9/23 烈海の訪問者 風雲児九州遠征編 硫黄島

それは、1本の電話からだった。
「かまちゃん、9月に休暇が取れるんですわ。硫黄島に行きたいと思うとります。」
電話の主は、兵庫県のWebサイト「Gure summit」の管理人で海水、淡水何でもやるというマルチアングラー風雲児氏だった。彼の話を要約するとこうである。
 夏の休暇が9月に取れるというので、連休をとった。折角休みが取れたので硫黄島に案内してほしい
という内容だった。
実は、こちらも今シーズン夜釣りに行けなかったので、何とかして行きたいと考えていた。両者の思惑が一致し、二人は、923日、24日の連休に夜釣りの計画を立てた。
 しかし、今年の天候はサプライズが多すぎた。台風が連続して週末にやってくるという最悪のパターンで4週連続で釣り人は煮え湯を飲まされた。この調子では間違いなく、今回の釣りもお化けとなるに違いないと半ばあきらめていたところ、気まぐれな秋の天候は、この二人の時化男に味方した。9月のカレンダーは時化のオンパレードだった中で奇跡的に23日から24日にかけては凪の予報だった。
kamataさん、出ますよ。3時出港です。餌はいつものでよかったよな。」黒潮丸の船長の声も軽やかだ。黒潮丸も実はこの夏は全く出航できない状況だったそうだ。「どうですか」と聞いてみても、「1カ月も出てないから情報がないんだよ。」ということだった。
 一方、列空の訪問者風雲児は、22日の朝早く兵庫県を出発し、高速道路をひた走り、関門海峡を越え、九州へ侵入。実に10時間かけて九州熊本へ入った。22日の夕方に船が出るという吉報を電話で伝える。ほっとする風雲児氏。まったく彼はどんなに釣り好きなんだろうか。たかが釣りのために、1000キロにも及ぶドライブを惜しまないなんて。かくして、出発の23日に熊本県人吉市で合流した二人は離島の夢舞台へと旅立つのだった。
 923日、若潮。午後4時過ぎが満潮。夜釣りでは下げ潮で釣り始めて、午後10時ごろ干潮の潮どまり。そして夜中に上げ潮のチャンスタイムを迎えるという潮回り。
「乗りたいところはある?」
私と同じくいやそれ以上に硫黄島に魅せられてしまった風雲児氏にこんな問いをぶつけてみる。
「どこでもいいですよ。ただ、変色域を見てないですからねえ。」
彼にとって硫黄島に関する興味関心の一つはまるでバスクリーンのような変色域だった。硫黄島全体が活火山であり、そんなスチューエイションで釣りができることは、彼にとって相当趣のあることらしい。
 釣り人ならではの会話を続けているとあっという間に枕崎港に到着した。黒潮丸の船長が釣り人と談笑している。用意されているタレクチイワシのトロ箱の数を数えてみた。全部で5つ。58名という離島便としてはさみしい出航となった。
kamataさん、どこに乗る?鵜瀬でも平瀬でもいいよ。」
今夜の予報は凪。更に、潮位の変化の少ない潮回りなので、ポイントは選び放題だ。他の組が西磯の立神にのるようなので、釣りやすさや足場の良さを考慮してミジメ瀬を希望した。変色域を見るならタジロだが、今回は魚釣りに来ているからね。
 午後3時に、船はゆっくりと枕崎港を離れた。ここちよい北東の風が吹いている。沖堤防を過ぎると、1.52mクラスの程よい波が船を揺らす。丁度90分でエンジンがスローに。デッキに出ると眼前に白い噴煙を伴った見事な山肌を見せる硫黄島が立ちはだかっていた。


アラ狙いの釣り人カメクレへ

最初の釣り人をカメクレにおろした後、船は反転し、西磯方面へ。立神に2名のアングラーを渡礁させた後、我々もミジメ瀬に難なく渡礁。船長のアドバイスに耳を傾けた。
この時、船長が不思議なことを言い出した。
kamataさん、まだ水温高いからね。明るいうちは撒き餌はしないでください。暗くなったらシブが喰うから。」
 「撒き餌をしないで・・・」というアドバイスは初めてだ。釣り始めるとこの意味が後でわかるのだが。


撒き餌しないでね???

荷物を裏の高台に上げて深呼吸をしてみる。久しぶりに磯風の感触を体全体で感じてみる。なぜ、自分は離島にきているのだろうか。釣りが好きだからという単純な理由だけではない気がする。魚を釣るだけではない理由が、それは言葉では中々説明できないが、自分の細胞の中にある遺伝子に誘導されているというか。気がつくと、いつも離島に立っているのだ。この場所にいると自分が生きていることが実感できるのだ。いや自分が釣りに行きたいのではなく、海が自分に逢いたがっているのだと。もはや手が着けられない病気にかかっているのかもしれない。
 ここにも何かに取りつかれたように釣りに没頭する若者がいた。彼は、あわただしく釣りの準備に入っている。


