10/13 喜界カルデラの魚 硫黄島


硫黄島タジロ

 今年も残すところあと1カ月と半分。光陰矢のごとし、今年もやり残したことはないだろうか。悔いのない1年だっただろうか。

 2011年という年は、思い起こせば日本全体が震災に大きく揺れた年と言える。阪神大震災の時は、地震直後何が起こったか私たち一般人には知る由もなかった。

 時代は過ぎ、インターネットが普及し、リアルタイムで世界中の情報を集められるようになった昨今。東日本大震災がテレビのお茶の間に現れた時のショックは、湾岸戦争がまるで花火を見ているかのような「美しい」衝撃的な映像を見て以来の久しぶりのものだった。そして、死者、行方不明者を含めると
2万人近い方々がなくなったという想像を絶する被害を目の当たりにして、自然の猛威の前に人間というものはいかに無力なのかということを思い知らされた。

 ところで、311日の震災の後、こんな不謹慎な輩もいたのではないか。「よかった。海の近くに住んでいなくて。」こんな人物がいるとすれば、私は宮沢賢治作の「やまなし」という童話を思い出さずにはいられない。

「やまなし」の五月の世界で、カワセミが魚を取ってしまう場面がある。この事実を目の当たりにしたカニの子たちは「こわいよ。お父さん。」と震えている。そんな子カニたちを落ち着かせようと、父さんカニは、次のように言うのだった。

「安心しろ。おれたちにはかまわないんだから。」本当にそうだろうか。確かに、川底にいるかにをカワセミは取って食おうとはしないかもしれない。

 しかし、カワセミが魚を取って喰うという弱肉強食と食物連鎖のつながりは、発展して考えると川辺の生き物たちのすべてがつながっていると考えることができる。そう考えると、決してカワセミとカニは無関係ではない。生き物の同士の食物連鎖というつながりがあるからこそ、生態系を守ることができる。

 例えば、カワセミがこの川でいなくなったら、生態系が変わって、カニも餌が少なくなるなどの影響を受けるかもしれない。つまり、宮沢賢治は、すべての生き物はインドラの網のようにつながり合って存在していると説いた。

 このものの見方を不謹慎な輩に当てはめると、地震は地殻変動によって発生するが、同じ地下のマグマの活動から生ずる火山の噴火とはもはや無関係とは言えないだろう。山手に住む我々にも火山の破局噴火という人類を破滅に陥れるかもしれない恐怖と隣り合わせの生活をしているのだ。

 最近、手に入れた「死都日本」という本では、南九州の加久藤カルデラの破局噴火によって、えびの市や人吉市が壊滅してしまうという内容がディテールの積み上げによる妙なリアリティーを伴って紹介されている。

 かつて、
7300年前の縄文時代に、南九州は、海底火山の大噴火による火山灰の降灰などにより、人が住めなくなる状態になったそうだ。その海底火山は巨大なカルデラを形成した。それは、薩南諸島の硫黄島、竹島を外輪山とする北西−南東に25km、北東−南西に15kmの広大なもので、喜界カルデラと呼ばれている。

 ところが、九州の縄文史に空白の時間をもたらしたこの喜界カルデラでレジャーに興じるとんでもない輩がいる。ご存じ硫黄師である。彼らは、いつ破局噴火を起こすかもしれないこの硫黄島で磯釣りを楽しむという恐るべし種族である。

kamataさん、水温高いから、タレクチのトロ箱を用意しておくよ。サンマも30匹くらいもって行こうか。2時半に来てください。」

 硫黄島に誘う黒潮丸の船長が、離島の瀬渡し業冬の時代のアゲンストの中、ハリのある声でまくしたてる。Uenoさんは、このところ部活動等で忙しく時間が取れないということで、今回は単独での釣行となった。

