香しい季節5月。生き物たちが躍動し生命の息吹きで風薫る5月。トパーズ色の風にコバルトブルーの海。
その海の中でも岩礁の穴や割れ目にひっそりと暮らしていた魚類たちが外に出て活発に活動を始めその生命を謳歌する。
地球の創造主は、何ともすばらしい季節を用意してくれたのだろうか。
地球の地軸の傾き23.4度がもたらすこの奇跡をこれまた謳歌する種族がいる。
それは、磯釣り師である。
12月ごろから始まったと思われる南九州の尾長グレシーズンも終焉の5月を迎えようとしていた。
GWに満を持して宇治群島へと出撃したものの、用心棒のサメの来襲と、ムロアジ歩兵軍団の防衛に、ついに、堅固な要塞「鮫島」を攻略することが出きずに無念の思いを持って帰港した。
今年は尾長グレに逢えないでシーズンを終えてしまうのか。そんな焦燥感に苛まれていたとき、再びチャンスが巡ってきた。
5月の学校行事の代休で出撃可能な日ができた。5月28日である。
この最後のチャンスに離島に行く便はないかネットサーフィンを試みた。検索という21世紀を代表するキーワードの方法で目に留まったのは、サザンクロスが28日に津倉瀬に行くという情報だった。
春から、クロのよい釣果が聞かれるようになったのは宮崎などの太平洋側の釣り場だったが、東シナ海側の釣り場は、特に離島では5月に入り、底物を除いて上物では例年になく不調が続いていた。
宇治群島でボウズも珍しくなく。あれほど好調だった津倉瀬でも、底物はコンスタントに釣果が出ているものの、上物は釣る人で7,8枚という厳しさ。
「水島のイサキを狙おうか。」というuenoさんの言葉もうなずけた。
しかし、南九州の離島では、離島ならではというデカバンと数釣りの可能性がある。
「uenoさん、サザンクロスが津倉瀬に行くみたいですよ。」
と同じく代休日の釣行を考えていたuenoさんにこんな話をすると、すぐに
「よかばい、津倉瀬は釣るっとな。」
と話に乗ってきた。
前回の宇治の惨敗から、
「おらイサキが喰いたくなった。」
と弱気になっていたが、津倉瀬という言葉を聞いたものだからタマラナイ。
Uenoさんの本当の狙いは尾長グレだ。
「サメはおらんやろなあ。おらサメのおっとこは好かんたいなあ。」
とあっさりと津倉瀬行きを承諾したのだった。
このところの安定した天候のおかげであっさりとサザンクロスから出航許可が出た後、時間のない中で釣り道具を整えた。
5月28日、小潮2日目。硫黄島での満潮は午前11時半。
夜釣りは下げで、昼釣りは上げ潮で釣りという潮回り。
潮回りは芳しくないが、津倉瀬の海が何とかしてくれるだろう。夢とロマンを乗せて27日の夜10時に出発、一路串木野港をめざした。
静寂そのものの串木野港に着いたのが出航1時間前の12時。
10分後船長か軽トラックで現れた。海は凪で津倉瀬行くらしい。
本日の客は5名。キャンセルが出たらしく、出航最低人数となった。
船長に津倉瀬の状況を尋ねてみる。
「底物はよく釣れてるんですけどね。上物がぱっとしないんですよ。口太も釣る人で6,7枚。尾長もアタリはあるんですけど、とれないみたいですよ。」
4月は口太の活性が高くて尾長の口元まで餌を届けることができなかったが、今度は活性がない中での釣りになりそう。
「タナが深いですよ。1本半とか2本とか。」
今回は前回の宇治のような忍耐の釣りになりそうだ。
離島行きの最低人数の5人という事実は、船を30分早く出航させた。漆黒の東シナ海を船はゆっくりと進んでいく。
離島の瀬渡し船としては最大クラスの大型船。対馬暖流に逆らって走ること2時間半でエンジンがスローになった。
