4/15 春磯の蜃気楼 津倉瀬


津倉瀬2番

 磯釣り師にとっての蜃気楼。それは、鹿児島県の「津倉瀬」という磯群を呼ぶにふさわしい言葉だ。蜃気楼と呼ぶにふさわしいと思う理由は次の通り。

 一つは、中々渡礁の機会に恵まれない離島という点だ。

 磯釣り天国九州の離島と言えば、いろんな種類がある。人が生活を営む島もあれば、定期便がなく、人も住めない、人が生活していたその痕跡すらないものもある。

 津倉瀬は、その数ある離島の中で、最も人の渡礁を寄せ付けないカテゴリーに属すると言ってよい。草垣群島は縄文人や旧日本軍が留まった痕跡が見られるし、宇治群島においても漁業の目的で入植を試みた例がみられる。
 ところが、津倉瀬は島とは言い難い大小4つの巌があるだけの離島である。磯場がかけ上がり状になっている場所が多く、また、太古の昔から何層もの磯海苔が付着し、滑りやすい。時化ると逃げ場がなく、渡船屋泣かせの磯場だ。だから、津倉瀬に渡礁したくても、凪の日でないとその願いは中々かなわない。

 津倉瀬をめざしたが、うねりや風などの条件から引き返し、手前にある鷹島に撤退を余儀なくされた話をよく聞く。

 私も津倉瀬に何度もチャレンジしたが、大抵は自然条件が合致せず、今まで渡礁できたのは3回しかない。中々渡礁ができないまるで幻のような磯場という意味で蜃気楼と呼ぶにふさわしいのである。

 二つの目の理由は、その驚くべき魚影の濃さにある。対馬暖流の支流の届くこの地は、潮の本流が流れる場所にあり、津倉瀬自体が巨大な岩礁であるため、巨大魚が回遊し、根魚が豊富に住んでいる。

 それに加えて、人間を中々寄せ付けないのだから魚影の濃さは折り紙つきだ。特に、石鯛、クロ、尾長の魚影は抜群。この津倉瀬の釣りで釣り人はみな魚をかけた時に脳内に放出されるであろうドーパミンを絞り取られてしまう。とめどもなく続く魚信に我を忘れて釣り続ける釣り人は後を絶たない。

 そして、港を帰ってからも津倉瀬という名を呼び続ける病に冒されてしまうのだ。まるで、麻薬常用者のように。津倉瀬の幻を追い求める釣り人の言動からもそこが蜃気楼であることは疑いのない事実だと思えてしまう。

何を隠そう、自分も津倉瀬の病に冒された1人である。今回の釣りも津倉瀬に行きたいと希っていたが、「休日×自然条件×瀬割」という条件がそろわず断念することにした。

uenoさん、今度の土日どこに行きますか?」

行くあてもない私はとりあえず師匠uenoさんにふってみることにした。

「この前第八恵比須丸に乗って、結構釣れたよ。尾長みたいなバラシもあったバイ。」

 今年に入っての釣りで全く結果を出せないでいた私は、すぐにuenoさんの誘い水にのってしまった。

 釣行予定の土曜日は、サザンクロスは宇治の1泊釣りで無理だし、フリースタイル翔はタイラバ釣りなのでオミット。残るは、川内港を基地とする第八恵比須丸しか思い当らなかった。

「今恵比須丸に電話したばってん。鷹島に行くげな。どうする?予約しようか。やっぱ土曜日がよかなあ。日曜は次の日がきつかもん。」

 とりあえず、行き先が決まってほっとする。後は天候の条件だけだ。

 釣行予定前日にuenoさんから電話が入った。

「あのね。出らんげな。風が強かけん。波は1.5mの予報やったばってん。やっぱわからんなあ。どうする?他の所に行くね。それとも、日曜日は出航するげなで、日曜日にするね。」

 あの大型の船恵比須丸が出航しないなら、他に離島便に出撃する船は見当たらなかった。Uenoさんには悪いが、

uenoさん、日曜日にしましょう。鷹島は釣れよるみたいだから、やっぱ釣れるところにしましょう。」

と言い張ってしまった。日曜日の釣りを避けたがるuenoさんも今回は、仕方がないと感じたらしい。

「今電話したバイ。1時出航げな。おらえさバ買うたバイ。」

 やれやれ、何とか鷹島にはいけそうだ。ほっと胸をなでおろし、スーパーニシムタで餌を買い、出撃に備える。227日の門川以来の釣行にわくわくしながら釣り道具を準備しueno宅に午後10時に集合。荷物と離島への憧憬を車に積んで、川内港へとひた走った。

