津倉瀬2番
磯釣り師にとっての蜃気楼。それは、鹿児島県の「津倉瀬」という磯群を呼ぶにふさわしい言葉だ。蜃気楼と呼ぶにふさわしいと思う理由は次の通り。 一つは、中々渡礁の機会に恵まれない離島という点だ。 磯釣り天国九州の離島と言えば、いろんな種類がある。人が生活を営む島もあれば、定期便がなく、人も住めない、人が生活していたその痕跡すらないものもある。 二つの目の理由は、その驚くべき魚影の濃さにある。対馬暖流の支流の届くこの地は、潮の本流が流れる場所にあり、津倉瀬自体が巨大な岩礁であるため、巨大魚が回遊し、根魚が豊富に住んでいる。 何を隠そう、自分も津倉瀬の病に冒された1人である。今回の釣りも津倉瀬に行きたいと希っていたが、「休日×自然条件×瀬割」という条件がそろわず断念することにした。 「uenoさん、今度の土日どこに行きますか?」 行くあてもない私はとりあえず師匠uenoさんにふってみることにした。 「この前第八恵比須丸に乗って、結構釣れたよ。尾長みたいなバラシもあったバイ。」 「今恵比須丸に電話したばってん。鷹島に行くげな。どうする?予約しようか。やっぱ土曜日がよかなあ。日曜は次の日がきつかもん。」 とりあえず、行き先が決まってほっとする。後は天候の条件だけだ。 釣行予定前日にuenoさんから電話が入った。 「あのね。出らんげな。風が強かけん。波は1.5mの予報やったばってん。やっぱわからんなあ。どうする?他の所に行くね。それとも、日曜日は出航するげなで、日曜日にするね。」 あの大型の船恵比須丸が出航しないなら、他に離島便に出撃する船は見当たらなかった。Uenoさんには悪いが、 「uenoさん、日曜日にしましょう。鷹島は釣れよるみたいだから、やっぱ釣れるところにしましょう。」 と言い張ってしまった。日曜日の釣りを避けたがるuenoさんも今回は、仕方がないと感じたらしい。 「今電話したバイ。1時出航げな。おらえさバ買うたバイ。」 やれやれ、何とか鷹島にはいけそうだ。ほっと胸をなでおろし、スーパーニシムタで餌を買い、出撃に備える。2月27日の門川以来の釣行にわくわくしながら釣り道具を準備しueno宅に午後10時に集合。荷物と離島への憧憬を車に積んで、川内港へとひた走った。 川内港に着いたのが、午後12時過ぎ。早くも釣り人が荷物を積んで今か今かと出航を待ちわびる状況だった。はやる気持ちを抑えながら荷物を積み込み出航を待った。 「少なかなあ。これならよかとこに乗らるっかもしれんバイ。」 一つ心配事があった。それは、恵比須丸の渡礁システムだ。船長が渡礁させたい磯場に近づき、釣り人が名乗りを上げて渡礁するという極めて原始的なシステムをとっているからだ。鷹島に詳しい釣り人なら自分の希望する磯への渡礁が容易だ。どこに乗ったらいいのか見当もつかない自分にとってこのシステムはつらい。 「確か2番やったと思うバイ。そこに乗せてもらおい。」 実はuenoさんは3月の終わりに鷹島の2番に乗って2ケタ釣り、尾長の来襲を受けたらしい。もちろん取れなかったが・・・。その時のいい思いがuenoさんの心を動かしているようだ。 午前0時40分、恵比須丸は静まり返った川内港を離れた。船は凪の東シナ海を滑るように走る。「鷹島まで2時間バイ」そう言いながら、uenoさんはキャビン内で横になった。 どれくらい眠っただろう。気がつくとエンジンがスローになった。毛布をたたんでキャビン内を見渡すと、釣り人はだれもいなかった。どうやら、みんなデッキにでたらしい。磯靴を履こうとすると、傍らでuenoさんが驚きの声で話しかけてきた。 ゆっくりと船が近づく巌は確かに見たことのある磯だ。それは紛れもなく津倉瀬1番だった。1番をなんとスルーして2番に近づく。 「3番のりますか。クロが結構釣れたよ。」 「今だ。」素早く3番の北向きに慎重に飛び乗る。荷物を受け取ると、高い場所において安全を確保する。何度やっても渡礁は緊張の一瞬だ。 底物師の方にあいさつを済ませると、早速仕掛け作りに入った。さて、これからこの3番は私たちにどんなドラマを用意してくれているのだろう。