「底物の○○さんから行きますよ。南からのうねりがあるから気をつけてください。」
ライジャケを羽織ってデッキの外に出て潮風に当たってみる。波に振幅に合わせながら船の前方部に出る。
サーチライトが照らす前方には圧倒的な迫力で釣り人を拒んでいるかのような巌が忽然と現れた。
紛れもなくここが津倉瀬2番の南東向きの釣り座であることが現認できた。釣り人にとっての蜃気楼の今日の表情はとても優しかった。
最初の渡礁を難なく済ませ、船は反転し、3番へと向かった。
「kamataさん、準備してください。」
よしっ、3番に渡礁だ。と思いきや、他の二人組が準備している。あれっ。後で聞いてみると、もう一人の組は「kawamata」さんというらしく、間違えられたようだ。
しかし、これは問題のない間違いだった。なぜなら、3番の南向きか北向きかという違いだからだ。どちらも津倉瀬を代表する名礁だから、どちらでもしてやったりなのだ。
3番の南向きに二人の底物師と上物師が渡礁。そして、我々は最も乗りたかった3番の北向きを難なくゲット。
「下げが川のように流れています。裏側の4番との水道をねらってください。上げになったら、1人は先端に出て流して。潮が4番に当たってきたら4番の瀬際をねらって。」
船長は懇切丁寧なアドバイスを我々に送って去っていった。
荷物を高い段にあげて、深呼吸してみる。ああまた蜃気楼津倉瀬に来ることができた。頬をなでる潮風が心地よい。缶ビールを空けて、ぐびっと一口。磯師にだけ許された至福の時だ。
潮風に当たりながら飲むビールほどうまいものはない。しばらくの間津倉瀬にいるという時を楽しんだ。
その間に、uenoさんは仕掛けを作って、4番との水道で夜釣りを始めている。
「なんかおるバイ。マツカサやろう。ばってん潮の速かなあ。」
早くも餌盗りに苦戦しているもよう。今まで、津倉瀬の夜釣りでは餌すら盗られなかったのだが、これは何かが変わったのかも。
こちらも負けじとタックルの準備に取り掛かる。竿はダイワブレイゾン遠投5号に道糸ハリスとも8号。潮が速いため、3Bの電気ウキにガン玉を段打ちして完全に仕掛けを沈めて瀬際に落ち着かせる宙釣りのような釣り方でスタート。
Uenoさんの隣に釣り座を構え、尾長グレねらいに徹した。タナはとりあえず竿1本半あたりをねらってみた。
タナを変えながら瀬際に仕掛けが行くようにして探ってはみるものの、反応があるのはマツカサらしきあたりだけだ。
シブダイが喰うかもと忍ばせていたホタルイカのえさも盗られるだけ。
水平線が白々とし始めていた。いよいよ何のドラマも起こることなく夜釣りが終わろうとしていた。
「やっぱり、ここでは夜釣りはダメみたいですねえ。」
uenoさんに声をかけたときだった。もぞもぞと何かが餌をくわえたようだ。間髪いれずに合わせを入れる。
喰った。喰った。まずまずの手ごたえ。餌盗りではないと確信したが、デカバンでもないようだ。強引にやり取りに入る。奴は一気に瀬際に突っ込みを見せるが、5号竿のパワーには及ばないようで、あっさりと水面をわった。
「クロやろうなあ。」
期待せずにぶりあげ、ライトをあてて驚いた。43mの小ぶりだが、尾長グレだったのだ。
「kamataさん、なんやったね。うっ、尾長な。よかなあ。ボウズ脱出バイ。」
uenoさんが祝福してくれた。この釣果の後更なる尾長グレのアタックを期待したが、この後はuenoさんが釣ったオジサンが最後の夜釣りの釣果となったのだった。
津倉瀬では、夜が明けてからが尾長グレのチャンスタイムだと船長が言っていた。これからがチャンスだ。
