「kamataさん、ごめん。インフルエンザにかかったバイ。今病院タイ。病院の先生に聞いたら肺炎バ起こしかけとるげな。だけん釣りはいかれん。」
えっ、一瞬耳を疑った。Uenoさんがインフルなんて。
「おら、この日しか行かれんバイ。12日に行こい。」
と、体中からアドレナリンを噴出させながら、釣りへの意欲を見せていたuenoさんが。釣りに行くためにいつも細心の注意を払って病気にならない手立てを講じていた人が。
上物釣りで未だに足を踏み入れたことのない離島鷹島には、単独での挑戦がこれで決定的となった。
お世話になる渡船は、久しぶりのフリースタイル翔さんだ。三角船長の懇切丁寧な誘いと少人数でいいポイントに乗れる確率が高いこの船で向かうのは、瀬割の関係で鷹島となった。
硫黄島にいきたかったが、自分が硫黄島で狙っているポイントは、下げ潮がメインの釣り場ということもあり、今回はパスということに。
また、今良型のクロがバンバン釣れている今が旬の門川に行きたがっていたuenoさんだったが、前回自分の好きなところに行ったということで、今回は自分の希望をかなえてくれたのだった。
しかし、uenoさんはインフルでダウン。無念の思いで病床についていることだろう。
そんなuenoさんのためにも自分1人でも鷹島に行って状況をリサーチするのもいいものだと前向きに考え自宅を1人で出発。
九州自動車道を南に下り、鹿児島から南九州自動車道に入って串木野港についたのが、午前12時前。
フリースタイル翔の場所に行く前に、きらびやかなどでかい船が出航を待っていた。
おそらく、宇治に行くサザンクロスだろう。さすがに離島の本格シーズンを迎えただけあって、かなりの数の釣り人を収容している模様。
2月11日(土)、下り中潮3日目、満潮が10時前。波高予報は1.5mと問題ない予報だ。
12名の釣り師の飲み込んだフリースタイル翔は、午前1時ごろ串木野港を出港した。
後ろの下のキャビンに潜り込み少しでも睡眠を取ろうと試みるが中々眠れなかった。
初めての上物での鷹島行きに心踊っていたのもあるが、船の思いもよらぬ振幅が気になってしまったからだ。
1.5mの予報では考えられないような波で明らかに外海はうねりを伴っていることがわかった。
この船はもともと錦江湾で活躍していたという。
フリースタイル翔となって東シナ海を走るようになり、錦江湾では考えられないような波も経験してきただろう。
大変だと思うが頑張ってくれよ。
そんな馬鹿げたエールを船に送りながら船酔いにならないように得意の胃カメラポーズで耐えること3時間少々でエンジンがスローになった。
船はかなり揺れている。
キャビンの外に出ると、風も結構吹いていた。
ゆらゆらとうねりに翻弄されながら船はゆっくりとまるで牛歩戦術のように目の前の巨大な奇岩に近づこうとしていた。
この波は、2.5mくらいはあるだろう。天空につきだした5つの奇岩城鷹島がサーチライトを浴びて不気味な岩肌を露出させた。
「荷物を前に」
いよいよ渡礁が始まるようだ。そして、すぐに自分の名前が呼ばれた。
「kamataさんも用意してください。」
1人での磯釣りは、慣れているところならよいが、初めての場所は気を使う。
なぜなら、大抵は1人で何とか乗れるような足場が狭いところに乗せられることが多いからだ。不安を抱えながら姿勢を低くして渡礁を待った。
船は、どうやら、2番の北向きの先端に3人の釣り師たちを渡礁させた。
そして、自分の番だ。最初のポイントから1番との水道側に少し入ったところにホースヘッドはつけた。
次の瞬間瀬に駆け上がった。荷物を受け取って足下においた。
足下は狭かったが、上の段は広くなっており、細長いタイドプールには、イスズミの乾いた死骸が浮いていた。
ところがマイナス材料はそれだけで、あとは、1人ではもったいないほどの広々とした場所が待っていた。
「三角船長ありがとう」と船に合図を送り、早速、夜釣りの尾長釣りの仕掛け作りに入った。
ダイワブレイゾン遠投5号に、道糸10号、ハリス8号で、ハリは夜釣り王8号。
ウキは2Bの電気ウキで2ヒロの半誘導仕掛け。2Lサイズのオキアミをつけてとりあえず第1投。
時計を見ると午前5時前。
潮は1番に向かって右に緩やかに流れている。仕掛けを張り気味にして流していると、早速道糸が走り竿がひったくられた。
反射的に竿を立てて応戦。
ところが、やつは横走りしたかと思うと、ふっといなくなってしまった。
どうやら、この場所は予想通りサバが湧いているようだ。
こんな狭い水道にもサバが湧くなんて。
でも、サバも悪くないと、サバ歓迎の方針で釣りを始めた。硫黄島ではサバが湧いているとき、尾長が釣れるときがあったので。
ねらうとなるとこれがなかなか釣れないのも釣りの面白いところ。
釣り人の気配を感じたのか、しばらくはサバは警戒してつけ餌をちょっとかじるだけだった。
しかし、知能指数は高そうだが、そこはやはり魚族。人間の気配を記憶できるのはたかだか15分程度らしく、すぐに私の仕掛けに食いついてくれた。
だが、竿が5号と堅すぎるのか、どうしても竿に乗らない。3連続でバラシ。
ようやく、5時を過ぎたころ、最初のサバをまるでカツオの1本釣りのように抜きあげた。
デカッ。こんなサバ見たことない。50cmをこえるサイズだった。しめサバで、いや、もしかすると刺身でいけるかも。
