鹿児島県 甑島 瀬々野浦 ナポレオン岩の中鼻
「kamataさん、瀬々野浦にしたバイ。3時半出航げな。」 えっ、一瞬耳を疑った。Uenoさん、手打に行きたいといっていたような気がするが。 「今度は、手打にしょい。手打は尾長の釣れよるげな。太仕掛けで勝負するバイ。」 尾長とのスリリングなやり取りを、ただいつもそれはあくまでも妄想の世界どまりであるが、イメージしては硫黄島をホームグラウンドとする私に早くも牽制球をなげてくる。仕方がない。師匠の言葉は絶対と、今回はuenoさんの行きたい場所に行こうと腹をくくっていたのに。Uenoさんは硫黄島の鵜瀬でのよいイメージの殻を脱ぎ捨て、早くも手打へと新たな目標を設定したはずだった。 理由は簡単だった。せっかちなuenoさんの性格にその原因はあった。行きのドライブでそのことを聞いてみると、 「ナポレオン隼に電話したばってん、すぐ出らんやったっバイなあ。だけん、永福丸に電話したったい。永福丸はすぐ出たよ。だけん、瀬々野浦にしたよ。」 こんな理由を話していたuenoさん。尾長を釣りたいという思いとは、明らかに矛盾している。それが、uenoさんのいいところである。本音のところは、よいイメージのある瀬々野浦に行き、がっちりおみやげを持って帰りたいというねらいとみた。 午前0時20分ueno宅を出発。九州自動車道を南へ下り、横川ICから一般道で九州西海岸へ向かった。永福丸が出航する川内港に午前2時過ぎに到着。早くも10台ほどの自動車が止まっていた。このころところ好調が伝えられる瀬々野浦。Turinaviから発せられる情報では、デカサイズの口太が釣れているという。 1月28日(土)、下り中潮4日目。鹿児島県薩摩川内市の潮回りは、午前10時32分が満潮。今週の半ば、今冬一番の寒波が訪れた九州地方、水温の低下により魚の食い渋りが心配されていた。波高予想1mのち2m。天気図に表れないほどの弱い低気圧が通過するため、午後から強い風が吹き時化るとの予報だ。早めの回収になるかもしれない。 30分ほど仮眠して、自動車から外に出て、出航の支度を始めた。他の釣り人も動き出している。煙草をふかしながらにぎやかに談笑している面々、岸壁にきれいに体育座りして閑散とした港の灯りを見つめて出航の緊張を沈めている面々。これらの釣り人たちはみな、あの地球が46億年の産物であるということを無言で語っているような甑島の断崖絶壁や、その懐に抱かれたエメラルドグリーンの瞳をもつ恋人を手にすることを妄想している。 あきらかに、この場所では不釣り合いなきらびやかな灯りを伴った永福丸が、静かに川内港の岸壁に接岸を果たした。仕事でボロボロになった体を自然に癒してもらいたいと願う磯釣り界の草食系男子や、ギラギラした目で確実に魚との距離を詰めていく肉食系男子たちがそれぞれの荷物を船に積み込む。 午前3時40分、漆黒の東シナ海に向かって、永福丸は川内港を出発した。船の揺れから今回の釣りも問題ないようだ。ただ、風向きが北東ということで、デカ口太が潜む北エリアに行けるかどうかが気になった。そんなことを考えているといつの間にか眠りにつき、気がつくとエンジンがスローになっていた。 「uenoさん」 船長がピンマイクでuenoさんを呼んでいる。20人ほどの釣り人の中で2番目の瀬付けだった。キャビンから外に出ると、サーチライトをあてた先に人の顔を思わせる巨大な巌が忽然と現れた。甑島のシンボルともなっている通称ナポレオン岩である。127mの奇岩はその形からフランスの英雄と称されている。英雄は先史時代からずっと海底の奥深く眠り続け、気の遠くなるほど長い年月を経て、圧縮され固められた。その後の地殻変動によりあるとき海面から姿を現した。地上に現れた岩はこれもまた長い年月の後の風雨にさらされ英雄の顔となったと想像できる。黒光りした美しい閃緑岩がその地殻変動の歴史を物語っている。黒光りの肌には、転々と白い斑紋がついている。人間が誕生する前から鳥類たちがこの岩とともに生きてきた証だ。その巨岩ボナパルトに永福丸は満を持して瀬つけした。