竿は、がま磯アテンダー2.5号ー53、道糸ハリスともに4号で勝負だ。潮は干潮の時間帯と思うのだが、相変わらず南方向に走っている。
餌を撒いて魚の動きを見てみる。餌取りが活発に餌を拾う姿が確認できた。餌取りもいるが、口太もかなりいる模様。4月の時とかわらないようなのだが、津倉瀬でいったいなにが起こっているのだろう。
夜が明けて、いつもの先端の釣り座で釣り始める。餌が盗られる。活性はまずまずだ。
餌を撒いて更に釣り続けるが、どうしても喰わせきれない。まずタナを変えてみる。ハリスやハリを落としてみる。喰いがシブいのかもと全遊動で攻めてみる。
どうもうまくいかない。船長が首をかしげる理由はわからないが、4月までのクロとは違うようだ。4号ハリスをもろともせずに喰ってきたあの活性の高さは一体どこへいってしまったのだろう。
干潮の潮どまりだろうか、速かった潮が幾分緩やかになった時だった。魚を喰わせきれない中、津倉瀬で今まで最も実績の高かった3Bの半遊導1ヒロ半で鼻の先端部分から流していたウキがゆっくりと消し込まれていった。
道糸を張りながら魚の反応をうかがっていると、道糸が走りやり取りに入った。2.5号の竿のパワーにはやや役不足の口太がすぐに浮いてきた。
すぐに抜きあげてドンゴロスに入れる。なんだ、取り越し苦労か。別に喰い渋っているわけではなさそうだ。時計を見ると午前6時過ぎだった。
ところが、次のグルクンが釣れたところで再び魚からの反応が消えた。でも、タナが1ヒロ半で釣れたし、グルクンが釣れたということは、水温もそんなに低いわけではないようだ。
次の時合いは、8時前にやってきた。潮が北向きの鼻をはさむように流れ始めたとき、ウキが一気に消し込んだ。
手前に寄せて抜きあげる。きれいな口太だ。サイズは35cmくらい。これから、しばらくの間口太の入れ食いが続く。6枚目を釣ったところで、uenoさんを呼んだ。
「uenoさんこっちで釣りませんか。」
さあ、これからしばらく口太のおみやげを確保しようと、2号ハリスで釣り続けるが、再び喰いがぱたりと止まった。
ううむ、これが船長が言っていた「ぱっとしない」という状況なのか。
喰いが止まった理由は、どうやら潮によるようだ。鼻の方向に向かって潮が動く時は、魚の活性が上がるのだが、潮が2番との水道の本流に引かれる潮になって2番方面に流れだすとどうも喰いが悪くなる。
魚の喰いが止まった。ふと考えてみた。今日のねらいは何か。そう尾長グレだった。尾長をねらわなくては。一体尾長グレはどこにいるのだろう。4番との水道で瀬際をねらっているが、反応はない。
午前9時を回った。潮が鼻の向きと平行に流れだした。これは、この釣り座でこれまで経験した中で最も実績が高い潮だ。
手前から流していると口太が喰ってしまう。口太は、もう2けたに乗せたので、もう口太はいらない。尾長グレはどこだ。瀬際にいることは間違いないと思うが、タナは深いし、とれるとは思えない。
ならば、沖に浮いている奴をねらおう。どうもさっきから気になる現象が見えていた。鼻からまっすぐ沖に向かって、時折ばしゃばしゃとやっている。
何かが浮いている模様。浮いているとなると、それは、口太か尾長グレしか思い浮かばなかった。
あの魚が何か調べてみよう。仕掛けを手前の口太に喰われないように、遠投して流し始めた。
撒き餌を堅めにして遠投した。しばらく餌だけが盗られる状態だったが、あるときウキがものすごいスピードで消し込まれ、道糸が走った。
竿を立ててやり取りに入る。してやったりだが、今度の相手は今までのものとはパワーが格段に違った。キーンと糸鳴りがしている。糸を出さずに何とか耐えているが、奴はぐんぐん抵抗を見せる。