しっかり血抜きしてクーラーに入れた。そうやってぽつぽつとサバが夜明けまで4匹釣れた。
ところが最高に期待させた薄暗い夜明けは、尾長の気配も感じられずに夜釣りを終えた。
さて、次はクロ釣りと、急いで昼釣りの仕掛けに変更した。竿はダイワメガドライM21.5−53.道糸2号にハリス2.5号を朝マズメだけチョイス。
場所によっては、昼間に連続して尾長が当たってきた場所があるらしかったが、とりあえず口太ねらいで釣り始めた。
30分くらい仕掛けを作りながら撒き餌をして釣り始めたものの、最初は餌も取られない状況だった。
昼釣りで釣り始めて1時間が経過した頃、ようやく、魚の活性が上がってきた。
ウキに反応がでるようになり、最初のアタリをとらえた。まずまずの引きと浮かせると、残念イスズミが跳ねていた。
更に、餌が盗られるようになった。しかし、どうも喰い渋っているようで中々仕掛けを食いつこうとはしない。
何とかしなくてはと、ハリスを1.5号まで落とし、ハリも2号まで落とした。
仕掛けを変えたら魚はよく喰いついてくれるという法則通り、ギューンと魚が走り、さあやり取りだと体制を整えると、バラシ。
「kamataさん、細いハリスほどいいものば買わんば。」
こんなuenoさんの声が後ろで聞こえてきそう。
最近、細ハリスの釣りが多くなり、硫黄島をホームグラウンドにしている自分にとってなれていない釣りでバラシがとても多くなった。
っとこんなことを考えているうちに道糸が走った。ウキがゆっくりとシモり、見えなくなるまで道糸を張りながらじっと我慢していたら、我慢しきれなくなったクロが一気に自分のすみかへと走ったようだ。
やり取りに入る。これは太い。
今までとは違う竿の曲がり。強烈な締め込みだ。先手を取られないように強引に浮かせにかかる。
何とか取れそうな気配。ようやく最初の1匹目だと安堵した瞬間、再び信じられないタイミングで竿が天を仰いだ。
チモトを確認するとハリが曲がっている。
喰わせ重視の細軸軽量バリでは太刀打ちできなかったようだ。
ハリをやや太軸の3号にあげる。ハリスも1.7号に戻した。
さあ急がないと朝マズメが終わってしまうよ。
そうこうしているうちに恐れていたことが起こり始めていた。
ここ2番の1番向きの水道は、とても狭い海峡で激流が流れやすいのではと心配していたことが現実となった。
川のように流れる激流が南から北向きに向かって流れ始めた。
ここ2番ではアテ潮気味に潮が足下を洗っている。それとともに魚からの反応が消えた。
普段、硫黄島などの離島でサラシに潜むクロを拾い釣りすることに慣れている自分には、この激流は難易度が高すぎた。
ガン玉を段打ちにして沈めてみたり、流れのない瀬際の狭い場所を探ったりするが、魚からの応答はなかった。
時計の針が8時半を回ったころ、巌の陰からエンジン音とともにフリースタイル翔がやってきた。
「kamataさんどうですか」ダメのサインを送ると、
「ここは尾長が来るところなんですよ。尾長も取りやすいですよ。潮が変われば釣れると思うんですけど。」
と三角船長も困った様子。
わかってるさ。最初に渡礁した場所よりいいところがあるはずがないもの。
それでも三角船長は「変わりましょうか」と船に乗せて瀬変わり場所を探してくれた。
2番の南の鼻を過ぎて、3番のと水道を見ている。うねりで渡礁場所も限られている状況では瀬変わりも無理というもの。
「船長、さっきの場所でがんばります」
「頑張ってください。1時回収ですよ。」
こんな会話をして再びもとの釣り座に立った。まもなく満潮の潮どまりを迎える。
いまだにクロの釣果がない私。ついに、この離島鷹島まできてボウズを喰らうのか。
焦燥感で胸がいっぱいになる。そんな中、潮がアテ気味から瀬に対して平行に流れるようになっていた。
何かが変わると思ったその瞬間、ウキが今までにないスピートで消し込み、同時に道糸が走った。
この魚はスピードが今までモノとは違っていた。沖で掛けたのにあっという間に手前に突っ込んできた。
この足の速さは口太とは明らかに違う。手前に来た瞬間、時間で言えば、0.5秒くらいで尾長と確信した。
最初のしめこみをメガドライM2のしなやかさでため込んだ。これはとれるかもと期待を持ったと同時に、1.7号ハリスだったことを思い出し急に不安になった。
2度目のしめこみは奴の意図を感じるものだった。潮位が上がって、夜の間は足場として利用できた場所が張り出し根となっており、その場所に向かって一直線。
竿を前に送ってためるが、奴のパワーは想像以上だった。ハリスが張り出し根に触れ、あっという間に仕掛けが飛んだ。
その尾長らしきバラシの後、潮がやや緩くなった。
その隙間をねらって9時半ごろようやく本日の初釣果の口太をゲット。
待ちわびていた魚だけにこの1尾は本当にうれしかった。
そのあとも魚からの交信はあるものの喰わせきれず、また、バラシもあり取れたのは、その中でも12時前の1尾だけということで、悔しいがこれも実力。
更なる研さんを積んでまた鷹島に挑戦したいと思った。
ほろ苦い気持ちで回収の船に乗り込むと、さわやかな青空が広がっていることに気づいた。
帰りの航海も結構な揺れだったが、その揺れが不思議と心の空洞を埋めてくれるのだった。
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