 川内港に着いたのが、午後12時過ぎ。早くも釣り人が荷物を積んで今か今かと出航を待ちわびる状況だった。はやる気持ちを抑えながら荷物を積み込み出航を待った。

 4
15日(日)長潮。波高予想1mと全く造作もない予報。釣り客は8名。そのうち半数は底物師のようだ。船の中でuenoさんが呟く。

「少なかなあ。これならよかとこに乗らるっかもしれんバイ。」

 一つ心配事があった。それは、恵比須丸の渡礁システムだ。船長が渡礁させたい磯場に近づき、釣り人が名乗りを上げて渡礁するという極めて原始的なシステムをとっているからだ。鷹島に詳しい釣り人なら自分の希望する磯への渡礁が容易だ。どこに乗ったらいいのか見当もつかない自分にとってこのシステムはつらい。

「確か2番やったと思うバイ。そこに乗せてもらおい。」

 実はuenoさんは3月の終わりに鷹島の2番に乗って2ケタ釣り、尾長の来襲を受けたらしい。もちろん取れなかったが・・・。その時のいい思いがuenoさんの心を動かしているようだ。

 午前040分、恵比須丸は静まり返った川内港を離れた。船は凪の東シナ海を滑るように走る。「鷹島まで2時間バイ」そう言いながら、uenoさんはキャビン内で横になった。

 どれくらい眠っただろう。気がつくとエンジンがスローになった。毛布をたたんでキャビン内を見渡すと、釣り人はだれもいなかった。どうやら、みんなデッキにでたらしい。磯靴を履こうとすると、傍らでuenoさんが驚きの声で話しかけてきた。

kamataさん、ここは鷹島じゃなかバイ。津倉瀬のごたる。どうりで時間がかかったと思った。」

 思わず時計を確認する。3時をまわっていた。本当だ2時間半近くかかっていた。確かに鷹島に行くのにこんなに時間がかかるはずはない。なぜ鷹島行きだったのに津倉瀬になったのかな。もともと津倉瀬の瀬割だったのかもしれない。事の顛末はどうであれ、憧れの磯に近づいている状況に心臓の鼓動がそれに呼応して速くなっている。

 ゆっくりと船が近づく巌は確かに見たことのある磯だ。それは紛れもなく津倉瀬1番だった。1番をなんとスルーして2番に近づく。

2番にのるっかい」

船長がいつものごとくアバウトなひと声を発する。底物師らしき釣り人が渡礁。更にもう1か所2人組を渡礁させた後、ポーターさんから声がかかった。

3番のりますか。クロが結構釣れたよ。」

 おーっ。信じられない。津倉瀬に行くだけでもすばらしいことなのに、その中でも実績抜群の3番に乗れるとは。

 ピン底物師の方と3人での渡礁となった。うれしさで手が震えながらも荷物を船首部分にぎこちなく運ぶ。船が磯に近づく。船首部分のタイヤが接岸地点をさがしながら磯壁に張り付いた。

「今だ。」素早く3番の北向きに慎重に飛び乗る。荷物を受け取ると、高い場所において安全を確保する。何度やっても渡礁は緊張の一瞬だ。

 底物師の方にあいさつを済ませると、早速仕掛け作りに入った。さて、これからこの3番は私たちにどんなドラマを用意してくれているのだろう。

 荷物を高台にあげて、鷹島に来たつもりが津倉瀬に来ていたという幸運をかみしめながら周囲を見渡す。妖艶な夜光虫の帯が漆黒の海に点々と広がっている。風が肌に心地よい。少々うねりがあり、先端は波を被っているが、海は驚くほど静かだ。

 さあ、観光に来たわけじゃないぞ。仕掛けを作ろうか。竿はダイワブレイゾン遠投5号に道糸10号、ハリス10号の電気ウキ仕掛け。タナは2ヒロから始めた。先に仕掛けを作って釣りを始めていたuenoさんが状況を伝えてきた。

