「師走」
この甘美な言葉は、自分の心の奥底の何かをくすぐる。
そうだ。今年も縞ちゃんに逢える時期がやってきたのだ。シマアジは、食通の中で最も寿司ネタとしてうまい魚であると太鼓判を押されている。
11月から12月にかけて南九州の各磯でクロ釣りの外道として釣れ始める。シマアジは当然回遊魚なので、どこに回遊するかを予想するのは中々難しいものだ。美味しいからクロよりもシマアジがいなあと、「シマアジ狙いでお願いします」と船長に頼んでも、「う〜ん」と考え込んでしまうだろう。
昨日釣れたとしても、今日釣れるとは限らない。釣り堀ならわかるが、必ず魚が回遊してくるという保障はない。回遊魚を待ち伏せて狙い撃ちすることは中々難しいものなのだ。
ところが、こんなシマアジを釣りたいという我がまま釣り師の願いを叶えてくれる釣り場がある。それは、ご存じ硫黄島の「タジロ」である。
この磯は本当に不思議なところだ。なぜなら、12月のある時期になると、必ずこの「タジロ」に回遊してくる。
タジロは、硫黄島南東部の硫黄岳の麓に位置する地磯である。タジロの右奥のワンドでは絶えず海底から温泉が湧き出ており、そのためかなり広範囲にわたって海水の変色域が見られる。
だから、例えば、硫黄島名物の下げ潮の冷水魂が入っても、水温が比較的一定に保たれるそうだ。地磯であるが潮通しは抜群で、しかもワンドもあり、環境の変化が少ないという魚にとって回遊の休憩場所として、また、産卵場所として、幼魚が安全生育するために、都合のよい場所である。
だから、この場所は、硫黄島でもトップクラスの魚種の豊富さを誇っている。特に、アラの幼魚がかなりの数いるらしい。
シマアジもこのタジロの環境がお気に入りと見えて、12月に群れが接岸すると、長い時は4月ごろまでシマアジが釣れ続く時もある。シマアジファンにはタマラナイ磯場がこのタジロなのだ。
「12月はまだまだ厳しかなあ。」
電話口の向こうでuenoさんは深いため息をついている。uenoさんは、先週下甑の「片野浦」へ出撃して、惨敗を喰らっている。
30cm強のクロが1枚で、あとは足裏サイズを7枚ほど釣ったとのこと。しかも、そのuenoさんの釣果は、片野浦の釣り師の中でも良い方だったという。まだまだ水温が高く、イスズミを中心とする外道軍団の波状攻撃をかわすことが釣りにできなかったらしい。
そんなuenoさんがボクのシマアジ釣りの誘いに触手を動かすのにそう時間はかからなかった。
「よかばい。まだクロには早かごたるけんなあ。」
こうして、ボクの磯開幕戦はuenoさんと硫黄島のシマアジ釣りに落ち着いた。
久しぶりの黒潮丸 胸躍るものがあります
12月18日(土)、上り中潮1日目。渡礁前後が満潮なので、日中釣りのほとんどを下げ潮で釣ることになる。下げ潮がメインの釣り場であるタジロでの釣りでは最も条件がよいことになる。この以上の好条件はないといってよい。
金曜日の昼ごろ電話がかかってきた。
「kamataさん、日曜日は釣りできないの?土曜日は時化だよ」
でたっ、黒潮丸の船長がジャブを放ってきた。おそらく、土曜日の客が少ないのであろう。少人数での出港と時化気味であることを理由に日曜の釣りに一本化したい意図が見え隠れする。
そこですかさずこちらも反撃に転じる。
「船長、どうしても抜けられない用事があるんですよ。日曜日は」
その後、船長は小さな陰謀をあきらめたようで、夕方ボクに出港を知らせる電話をくれた。
「(午前)4時前でいいよ。いつもの2つずつでよかったな。」
よっしゃあ。途中経過はどうであれ、硫黄島出撃許可が降りたことは間違いない。この吉報をもちろんuenoさんは喜んでくれた。
真夜中の午前0時にueno宅に到着。ueno号で九州自動車道を南へ下り、薩摩半島を南下すると、午前3時ごろに静寂の枕崎港に到着。ゆっくりと身支度を始めた。
2日前に寒波が日本列島を襲った。その余韻がまだ残っているせいか、同じ枕崎港から出港する第八美和丸、荒磯、宝永丸まどの離島便は軒並み出港を控えているようだ。黒潮丸だけが、今まさに命の鼓動が灯され、出港準備を始めようとしている。
ところが、止まっている自家用車の数を見て驚いた。3台である。今回の出撃メンバーは、八代からのピン底物師と、5週連続やってきているというなぞのアラ釣り師のコンビと、我々の合計5名だった。