暗闇の中から出現し、釣り人が待つステージでスポットライトを浴びた英雄をみていると、まるで壮麗な音楽を聴いているようだ。あわてて荷物をホースヘッドに移動し、渡礁を済ませた。 「uenoさん、灯りをつけて(船が)やってきたら、緊急回収だと思って準備してくださいね。」 と不気味な一言い放って、永福丸は一ヶ瀬方面へ去っていった。予報に反して雨がぱらついている。弱い低気圧が現在通過中なのか。今日は、思いのほか北向きの風が強く、風裏となる瀬々野浦港周辺の磯に限定されるようだ。この巨岩に守られて風を全く感じることがない。期待の北エリアに行くことはできなかった。このチュウ瀬と釣り人から言われているナポレオン岩は階段状になっており、足場は抜群良い。足下はドン深で水深があり、いかにも良型のクロが釣れそうな雰囲気だ。我々が乗せられた瀬は、ナポレオンの中鼻というらしい。 「足場がよかなあ。」 釣れるというより快適な釣り環境が気になるuenoさんがまずほほ笑んだ。早速餌を混ぜ、仕掛けづくりに入った。寒の時期に入ったメジナ釣りは、難しい。普段離島に通っている自分にとって、喰い渋り対策の難しさは悩みの種だ。ホームグラウンドに通い続けるという釣りスタイルではなく、その時釣れそうな場所を転々とするジプシー釣行を続けている我々にとって、最近の甑島は難易度が高すぎる。過去の釣行からいろいろと試行錯誤を繰り返すのだが、その釣り場に合った仕掛けを見つけるのに時間がかかってしまう。今回は、とりあえず竿はメガドライM2の1.5−53、道糸2号で朝マズメ限定でハリス2.5号を結んだ。0αのウキでの2ヒロ半の半遊導から始めた。 夜が明けるまで餌を撒き、午前7時20分、第1投。紫紺の海に蛍光朱色のウキが突き刺さり、メジナ釣りがスタート。潮はよい感じで右斜め前方へと流れている。仕掛けを回収するが餌は取られていない。タナを深くしなけれないけないかなと思って第2投目の動作に入った時だった。背中に激しいオーラを感じて振り向いた。Uenoさんが何と第1投から魚とのやりとりをしているではないですか。 「こらクロじゃなかバイ。白かもん。なんやこりゃ。」 浮いてきた魚は、真鯛だった。 「ここはマダイも釣れると聞いたことがあるよ。よかおみやげになったバイ。」 思いがけない訪問者にご満悦のuenoさん。40オーバーの美味しそうなサイズだ。いいなあuenoさん。門川でも先を越され焦りながら第2投。餌を取られない。まだ、これからだよと3投目の動作にはいるとまたしても背中にオーラを感じた。 「第2投も喰ったバイ。」 竿から伝わるシャープな引きは、本命とわかるに十分だった。浮いてきた魚は35cmほどのきれいな口太。玉網ですくい手元に引き寄せる。早くも本命ゲット。 「よかったですね。Uenoさん。」 と祝福の声を届けるが、内心は少し焦り気味。 潮の流れからして、撒き餌が潮下のuenoさんの方でたまって魚が集まっているようだ。無意識のうちにその釣れたポイントへ仕掛けを流していた。仕掛けを回収すると、餌が盗られていた。再び、第3投の準備をしていると、またまた背中にオーラを感じてuenoさんの方に目を向けると、魚とのやり取りをしている姿が目に飛び込んできた。今度は、竿の曲がりからして良型のようだ。玉網ですくって、手元で確認するとでかい。46cmの口太だった。 「でかいですねえ。Uenoさん、絶好調。3打数3安打じゃあないですか。」 こういいながらも内心はもちろん穏やかではない。 「もう満足したバイ。結構太かったもん。」 何が違うというのだろう。こちらもuenoさんと同じように釣っているはずなのに。そのうちuenoさんが思いがけない釣果で口元が緩んでこうつぶやいた。 「kamataさん、G2の半誘導バイ。ハリス2号。」 なるほど、この海の状況なら3BじゃなくてG2くらいが適当だよね。どうりで2.5号に見向きもしないはずだ。ウキは0αのままにしてハリスを落とすことにした。2号ハリスがないことに磯場で気づき、1.75号にした。案の定、ウキがゆっくりとシモり始めた。