「ぜんぜん餌盗られんバイ。」

 自分も仕掛けができるとuenoさんの右隣で釣らせてもらうことに。赤い電気ウキが暗闇に抱かれ潮に乗って漂っている。仕掛けを回収。餌がついている。足下に撒き餌を入れ、やはり流していくが全く反応がない。

「アタリあるね。」

ueno
さんが尋ねる。

「いいや、まったくですねえ。」

いつもはマツカサ類がアタックしてくるのだが、おかしなことにマツカサさえもいないのか。1時間を過ぎても2時間を過ぎてもこの状況は変わらなかった。最近の津倉瀬では夜釣りはあまり期待できないので、夜明けに期待することにした。

水平線から白い朝がやってきた。少しずつ周りが明るくなるにつれて、餌盗りさえ消えていた理由がはっきりとわかってきた。それはあまりにも残酷なポセイドンの仕打ちだったのか。その悲しい現実は視覚的にも明らかだった。ところどころに色鮮やかな赤いペンキを流したような海が眼前に広がっていたのだ。

uenoさん、これ赤潮ですかね。」

「じゃんなあ。こら釣れんバイ。」

 正直終わったと思った。折角、めったに渡礁できない津倉瀬3番に乗れたと思ったのに。だから、魚が口を使わなかったのか。そう言えば、前に一度赤潮に遭遇したことがある。数年前の甑島だ。赤い帯が手打西磯に沿って信じられないような広範囲に広がっていた。当然魚は口を使うことなく、惨敗を喰らって帰路に着いたっけ。

赤色の水が瀬際まで押し寄せている。夜が明けてしばらくはなすすべもなく恨めしく赤い海を見つめ続けていた。釣りにならないので、昼釣り用の仕掛けを作って赤潮が離れるのを待った。

 夜明けから30分ほどして赤い帯がだんだん3番から遠くなっていった。幸い赤潮の規模はそれほど大きくなく、潮が流れ始めると赤潮は遠くへ流れて行ってしまった。

 Gure summitの風雲児氏の情報によると、これはどうも「ノクチルカ赤潮」らしい。ノクチルカというプランクトンは夜光虫とも呼ばれ、大量に発生すると海水が赤く、またはピンク色に染まったように見える。しかし、毒性はないそうで、むしろ春の風物詩と思われている地域もあるそうだ。

 さあそろそろいいだろう。時計は6時半を過ぎていた。朝マズメの尾長を期待して、夜釣りの仕掛けのまま足下から流していくと道糸が一気に走った。よしっ、この時間帯で釣れる魚と言えば尾長だろう。慎重にやり取りしながら魚を浮かせにかかると思いのほか軽かった。抜きあげると、36cmほどの口太が第1号として登場した。夜が明けたのに、ハリス10号、鯛バリ12号に喰ってくるなんてさすが津倉瀬だ。

 口太が釣れてうれしかったが、今日の本命は尾長グレのはず。デカ番が喰ってきても取れるように夜釣りの仕掛けで釣り続けた。潮に流して4番の先端まで流しては回収を繰り返す。

 しかし、尾長の反応はない。そのうちuenoさんが昼釣りに参戦。隣で早くも口太の入れ食いモードが始まった。2,3、4匹と次々と抜きあげる。ううん、しばらく我慢していたが、隣で入れ食いを見せられちゃタマラナイ。こちらも昼釣りの仕掛けで釣り始めた。

 結果は、すぐに出た。海面を漂っていたG2のウキが一気に海中に消えた。早くもアテンダー2.5号が美しい弧を描いていた。しかし、2連続バラシ。よく考えたらここは津倉瀬だった。鷹島に行くとばかり思っていたので、ハリも4号、ハリスもuenoさんが使っている4号は持っていなかった。

 ハリを8号に一気に上げると、すぐに魚が答えを返してくれた。津倉瀬に細ハリスと小バリはいらない。そんなことを考えながら、足下から流して喰わせて抜きあげてを繰り返した。釣果が2けたになったところで時計を確認。まだ7時半ごろだった。