2回目の強烈なトルクが竿に伝わったかと思うと、竿が天を仰いだ。無念のバラシ。仕掛けを回収して点検してみる。
ハリスが真ん中から切れていた。どうやら沖に根があるらしく、根の向こう側で喰ってきた魚が根に一直線。瀬ズレで切られたようだ。カーッと頭に血が上った。すぐさまハリスを4号に上げる。
しかし、これまた4号にあげた途端にくわないんだなあ。
しかたなく、再びハリスを2号まで落とす。2号で取れるの?と言われればそれまでだが、喰わないんだから仕方がない。
そんな尾長グレと口太の攻防戦を演じていると何やら黒くてでかい物体を見かけた。そいつは、2m〜3mはありそうな魚体だ。確認できただけでも3匹はいた。
2m級の尾長グレがいるはずはない。そのなぞ生命体の正体はuenoさんが餌取りの中で最も恐れているサメだった。
彼らは、こちらが釣りあげようとする獲物を横取りするというとんでもない輩である。おまえらは、宇治群島だけに出没するだけではなく、津倉瀬にも来てたのかい。
魚の喰いが極端に悪くなるはずだ。あんな用心棒がうろうろしていちゃあグレもたまったものじゃあないだろう。釣り人も、餌盗りと本命の関係以外にサメとの関係を考えなければ釣りはできなかった。
あんなサメがいてはクロが恐ろしがって餌を喰うはずがない。サメは撒き餌に反応していたので、撒き餌をしばらくしないで、サメが去っていくのを待った。
しばらくして、サメの姿が見られなくなったので、釣りを再開した。
満潮と思われる午前11時ごろを過ぎると、潮が変わり再び夜釣りと同じ潮が南向きに流れだした。
かなり速い潮だ。Uenoさんは、この潮で再び夜釣りで釣っていた4番との水道に釣り座を構えた。
私は、2番向きの瀬際を流し続けた。ぎりぎりの時間まで尾長をさがし続けたが、ついに回収まで尾長に巡り合うことはなかった。
最後に、釣り終了の合図として、津倉瀬3番は私に口太とグルクンを1匹ずつプレゼントしてくれたのだった。
回収20分前に釣りをやめ、片づけに入る。磯場を流し、ゴミをまとめる。遠くから船のエンジン音が聞こえてきた。
いつも思うことだが、この蜃気楼を離れることが妙に寂しくなってきた。デカ尾長は釣れなかったが、津倉瀬の海の恵みと磯釣りというすばらしくかけがえのない時間を楽しむことができた。
自分がこの地球で確かに存在しているという実感を持たせてくれる離島での磯釣り。『釣れる釣れないにこだわらなければ自然と握手できる』ということをできるだけ多くの人に伝えたい。
そして、この自然の情景の全てが地球の46億年の歴史が作った奇跡であるということをここにきてぜひ感じてほしい。
私たち人間は、自然から一方的に恵みをいただくだけで、何もお返しができない。だからこそ、この離島をいつまでも蜃気楼のまま守っていかなければならないのではないか。
回収の船に乗り込み、今まで遊ばせてもらった津倉瀬の磯群をしばらくの間見つめ続けた。
だれかが、「あっちを見て。鷹島が見えるよ。」とつぶやく。確かに北向きに春霞の中にうっすらと鷹島が浮かんでいるのが見えた。
まるで蜃気楼の中から蜃気楼をみているような不思議な感覚。そんな中、船はだんだん速度を上げて津倉瀬を離れていく。
だんだん小さくなっていく津倉瀬を見つめていると「次はもう夜釣りバイ」とuenoさんが呟いた。
Uenoさんは早くも黒島でのシブダイ釣りに照準を合わせているようだった。Uenoさんだけでなく、全ての釣り人にとって、釣りが終わった時点から次の釣りがすでに始まっているのだった。
|