荷物を高台にあげて、鷹島に来たつもりが津倉瀬に来ていたという幸運をかみしめながら周囲を見渡す。妖艶な夜光虫の帯が漆黒の海に点々と広がっている。風が肌に心地よい。少々うねりがあり、先端は波を被っているが、海は驚くほど静かだ。 さあ、観光に来たわけじゃないぞ。仕掛けを作ろうか。竿はダイワブレイゾン遠投5号に道糸10号、ハリス10号の電気ウキ仕掛け。タナは2ヒロから始めた。先に仕掛けを作って釣りを始めていたuenoさんが状況を伝えてきた。 自分も仕掛けができるとuenoさんの右隣で釣らせてもらうことに。赤い電気ウキが暗闇に抱かれ潮に乗って漂っている。仕掛けを回収。餌がついている。足下に撒き餌を入れ、やはり流していくが全く反応がない。 水平線から白い朝がやってきた。少しずつ周りが明るくなるにつれて、餌盗りさえ消えていた理由がはっきりとわかってきた。それはあまりにも残酷なポセイドンの仕打ちだったのか。その悲しい現実は視覚的にも明らかだった。ところどころに色鮮やかな赤いペンキを流したような海が眼前に広がっていたのだ。 「uenoさん、これ赤潮ですかね。」 「じゃんなあ。こら釣れんバイ。」 正直終わったと思った。折角、めったに渡礁できない津倉瀬3番に乗れたと思ったのに。だから、魚が口を使わなかったのか。そう言えば、前に一度赤潮に遭遇したことがある。数年前の甑島だ。赤い帯が手打西磯に沿って信じられないような広範囲に広がっていた。当然魚は口を使うことなく、惨敗を喰らって帰路に着いたっけ。 赤色の水が瀬際まで押し寄せている。夜が明けてしばらくはなすすべもなく恨めしく赤い海を見つめ続けていた。釣りにならないので、昼釣り用の仕掛けを作って赤潮が離れるのを待った。 Gure summitの風雲児氏の情報によると、これはどうも「ノクチルカ赤潮」らしい。ノクチルカというプランクトンは夜光虫とも呼ばれ、大量に発生すると海水が赤く、またはピンク色に染まったように見える。しかし、毒性はないそうで、むしろ春の風物詩と思われている地域もあるそうだ。 さあそろそろいいだろう。時計は6時半を過ぎていた。朝マズメの尾長を期待して、夜釣りの仕掛けのまま足下から流していくと道糸が一気に走った。よしっ、この時間帯で釣れる魚と言えば尾長だろう。慎重にやり取りしながら魚を浮かせにかかると思いのほか軽かった。抜きあげると、36cmほどの口太が第1号として登場した。夜が明けたのに、ハリス10号、鯛バリ12号に喰ってくるなんてさすが津倉瀬だ。 口太が釣れてうれしかったが、今日の本命は尾長グレのはず。デカ番が喰ってきても取れるように夜釣りの仕掛けで釣り続けた。潮に流して4番の先端まで流しては回収を繰り返す。 Uenoさんは、北向きの先端の左にあるワンドをねらっている。「おらまだ尾長バあきらめてなかバイ。」ワンドで尾長が当たってくると信じて4号ハリスでワンドを攻め続けている。 さすがに、20匹をこえると、夢中になって釣っていた自分に飽き飽きしてきた。こんなに釣ってどうするんだ。持ってきていたクーラーにはもう魚が入らないではないか。型が32cm〜38cmくらいで、40オーバーがどうしても出ない。 ああ、心地よい潮風だ。最高の釣り場、最高の条件で釣りをさせてもらえる幸せは語りつくせない喜びだ。とめどもなく続く魚信に脳内モルヒネであるドーパミンを絞りつくされて、菓子パンを握りしめたまま放心状態になっていた。合わせを入れ続け乳酸がたまってしまった左腕の疲労の心地よさを感じながら、私はしばらくの間津倉瀬の海を見つめ続けていた。 しばらく休憩した後、再び竿をにぎった。潮が南方向に流れているときは、ポツリポツリと拾い釣りの時間帯になった。 尾長を期待して沖へ流し続けるが、どうしてもクロの層を突破できない。餌盗り化したクロを最後までかわすことができず、午前12時を回ったところで納竿することにした。魚も思い出もいっぱいになり、回収の船に乗り込んだ。非現実の世界から現実の世界に引き戻された瞬間だった。 |
川内港発の「第八恵比須丸 2番からの渡礁 赤潮が・・・ 夜釣り仕掛けで早くもクロをゲット 北向き先端で尾長ねらい ここが釣り座です 底物も絶好調 uenoさんも休憩 8時半ごろにはクーラー満タン 尾長をしつこく狙うuenoさん タカベですが・・・何か? 唯一の外道ベラくん 釣っても釣ってもこればっかり クーラーおかわりしました 回収で〜〜す 現実に戻る瞬間 ありがとう またくるよ 津倉瀬3番北向き 私クロ40枚 uenoさんクロ28枚 |