 Uenoさんは、北向きの先端の左にあるワンドをねらっている。「おらまだ尾長バあきらめてなかバイ。」ワンドで尾長が当たってくると信じて4号ハリスでワンドを攻め続けている。

 こちらは先端の鼻より右から仕掛けを流していった。沖で尾長をかけようとするが、どうしてもその道中で口太が喰ってきてしまう。浅くしても深くしても全て口太。どこを攻めても口太。よそ見してても口太。いい加減にしろ口太。

 更に明るくなって偏光グラスで海の中を見ていると、いるはいるはクロがうじゃうじゃいる。まるで硫黄島の血に飢えたイスズミ歩兵軍団のように、ここ津倉瀬では本命口太のソルジャー部隊がいた。何千匹いや何万匹いる気がする。ここはクロが本命であり餌盗りでもあるというアウフヘーベンされた世界らしい。

 さすがに、20匹をこえると、夢中になって釣っていた自分に飽き飽きしてきた。こんなに釣ってどうするんだ。持ってきていたクーラーにはもう魚が入らないではないか。型が32cm〜38cmくらいで、40オーバーがどうしても出ない。

 数はいらないからよい型の魚がほしい。尾長が釣りたい。釣り人は釣れたら釣れたでまた贅沢な悩みを持つ輩だ。船に乗る前は「1匹でもいいから釣りたい」だったのに、「よい型が数釣れてほしい」に変わってしまう。まだ、解脱するほど煩悩を味わっていない自分は、思わず狩猟本能なのか煩悩のなせる技なのか魚を釣りたいという意欲は衰えることを知らない。

 今まで北向きの鼻に向かって流れていた潮が南向きに変わったところで喰いがようやく止まり、休憩することにした。時計を見るとまだ午前8時半。底物師の方は、ベテランらしくさすがの腕。赤貝の荒割をした餌をつけて次々に石鯛を抜きあげる。2kgクラスの本石を3枚ほどゲットされて一服されておられた。

 ああ、心地よい潮風だ。最高の釣り場、最高の条件で釣りをさせてもらえる幸せは語りつくせない喜びだ。とめどもなく続く魚信に脳内モルヒネであるドーパミンを絞りつくされて、菓子パンを握りしめたまま放心状態になっていた。合わせを入れ続け乳酸がたまってしまった左腕の疲労の心地よさを感じながら、私はしばらくの間津倉瀬の海を見つめ続けていた。

 しばらく休憩した後、再び竿をにぎった。潮が南方向に流れているときは、ポツリポツリと拾い釣りの時間帯になった。

 9時半ごろ干潮の潮どまりがやってきた。再び潮が北向きに流れだした。それとともに魚の喰いがまた帰ってきた。しかし、釣っても釣って口太ばかりだ。たまには他の種類の魚が釣れてくれないかなと思うのだが。硫黄島のイスズミが恋しくなってきた。

 よしっ、クロ以外の魚だと喜んだのもつかの間、唯一の外道はベラくんだった。それくらい今日のクロの勢いはすさまじかった。

 尾長を期待して沖へ流し続けるが、どうしてもクロの層を突破できない。餌盗り化したクロを最後までかわすことができず、午前12時を回ったところで納竿することにした。魚も思い出もいっぱいになり、回収の船に乗り込んだ。非現実の世界から現実の世界に引き戻された瞬間だった。

 釣っているときは、気付かなかったが、津倉瀬のロケーションが思いのほか美しいことがわかった。それをしばしの間楽しんだ。またここに来れるのいつになるだろう。

 弱い雨が降り始めた津倉瀬が船が遠ざかるにつれてぼんやりと見えなくなる姿を見届けながら春磯の蜃気楼にまた行こうと心に決めるのだった。


川内港発の「第八恵比須丸

2番からの渡礁

赤潮が・・・

夜釣り仕掛けで早くもクロをゲット

北向き先端で尾長ねらい

ここが釣り座です

底物も絶好調

uenoさんも休憩

8時半ごろにはクーラー満タン

尾長をしつこく狙うuenoさん

タカベですが・・・何か?

唯一の外道ベラくん

釣っても釣ってもこればっかり

クーラーおかわりしました

回収で〜〜す 現実に戻る瞬間

ありがとう またくるよ 津倉瀬3番北向き

私クロ40枚 uenoさんクロ28枚


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