海中深く漂っていたウキの動きが一瞬早くなったことを視認し、合わせを入れる。ハリ掛かりした。さあ、やり取りだと体制を整えて竿を立て、相手が最初のシャープな突っ込みをしたところで考えられないような場面で竿先が天を仰いだ。 「うそ〜〜、なんでや〜〜〜。」 仕掛けをチェックすると、ハリスの先が豚のしっぽになっていた。最近老眼が進行し、暗い中での仕掛けづくりで手元が狂ってしまったようだ。今が時合いだ。今のところ釣果なしという中でかなり焦りながら、仕掛けを入れる。撒き餌の筋に仕掛けが入ったと思われたところで、ウキが予定通りゆっくりとシモり始めた。魚が走るのを待ちながら、道糸を張り気味にしていると道糸が張った。キターッと合わせる。心地よい魚との交信の感触が左手に伝わる。魚とのコミュニケーションがこんなにも楽しくてわくわくするものだということを体全体で感じながらやり取りに入った。ところが、その最大の楽しみの時間は思いのほか短かった。再び竿先が信じられないタイミングで天を仰いだ。なんでだよう。仕掛けを回収してチモトを確認するとハリはそのままだ。どうやらハリはずれをやらかしたようだ。 細いハリスでのやり取りに慣れていない私は、初釣りの門川からバラシが圧倒的に多くなってしまった。Uenoさんは、瀬々野浦に慣れているのか、早くも釣りパターンを見つけたみたいで、35cmほどの口太を仕留める。これで4枚目。こちらは、スレ掛かりで釣ってしまったかわいそうなキビナゴ1匹のみという釣果。あれだけのチャンスをフイにしてばらしてしまえばこれも仕方がないと思う。ハリスを1.5号に落とし、ハリを2号にまで落としたが、潮があて潮に変わると同時に、魚からの交信は途絶えてしまった。 まったりとした時間がやってきた。いまのところuenoさんクロ4枚、真鯛1枚。私はボウズ。朝マズメの時合いを逃した失態は痛かった。このまま終わってしまうのか。 永福丸がやってきた。この天気では、途中回収ではないだろう。 「uenoさん、どうですか。」 「クロが4枚。」 とuenoさんが指で状況を報告。 「瀬替わりしますか。」 永福丸の船長が、尋ねてくる。釣り人にとっていつもながらのことだが迷うところだ。ここでuenoさんと協議に入る。もちろんuenoさんの気持ちは固まっていた。 「ここで粘ろい。瀬替わりして今までろくなことがなかったもん。」 ちょっと気になったのでuenoさんとの釣行での瀬替わりは、統計学的にみてどうなのかということで調べてみた。もちろん、天候や危険防止の理由以外での瀬替わりということで。 2003年からこれまでのデーターで、釣れてなくてそのまま残った場合、あくまで個人の評価だが、いい思いができたかどうかは、6勝5敗。逆に瀬替わりした場合では、4勝8敗と分が悪い。もちろん、瀬替わりするのは、今釣れていないということが前提だから、分が悪いのは当たり前なのだが、そのまま残った方がよい場合もあったことを考えると、今回も瀬替わりをしない方が得策のようだ。もちろん、瀬替わりしていろんな磯を経験するという楽しみ方もあると思うし、二人とも腕が悪いというのはもちろんタナ上げである。 「釣れると船長が思って瀬渡ししてもらったんだから、変わった場所がここよりいい場所になるとは思えんバイ。ここで粘ろい。」 「今日は時化てくるので、早めの12時回収になります。」 二人の意思は決まった。永福丸はとなりの釣り人を瀬替わりのために回収して去っていった。 さあ、ここで粘ると決めたからには、何とか釣果をあげなくては。魚の活性は朝ほどではないが、チャンスは必ず来るはず。そう信じて仕掛けを打ち返した。 午前10時すぎ、uenoさんは魚をかけた。しかし、本命ではなさそう。 「なんかおかしかバイ。クロじゃなかごたるもん。」 案の定、浮いてきたのは、見事な模様のタカノハダイ。 「kamataさん、こら喰わるっとな。」 思いがけない訪問客に困惑気味のuenoさん。潮が悪いときに釣れる魚として、磯釣り師の間では嫌われ者だ。これが釣れるときは、この釣り場は終わり。