 予約した瀬は、硫黄島本島の南東に位置する地磯タジロだ。下げ潮が流れれば、型の良い青物が回ってくるポイント。また、アラの子も多く生息しており、底物でも油断ができない磯だ。ただ、餌取りのイスズミの数は半端ではない。また、この一帯は海底から温泉がわき出でており、その温泉につかりにウミガメが多数居付くという釣り人にはあまり歓迎されない情報もある。

 この磯の最大の特徴は、
12月に入ると、まるで渡り鳥にように決まってシマアジが釣れるということだ。それは一体いつから釣れ始めるのか予想ができない。天然のシマアジは釣り人しか味わうことのできない貴重な魚。その魚を確実に手に入れることができるタジロは、シマアジファンにとってはタマラナイ場所と言える。

 今回は、シマアジにはまだ早すぎるとわかっていた。水温も高いからまず撃沈が待っているとわかってはいたが、硫黄島の風に吹かれたくてつい出来心で電話を入れてしまったのだった。

 1113日(日)下り中潮初日。硫黄島付近の満潮は、午前8時半ごろ。満潮までの上げ潮では、イスズミの波状攻撃をくらうのは目に見えている。問題は下げに入って、青物が回遊してくれるかどうかというところが今回の眼目のようだ。

 午前
1時過ぎに枕崎港に到着。1時間ほど仮眠をとって、人の気配を感じて起きると、もうすでに黒潮丸のサーチライトがきらびやかに港を照らしていた。釣り人の数を確認すると、総勢4名という信じられない少なさだ。八代からの底物師、宮崎県からの底物師、そして、遠く山口からの参加。上物は私一人だった。

 船は予定通り、午前
3時過ぎに枕崎港を離れた。波高1.5mのち1mの予報。行きの船の中は快適だった。異変を感じたのは硫黄島到着してすぐのことだった。エンジンをスローにした黒潮丸のホースヘッドの先に、天空に鵜の頸を突き出した硫黄島を象徴する名礁「鵜瀬」が待っていた。

 ところが、船が揺れて中々渡礁できない。西からの風が吹き付けその風波が鵜瀬の足下を洗っている。

「結構しけてますねえ。」
「どこに行かれるのですか?」
「タジロです。」
「そちらは?」
「船長が大瀬にのせると言っていたんですが・・・」

 言葉を濁した宮崎の底物師。底物釣りの大敵は、風と波である。この地点でこれなら、おそらく西磯では西向きの風が相当吹いているのではないか。厳しい条件での釣りになることを予想してのコメントだった。

 船は、八代の底物師を鵜瀬に乗せて、一路タジロへと東に進路を取った。「風裏のはずだが・・・」風が結構吹いている。エンジンがスローとなり、私はタジロへと誘われた。

「まだ、水温高いからね。サンマでブッコミした方がいいよ。頑張ってください。」

 硫黄島の状況を知り尽くしている船長からの珠玉のアドバイスだ。さあ、時計を見ると
5時過ぎだ。満月から少し欠けた月が西の空にかかっている。夜釣りの時間はわずかだ。月を観賞している暇はない。

 タックルはダイコー海王口白、道糸ハリスともに
20号。30号の丸玉おもりを通した天秤をつけないいたってシンプルな仕掛けだ。撒き餌のタレクチイワシを刻んで足下に撒く。つけ餌のサンマをぶつ切りにし、鋼タルメ22号に取り付ける。

 
540分、期待の第1投。どぼん。錘が海中に投じられ、道糸が走る。底に達したところで、カウンターを見ながら、仕掛けが落ち着くところを探して、置き竿でアタリを待つ。しばらくして、仕掛けを回収。餌は全く触られていない。30分ほど、アタリのある場所を探りながら何度か仕掛けを投ずるものの魚からの応答は全くなかった。いつもは、デカバンのイスズミや釣り人からあまり歓迎されない雑食のウミガメがアタックしてくるはずなのだが。

「一体どうしたというのだ。」

2カ月前、硫黄島ミジメ瀬に乗った時は、船長から「撒き餌をしないでください。」と言われるほど、餌取りの動きが活発だったのに。水温がそれほど下がっているとは思えないのに。