烈海の訪問者 風雲児氏
「グレが出ませんかねえ。」
四国の柏島あたりをホームグラウンドとする彼らしい一言だが、九州人からするとこの時期考えられないようなセリフだ。
「やってみなければ、わからないよ。でもイスズミがすごいと思うよ。」
冬のシーズンに鵜瀬と新島で釣りを経験している彼には、夏の時期のイスズミのすさまじい波状攻撃も味わってもらおう。
案の定、竿を叩いたのは、イスズミだった。


アカジョウちゃんの大好物

「それ餌にするからちょうだい。」
とイスズミをいただく。イスズミは明るい間の対象魚である「アカジョウ」の絶好の餌なのだ。早速3枚におろして切り身にして餌をつける。下げに入った時間だが、まだ流れは上げ潮が残っているようだ。いつもの上げ潮のポイントに仕掛けを放り込む。カウンターで34,5mのところで落ち着かせ、アタリを待つ。アカジョウはいないか。サンマに餌を変えて試してみる。しばらくして仕掛けを回収すると、ぼろぼろだ。イスズミらしき口の小さな餌盗りがかなりの数いるようだ。バケツの水を触ってみても水温の高さは明らかだった。


アカジョウちゃん来て頂戴

風雲児氏は立神との水道で竿を出していたが、餌取り軍団の猛攻に苦戦。表層にはギンユゴイ。その下にイスズミがいるらしい。しかし、しばらくすると、彼は見事に餌取りの下にいた30オーバーのクロをゲット。
「よく釣ったねえ」
「ええ、餌取りの下に見えたんで。」


この時期 絶滅危惧種的釣果


夕マズ目での話題は、残念だがこの気まぐれなクロだけとなった。アカジョウもいないようだし、夜釣りの準備に取り掛かった。


湯瀬と黒島の間に沈む夕陽


竿は、ダイコーの海王口白。道糸はナイロンの20号。丸玉おもり30号にハリス20号に鋼タルメ22号を取り付けた仕掛けだ。喰い込み重視のいたってシンプルな仕掛けである。さっきまで上げの残りが入っていたが、下げ潮の流れになってきたので下げ潮のポイントをねらった。
 ミジメ瀬の下げ潮のポイントは船着きからだ。右手前に大きな根が張り出しているが、これはあまり注意しなくてもいい。丁度、大瀬に向かって仕掛けを投げる。あまり遠投しなくてもよい。シブダイの型はやや小さいが、干潮間際に一発大物が当たってくることもあるので油断できない。
 完全に夜の帳が下りたので、サンマの頭の部分をつけて様子をみてみる。もちろん、船長が言うように撒き餌をしないで。すぐに、海王の穂先に反応が見られた。ぴくぴくと竿先が小刻みに揺れた。しばらくしてから仕掛けを回収する。サンマの頭は無残な姿で帰ってきた。
 これはかなり餌盗りの活性が高いぞ。サンマの胴体をつけて第2投。今度はさっきより早く仕掛けを回収したが、すでにつけ餌は跡かたもない。これに閉口した私は、最強の餌盗り対策カツオの腹側をつけ餌にしてみる。
 しばらくして、仕掛けを回収すると、これもボロボロになって帰ってきた。これは厄介なことになったぞ。8月の離島の夜釣りで時々経験するマツカサの大量発生ではないだろうなあ。


恐るべし レッドデビル


ナミマツカサは、離島の夜釣り師の間では通称「レッドデビル」と恐れられている。数が少ないときは、夜尾長釣りでは、本命の接近を知らせてくれる有難いお魚さんであるが、数が多いときは手が着けられない。上層にも下層にもいて、釣り人の貴重なつけ餌をついばんでしまう。オキアミだろうが、サンマだろうが、潮が悪かろうがお構いなしである。一気に群れでつけ餌を襲い、ハリだけにしてしまうとんでもない輩である。また、不思議なことに、朝になればあれだけたくさんいたにもかかわらず、一瞬のうちに消えるという時間に正確な兵でもある。正に、悪魔にふさわしい餌盗りである。
 風雲児氏と夜釣り序盤戦の状況を確認しあったが、そこで結論は、どうやらミジメ瀬はマツカサとイスズミに完全に包囲されてしまったことがわかった。このあたりで、船長の撒き餌不要論の意味がようやくわかりかけてきた。釣り始めて早くも撃沈のふた文字が頭に浮かんだ。
小刻みなアタリはあるものの、ハリが大きい(鋼タルメ22号)のでイスズミやマツカサはほとんどハリ掛かりしなかった。たまに、代わりにかかってくるのは、ただ重々しく釣りあげると蛇のようにとぐろを巻くというまねからざる客人だけだった。
 しかたがないので、ポイントを15分ほど休ませる。そして、しばらくして、仕掛けを入れる。小刻みなアタリ。誘っても全く反応なし。仕掛けを回収するとハリだけが残っている。こんなロールプレイングゲームを何度となく繰り返す。
「風雲児さん、水温高いかもですね。餌取りがすごいですよ。」
こちら風雲児氏はイスズミを食わせてはリリースするといういつ終わるともわからないロールプレイングゲームを延々とやり続けていた。それでも、彼は午後10時過ぎに小さいながらも地磯側の水道で準本命のオキフエダイをゲットしていた。