燃料代を考えると黒潮丸にとってはこれがぎりぎりの人数か。船長の小さな陰謀がわかる気がする。
枕崎港の水面が少しざわついている。船長の時化気味のキーワードが気になり始めた。出港が決まって、次に心配することは、波の状況だ。今日は、北西の風が結構吹く予報だ。果たしてどれくらいのうねりなのだろうか。
枕崎港を離れて沖堤防を過ぎると本格的に今日の海況を推し量ることができる。結構な揺れだ。当然黒潮丸は全速力の走りを制限される。不安がよぎるが、今回は、島の南東側に位置するタジロだから、それほどうねりの影響は少ないのではないか。
こんな心配をしていると、いつの間にか眠りに落ちていて気が付くと、エンジンがスローになっていた。
最初の渡礁はピン底物師 浅瀬
「○○さん、双子はうねりがあって、無理だよ。しばらく船の中で待ってから乗せますから」
双子瀬は、石鯛のポイントとしてかなりの実績を誇る。しかし、難点は、瀬自体が低く、うねりのある日は釣りをさせてもらえない。アラ釣り師コンビはしばらく待機するようだ。
船は、全速力となることなく沖へと走っている。しばらく走って、エンジンがスローになった。眼前に、斜めに傾いた比較的高い巌が忽然と現れた。口白の名礁「浅瀬」だ。八代からの底物師が軽々と巌の斜面を上って行った。
釣れてなかったら みゆきに瀬変わりするからね
さあ、今度は我々の番だ。船は反転して本島に向かって突き進んでいる。今日は西風だから、島の南東にある浅瀬に渡礁ができたようだが、これなら西磯の渡礁は難しいだろう。
うねりに翻弄されながらふねはようやくタジロ周辺へ到着。荷物を船首部分にもっていった。
「kamataさん、もし釣れてなかったら、みゆきに変わるから電話くださいな」
今日は5人の硫黄島貸し切り状態。できるだけ、客に納得いく釣りをさせようとする船長の心遣いが嬉しい。
黒潮丸のホースヘッドがタジロの赤茶色の岩肌に接岸。船体が安定したタイミングを見計らって素早く渡礁を済ませる。渡礁直後にすることは、まだ真っ暗な磯場での安全確保だ。
荷物を急いで高台にあげる。波高2mの予報だが、船長の時化気味という予想は見事大当たり。波の振幅がいつもより大きいことがLEDライトを当てなくても音や波しぶきなどで認識できる。
磯の低いところは、黄銅色の海藻でびっしりと覆われている。ここ最近、時化続きで、うねりがこの場所までやってきては磯場を洗っていた形跡が残っているのだ。
時計を確認すると、すでに午前6時を回っている。夜釣りのブッコミの短時間勝負を考えていたが、この時間では厳しいだろう。時化は予想以上で、船のスピードを緩めざるを得なかったことがよくわかったのだった。
「さあ、仕掛けバ作ろい。」
uenoさんは、早速始動。自分も負けじと準備を始めた。
竿は、でかい青物が当たってきてもよいように、ダイワマークドライ遠投3号ー52.リールは、トーナメントISO2500LBDに道糸4号を巻いたもの。
シマアジ釣りは、魚のタナを直撃でき、誘いにもたけている半遊導が有利。ウキは2Bで、潮受ゴムとスイベルを使用。ハリスは4号、鈎はシマアジ専用のチヌ鈎5号を結ぶ。タナはとりあえず1ヒロ半から始めることにした。
さて仕掛けができたぞ。明るくなるまで撒き餌だと餌を撒こうとすると、後ろから悲しいうめき声が聞こえた。
「あ〜〜〜、やってしもうた。」
その声の主は、もちろんuenoさん。一体何があったのか近づいてみると、どうやら、がま磯レセプターというuenoさんの勝負竿の穂先を何かの拍子に折ってしまったらしかった。これから釣りというところでのこのトラブルはかなりつらい状況だ。
「しかたなかけん、こいば使おい」
uenoさんは、竿の修理をあきらめ、1.5号の竿を取り出した。「離島に来て、1.5号かい」と、これを観ている離島釣り師から突っ込まれそうだが、今現在できる最善の選択がそれだから仕方がない。早速、仕掛けづくりを始めた。
夜明けとともに西からの強風とうねりを目視
荷物は高台にあつめていたんですけどね
撒き餌は 赤アミとオキアミが1:1 粉ものを少々
曇っているようで、白い朝がやってきた後も中々明るくならない。ウキが視認できないが、我慢できないuenoさんは早くも午前7時過ぎに第1投。