 しばらく、タジロは使われていない磯だったのか、魚が寄っていないのだろう。こうなりゃこれでどうだ、と撒き餌をドカ撒きする。

 午前
6時を過ぎると、魚からの小さな反応が出始めた。はるか遠く水平線から白々と夜明けを告げる灯りは、地球が球体であることを証明するかのような情景を演出しながら迫ってきた。もう時間がない。焦る気持ちを抑えながら仕掛けを打ち返す。

 このときから、タジロで一番釣れる潮が走りだした。沖に向かって右手から入ってきた潮が足下を洗いながら左手へと抜けていく。激流でもなく、丁度いい潮だ。案の定、魚の反応が出てきた。

 しかし、中々走り出すには至らない。そこで、竿を持って誘ってみる。グッと魚からの反応を感じると同時に合わせを入れた。何かがサンマの胴体に喰いついたようだ。よっしゃあと底を切ってやり取りに入るも、相手は思いのほか軽かった。上がってきた魚は、このタジロでよく釣れるホウセキハタの子だった。がっくり。

 しかし、近くに親がいるかもしれない。気を取り直して、さっきアタリのあった地点に仕掛けを投じる。潮が丁度良い感じで動いていることを示すように、道糸の角度もいい。竿先を最大級の集中力で見つめていると、再び魚からの反応が。これも走り出すには至らず、再び誘ってみることに。すると、さっきと同じく何かが喰いついてきた。よしっ。さっきと同じパターンで喰わせたことやり取りに入ろうとした。

 しかし、喰わせたパターンは同じだったが、違っていたのは魚のサイズだった。「おーっ」最近経験したことがないような強烈な引きに、海へ落ちそうになるが、思わず尻もちをついて応戦する。やつは容赦なく底に向かって走っている。

 海王が見たこともないような曲がりを見せている。ジリジリジリィ・・。道糸がドラグを締めていたはずの両軸リールから容赦なく出て行く。こんこんと首をふる動作は、さっきのハタと同じだ。

 出て行った道糸がようやく止まった。魚が喰ったポイントは水深
24m。宮崎の名人N村さんが教えてくれたアカジョウのポイントだ。

「よしっ、奴の疾走を止めたぞ。」今までは、何もできずに道糸から飛ばされたりしていたが、今回は違う。何せ、魚のパワーが最も強い最初の引きを耐えたからだ。取れるかも。かすかな光明が見えた時だった。再び強い引きこみに耐えていると、あっさりと竿が天を仰いだ。

「ううむ。折角奴の疾走を止めたのに。」

 仕掛けを回収すると、ハリスがブチ切られていた。瀬ズレと思われる。だから、ワイヤーに代えておくべきだったと考えてもあとの祭りだ。

 このバラシを最後に魚との交信は途絶えてしまった。同時にうらめしい夜明けがやってきた。しばらく、休憩した後、昼釣りの仕掛けづくりに入った。

 竿はがま磯アテンダー
2.25号−53.道糸4号ハリス4号。ハリはシマアジ狙いなので、チヌバリ5号を結び、ウキは、3Bの半遊導の2ヒロから始めた。撒き餌をするが、何も見えない。上げ潮は、水温が上がるはずなのだが、魚の活性は全くと言っていいほど感じられなかった。餌は触られもしない。それではと、どんどん深くしていく。1本半まで深くしたが、全く反応なし。

 潮は夜明け前のいい感じから、手前に当たってくるアタリ潮になっていた。撒き餌をドカ撒きするものの、この潮では沖にいる魚には気づいてもらえないかもしれない。魚からの交信もなく、ただむなしく仕掛けを打ち返すだけの行為は、本当につかれる。餌盗りでもいいから喰いついてくれ。

 いつのまにか、釣り人はイスズミが釣れることを期待し始めた。おかしなもので、これまで、このタジロでいやというほどイスズミの波状攻撃に苦しめられたのに。今は、そのイスズミさえも期待しているのだ。

