。また、3Bの固定仕掛けでタナを1ヒロ半とした。
不安は的中した。期待の朝マズ目だったが、餌をとられるのはすべて餌盗りだった。1時間ほど撒き餌しているのだから、クロが浮いていてもおかしくないのに。
チョウチョウウオやカワハギ系のお魚が相変わらず熱心に活動している。またやってしまったかも。2連続ボウズを喰らっているのでさすがにポジティヴにはなれなかった。
16日は下り中潮初日。午前8時半ごろが満潮。漁師さんにしてみれば、もっとも魚がとれる可能性が高い潮回りだ。なのに、クロの雰囲気が全く感じられない。どうなっているんだ。
首をひねっていると、午前8時前、翔が見回りにやってきた。
こまめに見回りをしてくれる フリースタイル翔さん
「kamataさん、どうですか。釣れてます?」
右手で「ナイナイ」とダメのサインを送った。
「ここで粘ってみてください。潮が変われば釣れますから。」
1番の裏もいい雰囲気
まあ、こんなよいポイントに乗せられて瀬変わりなんてありえないだろうから、しばらく船長の言葉を信じて仕掛けを打ち返すことにした。
さあ、ここまでの釣果はモンガラカワハギのみ。珍魚外道大会ならかなり有力な魚を釣ったことになるが、それはあくまで外道。何とかクロの居場所はないものかと海を見つめる時間がつづいた。
初めての釣果はこのモンガラカワハギちゃん
状況が変わったのはその後だった。それまで潮は沖に向かって左に流れていたのだが、いつの間にか右に動き出した。右の先端の張り出し根の際を流していると、沈ませ気味にしていたウキがやや違和感のあるスピードでシモリ始めた。
道糸を張りながら待っていると、明らかに道糸に変化が現れた。合わせを入れると、ギューンとそれまでの外道の引きとは明らかに違うシャープな引きが手元に来た。
見事な蒼い海から灰白色の魚体がぬうっと現れた。魚が暴れないように、3号竿の剛力で一気に抜きあげる。
ヤッター 2連続撃沈のあとのうれしい1尾
「よっしゃあ、クロだ。」思わず右手でガッツポーズ。35cmほどと小ぶりだが、本命は本命。あまりの嬉しさにKOHちゃんに記念写真をリクエストしてしまった。大切にクーラーにしまって、更なる獲物を追い求めた。
しかし、残念なことに、昨日までの入れ食いとはいかないようだ。さっきのポイントより少し沖で2匹目をゲットしたが、その後アタリが止まった。潮がまた左へ動き出した。今日の潮はおかしいぞ。右に行ったり左に行ったり忙しい。
おかしいのは潮だけではなかった。やがて、30mほど沖に、エメラルドグリーン色のコロニーが見え始めた。まるで、青色のキャンバスにエメラルドグリーンの絵の具をこぼしたようだ。そのコロニーの正体は、何と浮きグレだったのだった。
瀬際に湧いていたギンユゴイ
体中に高濃度のアドレナリンが駆け巡っている。浮きグレだ。間違いない。気が付いたら、その浮きグレに仕掛けを投げていた。完全にばしゃばしゃと浮いてしまったら釣ることは難しいが、今ならうまくやれば釣れるはず。
潮が引けば南向きのかけ上がりもポイントに
案の定、その後、固定から半遊導に変えたことも功を奏したのか、ポツリポツリクロを拾い釣りすることができた。
クロを合計7枚数えたところで、船が11時の見回りに来た。
「kamataさん、釣れましたか。」
という船長に対して、数は微妙だがとりあえずOKサインを出した。他のところもここから見る限りはあまり釣れていないようだからだ。
相変わらず浮きグレは1番に居座っている。かなりの数の群れだ。魚もわかっているのか、釣りにくいところへと移動している。ついには、南向きのかけ上がりの方に移動した。
遠くにうっすらと鷹島の島影
万事休すと思いきや、潮がひいてきて、かけあがりの部分も釣りができるようになってきた。下の段に降りてクロを狙う。ここで3枚をゲット。そして、本流が右手前の沈み瀬の先端をかすめるように走るころになると、先端から仕掛けを流せるようになった。そこから、2枚追加して。今回の釣りを終えた。
悔やまれる場面は、本流が先端のハナをかすめて流れているとき、ウキが矢のような速さで視界から消えた時だった。今までのそれとは明らかに違う引き。この潮流で餌を食う魚と言えば、尾っぽの鋭い魚しか思いつかなかった。
右先端のハナに回り込まれないように移動して何とか手前にやつを寄せた。さあ来るなら来い!奴の攻撃に備えた時だった。やつは、回り込まれてはいけない右手前のハリだし根に一直線。3号竿の剛力で何とか耐えるが、奴の突進が1枚上手だった。無念にも竿が天を仰いだ。
仕掛けを回収して確認。チモト切れだ。呑まれていたらしい。やはり、3号竿と2.5号ハリスはあまりにもバランスが悪すぎた。その後、最上級の集中力で仕掛けを打ち返したが、潮はやがて先端から左へ回り込むようになり万事休す。2匹のサメのつがいに出逢ってこれが納竿の儀となった。
こちらは宇治群島の島影
下げ潮に入ってから波が出てきました
浮きグロの一員を逮捕
2時に回収で〜〜〜す
ありがとう 津倉瀬1番
今回の釣果 口太12枚
津倉瀬との初めての対面を果たした今回の釣行。あまり釣れなかったが、磯釣りの醍醐味を心行くまで味わうことができた。またいつの日かこの津倉瀬にきっと戻ってくるぞ。
今シーズンのクロ釣りはこれでひとまずオフシーズン。次回からは、エキサイティングな離島の根魚を目指した日記を書きたいと思う。
三角船長 お世話になりました 楽しかったです♪