「ウキの見えんバイ。」
老眼と鳥目に悩まされているuenoさんはさすがにこの暗さに対応できていないようだ。まだ、撒き餌が効いていないから、勝負にならないと釣りを控えていたが、隣でやられていはたまらない。早速、ぼくも磯釣りに参戦さていただくことにした。
このタジロは下げ潮が沖に向かって左に流れ、上げ潮ではその逆である。これまで、タジロで釣りをしてきた経験では、もっとも釣れる潮は、沖に向かって右から入ってきた潮が、釣り座の足下を洗うようにして、左へと払い出して行く場合だ。
この潮の時、確かにシマアジがよく釣れる。あるいは、デカ版の青物がアタックしてくる。かつてその潮で沖に仕掛けを流していたら、連続でデカ版がアタックしてきた。ハリス4号、5号が面白いようにブチ切れた。ようやくとれたのが、シマアジ47cmとスマカツオ40cmだった。その時から、このタジロにぞっこんほれ込んでしまったのだった。
風が回ってきて まともに正面吹きです
ようやく、ウキが視認できるようになった。さあそろそろ何か反応があるかなと仕掛けを回収ると、隣で「よしっ」というただならぬ殺気を感じさせる人がいた。
uenoさんが魚をかけたらしく、雄たけびを上げながらやり取りに入っている。かなりの竿曲がりだ。瀬際で喰わせたらしく、どうせイスだろうとたかをくくっていると、黄色の鋭角的な尻尾が見えた。
「uenoさん、シマアジですよ」
声をかけると、俄然やる気になるuenoさん。何度も突っ込みを見せる相手との距離を詰めていく。唇が切れやすく、ガラスの唇の異名を持つシマアジだけに、最後まで油断ができない。
ようやく、その美しい姿を見せたシマアジは観念したかのように水面に横たわった。玉網ですくってあげた。
「やりましたね、uenoさん。でかいですよ。」
uenoさんが釣ったシマアジは、40cmほどのサイズだった。ここで釣れるサイズとしては、大きい。早くも釣れて入れ食いになるのか、単発に終わるのか。この勝負の分かれ目の次の釣りでそれが決まる。早速、情報収集だ。
「uenoさん、タナは?」
「2ヒロくらいやったバイ」
uenoさんは、得意の全遊導で喰わせたので、正確なタナはわからないものの、浅いことは間違いない。タナをここで最も好調な時のタナ1ヒロ半に設定し、釣りを再開した。
おりゃーっ いきなりシマアジを抜きあげるuenoさん
ぼくもすぐにゲット 今年は例年になく型がいいね
潮は、下げ潮なのに沖に向かってやや右手前に当たってきている。この潮はあまりよくない。
若干シモらせ気味にしたウキが一気にビリジアン色の海中に消えた。反射的に竿を立てる。3号竿が結構な曲がりを見せる。中々のサイズだ。竿は叩いているが、この叩きはイスのそれではない。
数度の締め込みを3号竿の剛力で余裕でかわし、浮かせたのは、uenoさんと同様グッドサイズのシマアジだ。チヌ鈎5号の力を信じて、そおっと抜きあげる。
シマアジが鉛色の空を切り裂いて磯場に飛んできた。丁度40cmの良型シマアジだ。
「おーっ、kamataさん釣れたな。そいも太かな。」
すぐに、シマアジが答えを出してくれた。今日は釣れる日だ。魚を大切に締めて、次なる獲物を目指して、釣り始めた。
ところが、残念なことにこの後入れ食いにはならなかった。30cm台のサイズなら、しばらくは入れ食いが楽しめるのが例年のパターンなのだが、今年の群れは、サイズが大きく群れの数もそれほど多くないのかもしれない。
40cmを越える魚はやはり知能指数が高く、しばらくすると、ウキを30cmくらいは持っていくのだが、違和感を感じるのか中々走ってくれない。魚との知恵比べの時間帯がつづいた。
早くも本命を釣り余裕のuenoさん
2号竿破損のため 1.5号で勝負
やばい! 魚がイスズミに化け始めましたよ
ぼくにはイスではなくムロアジが
しかし、喰わせて走らせるのは難しかったが、喰わせれば確実に本命のシマアジが釣れた。ポツリポツリとぼくは、4枚のシマアジを追加した。どれも40cmに達するサイズ。
最後に釣れた5匹目は、キビナゴの餌によるもので、本日の最大魚42cmだった。uenoさんも頑張ったが、バラシが多く、1枚を追加するにとどまった。そういう状態が9時ごろまで続いた。
9時前、黒潮丸が見回りにやってきた。