 右のワンドから湧き出ている温泉が、バスクリン色に海を染めている。西北西の強風が永良部崎からここまで回ってきていて、タジロまで吹きこんでいる。バスクリンの中をのぞくと海へびかウツボの仲間なのか分からない白と黒のツートンカラーの生物が海面に出てきては、消えている。時折、ウミガメが苦しそうに浮いては呼吸をし、釣り人の姿を見つけては、あわてて海中に消えていく。何も考えなければ、本当に時間を忘れるようなのどかな情景だ。

 だが、このまま帰るわけにはいかない。シマアジ、青物どころかまだ餌盗り
1匹釣れないままだ。そんなことを考えていると、エンジン音が聞こえてきた。船が状況を確認しに来たのだ。

kamataさん、釣れましたか。」 

 いつものダメのサインを送る。

「水温高いからサンマを餌にブッコミしてみたら。
1時過ぎに迎えに来ます。」

 船が去った後、気を取り直して釣りを始める。すると、餌が盗られ始めた。ようやく活性が上がってきたか。タナを
1ヒロ半ほど浅くして、待ち続けた午前8時ごろようやく

 ウキに変化が見られ、一気に消し込んだ。竿を立ててやり取りに入る。中々の引き。そして、小刻みにガンガン竿先を叩く引き。紛れもなくイスズミのものだった。1kgほどの中型サイズを抜きあげる。外道だが、まるで本命を最初に釣ったような感じがした。

 この魚を皮切りに次々に魚が喰ってきた。1kgから2kg近いものも釣れた。ただ残念なのは、それがすべてイスズミだったということだった。下げ潮に変わっても状況に変化は見られず、
23度青物らしきアタリと引きを味わったが、すべて喰いが浅くばらしてしまった。

その後は、イスズミがいやというほど遊びに来てくれた。全く本命が釣れない中、イスズミの良型をクーラーに入れようかと迷ったが、思いとどまった。本命の下げ潮だったが、ついに青物の姿をとらえることはできなかった。

 枕崎港に戻って、反省会だ。

「大瀬は風が強くて釣りになりませんでしたよ。」

 西北西の風が吹き荒れ大変だったという。フエフキの2kgクラス
1枚の釣果だったそうだ。鵜瀬では上げ潮の時間帯にバタバタと4枚のイシガキをゲット。この風と波なら乗るところがないと船釣りをした山口の底物師は、10時ごろまでボウズ。最後の12時間で、アカジョウ、謎の魚、アカハタなどをゲットしたそうだ。

「まだまだ水温が高いからね。今日は、風が強かったろう。」

厳しい条件だったことを語り合った。船長にイスズミばかり釣れたことを話すと、

「イスズミは大きいのは、頭と内臓を取って持ち帰るだろう。フライにしてごらん、うまいよ〜。正月にイスズミを出したら、一番先になくなるよ。今度持ってかえりなさないな。」

 いつもはイスズミを敬遠してしまうのだが、今日の船長の話は妙に説得力があると思うのだった。また、朝方のデカバンの魚を取れなかったことに悔いが残った。今度こそは喜界カルデラが育てた魚を取ってやる。
7300年前の縄文人になって、海底火山が育てた魚を取りたいと私の遺伝子が叫んだような気がするのだった。


離島の夢舞台への入り口


喜界カルデラの魚に完敗


タジロの釣り座


バスクリンのような海でした


硫黄島名物ウミガメさん


風が回ってきました


ようやくイスズミが釣れ出しました


フェリー三島が通り過ぎました


イスズミは年中無休です


ありがとう タジロ


硫黄島は喜界カルデラの一部です


人間の手が入っていない自然です


鵜瀬では4枚のイシガキが釣れたみたい


平瀬はとても無理でしたね


タキベラという珍しい魚みたいですが


本日の釣果 アカジョウはもらいもの(泣)


刺身でウマウマでしたよ


残りは鍋でいただきました


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