いや、天の邪鬼の私はこれがよくなるきっかけに思えた。 その直後、私の竿に強烈なアタリが襲った。道糸に結び目ができていて、そこから高切れ。道糸2号とはいえ、結び目ができていては、切れる原因となる。G2の勝負ウキは得体のしれない魚とともに海の底へと消えていった。カーッと頭に血が上った。ここはタックルチェンジと竿を今まで甑島で使ったことのないダイコーの強豪1号を竿ケースから取り出した。道糸は持っている中でも最細の1.75号。ハリスは1.5号、ハリはグレバリ2号、ウキはタックルケースの奥に眠っていた最後のG2を取り出した。今まで甑島で使ったことのない細い仕掛けでチャレンジ。本当は、こんな釣りはしたくなかった。離島の甑島まで来て、細いハリスなんて使いたくない。でも、ボウズで帰るわけにはいかない。魚の食いがシブいなら、その魚に合わせるしかないのかも。 時計の針は10時半を指していた。満潮の時間である。今まで沖に向かって右に向いていた潮受ゴムが左を差し始めた。潮変わりはチャンスと今度は魚を食わせるポイントを左前に設定し、撒き餌を撒いて仕掛けを入れた。蛍光朱色の小粒ウキG2がゆらゆらと前アタリのあった後、じわじわと沈み始めた。ただ、今度の沈むスピードが今までのとは違った。これは本命のあたりだと確信したところで道糸が走った。やり取りに入った。仕掛けが細いので心配したが、2ヒロほどで喰わせたのでやつはわりとあっさり浮いてきた。ばしゃばしゃと水面で跳ねているのは良型の口太だ。玉網を一発でかけて手前に引き寄せる。やった。ようやくボウズ脱出。釣れる時は、あっさり釣れるものだ。ちょっぴり痩せていたが45cmの口太だった。初めて使った極小バリ2号が見事に魚のじごくをとらえていた。 「kamataさん釣れたな。おめでとう。」 「はははは、これで家に帰れます。」 正直にそう思った。これは再び時合い到来だとさっき喰わせた同じポイントを攻めた。やはりじわじわとゆっくりウキが潜行し、道糸を張り気味にして駆け引きをしていたところで我慢できなくなった相手が走る。合わせる。さっきと同じパターンで浮かせる。今度は35cmくらいのここのアベレージサイズを玉網に納め2匹目。潮が下げになって状況が変わったんだ。これからがチャンスと思いきや、残念なことに潮は再び右流れに変わってしまった。その後、潮は思う通りにはならなかったが、時折魚のアタリがぽつぽつあって、お互いに3枚のクロを追加して瀬々野浦の釣りを終えた。ようやく下げ潮になって魚の食いがよくなったところで無念のタイムアップ。釣り場の掃除をして回収の船を待った。後1時間あれば更に魚をものにできたかもしれないがそれはしかたのないところ。後ろ髪を引かれる思いで永福丸に乗り込んだ。 瀬替わりしようか迷ったが、しないで正解だった。ばらしたり、うまく喰わせられなくて、今回はボウズを覚悟した。でも最後までナポレオンを信じてよかった。この閃緑岩の塊が「余の辞書に不可能の文字はない」と言ったかどうかは定かではないが、魚からの交信が途絶えた短い時間というのは、46億年の悠久の地球の歴史からすれば、ほんの一瞬でしかないことを教えてもらったような気がする。 雨の中の渡礁、そして、緊急回収の不安の中でスタートした釣りだった今回の釣行。終わってみれば、海の恵みを手にすることができた。釣り始めは寒かった気候も1月の厳寒期とは思えないような穏やかな空気に変わっていた。 |
今回お世話になったのは永福丸 ちょっとぜいたくな時間 V9がなかったのでV10 暗いうちから仕掛けづくり ここは足場のよかなあとuenoさん 最初の釣果はキビナゴ uenoさんが喰わせたポイント 私の釣り座 瀬替わりしますか〜〜 ようやく釣れた始めの1尾 45cm 2匹目 35cm ここは下げ潮でいいみたい uenoさんの釣り座 上げ潮がいいみたい 平瀬 コブ瀬 黒瀬 タテビラ 鷹ノ巣が見えます 納竿15分前に釣れた1尾 12時と早めの回収でした ありがとう ナポレオン 永福丸さんお世話になりました 今回の釣果 34〜45cm 5枚 |