風雲児氏 準本命をゲット

やがて干潮である。干潮時でもここは油断ができない。風雲児氏が魚をゲットしたころ、餌取りの活動がやや弱まった。何かが変わるかもと思った午後10時半ごろ、海王の竿先が小刻みなアタリを感知したのち、勢いよく海中にお辞儀した。
「これは本命だ」
こう確信した私は、一気に底を切り、浮かせにかかった。しかし、強かったと思ったのは最初だけで、その後は期待外れに引きは弱かった。案の定、上がってきたのは、30cmを少し超えたところの本命「シブダイ」だったのだ。


ようやく 今シーズン初釣果


体長の割に大きな頭。ピンク色の体色に黄金色のヒレ。そして、この魚の最大のシンボルでもある不思議な白い点。今年になって初めて会えた真夏の恋人をしばらく見つめ続けていた。
 ようやく時合い到来か。期待したが、これが中々続かない。20分後、ややサイズアップした2匹目を釣った後は、再び餌盗り天国と化したのだった。
 魚が釣れないとそれに比例して睡魔が襲ってくる。このところ激務が続いて疲れがたまっていたのだろう。いつのまにか磯のベッドで1時間ほど眠ってしまっていた。


2匹目 ややサイズアップ


目が覚めると、午前2時前だった。潮は上げ潮に変わっていた。今度は上げ潮のポイントで釣り始める。本命ポイントに入るが、状況は変わらなかった。餌が全くもたない。餌取りが居ないようなところに投げるのだが、着水音を聞いているのか、どこに投げても同じような状況。ここでも、休んでは釣り、釣っては休むというつまらない展開が続いた。
 このままここで釣っていても埒が明かない。本命釣り座では、良型のシブダイの実績の高いところだが、この餌盗りではどうにもなるまい。そこで、地磯側の水道を攻めることにした。


まねからざる客人

ここもシブダイの実績が高いはず。釣り始めると案の定餌取りがさっきのところより少ないではないか。ここなら勝負になるかも。期待しながら竿を打ち振い続けると、4時ごろ竿先が前アタリの後一気にお辞儀した。間違いなく本命だ。強烈な引きに一気に目が覚めた。しかし、これからというときに、テンションがふうっと消えた。ハリ外れをやらかしたようだ。しっかり喰わせたと思ったのにこのバラシは痛い。それから15分後、さっきと同じカウンター34,5mのところで奴は喰った。すぐさま臨戦態勢となるものの。奴のパワーが数段上だった。左の根に潜り込まれ痛恨のバラシ。やはり、餌盗りがすくないということはそれなりの理由があるようだ。そんなことを考えているうちにアタリは途絶え、いつの間にか水平線が白々とし始めた。


時は過ぎゆくもの


朝になった。風雲児氏は昼になると俄然元気になる。夜釣りをあきらめた後、あっという間に仕掛けを作り、早くも昼釣りの第1投。程よい潮の流れだ。早速、魚をかける。やり取りに入る。スリリングなやり取りの後、磯の上に現れたのは、新幹線さくらに似たムロアジだった。クロをねらっている彼にとっては残念な釣果。


ムロアジに苦笑い

楽しい時間はあっという間に過ぎゆき、ハナミノカサゴを釣ったのが唯一の目立った釣果。これをキープして夜釣り開幕戦を終えることにした。
 タックルを片づけているとき、隣で風雲児氏が必死の形相で釣りをしているのが見えた。彼の体の中に流れている時間は、自分のそれとは大違い。無理もない。1000キロの道を軽自動車で走破してたどり着いたこの垂涎の地は、彼にとってかけがえのない時間と空間をもたらしているのだろう。

下げ潮のポイントでフカセで勝負する風雲児氏

そんな彼も午前6時半過ぎ、観念したのか竿をたたみ始めた。そして、時間のない中、ミジメ瀬から見る360度のパノラマを見つめていた。西に黒島、湯瀬、南に口永良部島、屋久島。南西諸島の玄関口であるこの硫黄島。今回は、彼に厳しい結果をつきつけてきたが、いつかは豊かな海の恵みを君にもたらしてくれるだろう。硫黄島は、いつでもそんな彼らの挑戦を待っているのだ。


ハナミノカサゴ うまそうなのでキープ



今回の釣果 見事な惨敗

帰りの時化気味の海を黒潮丸は勢いよく滑り、船酔いしそうな船内で、なぜか今回だけは、惨敗だったにもかかわらず、その揺れが心地よく感じられるのであった。


シブダイの焼き切り



シブダイのクリーム煮


ハナミノカサゴのから揚げ 絶品です


KICIROWさんにご馳走していただいた謎の肉


枕崎の居酒屋「まんぼう」で出てきた鹿護豚丼


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