「kamataさん、釣れてますか?」
マイクで状況を聞いてくる船長。すぐに判断しなければ。みゆきに瀬変わりするかどうかの選択だ。
「kamataさんどうするね。」
uenoさんは、おそらく瀬変わりは本意ではないだろう。まだまだメインの下げ潮だし、これからもこの調子でぽつぽつ釣れれば2ケタいく期待が持てる状況と思われた。もちろん、uenoさんはみゆきに苦手意識を持っている。判断は整った。
「ここで釣りましょうか」
「うん、おいもそれがよかとおもっとったバイ。」
黒潮丸に向かって、大きく○のサインを示した。
「釣れてるんだね。(午後)1時半ごろ迎えに来るから、準備しておいて。」
黒潮丸は見回りに行くために、ゆっくりと旋回して去って行った。
でたっ!uenoさんのうんこすわり ダメのサインです
uenoさん執念でアラの子ゲット
さあ、あと3時間の勝負だ。気合を入れなおして釣りを再開する。
しかし、この見回り以降、魚からの反応は途絶え、風波ともに釣りづらい状況は変わらず、uenoさんがアラの子、ぼくがムロアジをゲットするのが精一杯。後は、激しいイスズミ波状攻撃を受け続けたのは言うまでもない。
魚が釣れなくなったのは、しかたがないが、それとは比べ物にならない残念なアクシデントが私を襲った。
「あーっ、あーっ、あーっ」
uenoさんの断末魔の叫びが硫黄岳の麓からこだました。何が起こったんだろうと、uenoさんの見ている方向へ視線を移すと、そこに信じられない光景がまるでスローモーションのVTRを観ているようだった。
突風にあおられた僕の竿ケースがバランスを失い、高台から転げ、右奥のワンドに落ちて行ったのだ。
急いで現場に向かった。竿ケースは幸い何事もなかったように平和に海面にぷかぷか浮いている。とっさにギャフを思い出したが、ギャフは竿ケースの中だ。そこで、uenoさんに協力してもらって玉網で両サイドから掬ってあげることにした。その途中、海に落ちそうになったが、磯ブーツのフェルトが助けてくれた。
何とか竿ケースの回収に成功。やれやれと竿ケースを覗くと愕然とした。中に入れていたはずの上物と底物の両エース竿である、がま磯アテンダーとダイワ幻覇王が影も形もなかった。
竿ケースのチャックが空いていて、竿が2本とも海中に消えてしまったようだ。万事休す。自分がチャックを締め忘れていたのが悪いのだ。チャックが開いていたため、竿ケースの空間が風をキャッチしてしまったらしかった。竿ケースのチャックは絶対に締めようと心に誓うのだった。
救出したのは 竿ケースと撒き餌シャクのみ
上物竿 底物竿の両エースを失いました(泣)
ありがとうタジロ いろいろ勉強させられましたよ
黒潮丸が回収にやってきた。
「そのクーラーから、あんまり釣れなかったな。」
船長が突っ込みを入れる。船長は不満だったようだが、我々は満足だ。素晴らしいフィールドで好きな釣りが思う存分できたんだもの。しかも、高級魚天然シマアジを手にできた。
相変わらずビリジアン色に染まっているタジロの海に感謝の気持ちを表すように振り返った。もう、竿を失った悲しみは忘れている自分に気が付き苦笑した。
回収された後、船は湯瀬へ向かった。1泊2日釣りのアラ釣り師を瀬上げするためだ。話には聞いていたが、一度も拝んだことがない幻の磯を見たくて起き上がった。20分ほど走ると黒潮丸はその幻の巌に到着した。
「○○さん、西からのうねりがすごいからね西のポイントは無理ですわ。ちょっと確率は落ちるけど、東側に乗ってください。石鯛も数釣れるから。(午後)5時が満潮だから気をつけて、うねりで波が上がってくるから。」
事細かに指示を出す船長。彼の言う通り、船はがっぱんがっぱん揺れている。かなり西からのうねりがきついようだ。
船長の心配をよそに釣り師のこれからの釣りを案じるのではなく、ぼくは、すっかり湯瀬の巨大な奇岩城に心を奪われてしまった。いつか必ずこの楽園で釣りをするぞ。そう強く心に刻んで、湯瀬を後にするのであった。
硫黄岳の頂上をかすめて走る師走雲
西からのうねりで 浅瀬のハナレは波の下
浅瀬の底物師は石垣1枚ゲット よかったね
途中夜釣り客をおろしに あこがれの湯瀬に立ち寄りました
天空に突き出す奇岩城 一度はここで釣りをしてみたいですね
シマアジ40〜42cm5枚 ムロアジ1匹
