どうしても逢いたい魚がいる。津倉瀬釣行から帰って数日経ったとき、こう自問自答していた。
磯釣り師にとって、釣りたい魚は石鯛、アラなど。また、上物では、尾長グレなどがあげられるだろう。
しかし、キャッチ&イート派の自分にとっては、それらの対象魚にある美しい魚を付け加えたいと思う。
その魚は、南海の岩礁地帯に住み、小魚や甲殻類を捕食して生きている。上物でごくまれに、底物でもたまにつれることがあり、その食味は釣り師の間でも話題にのぼるほどだ。
体色は、見事な縦縞を伴った輝くばかりの赤朱色。釣り師はいつしかその魚のことを畏敬の念を込めてこう呼ぶ人がいる。
赤い彗星
この魚は、標準和名で「アカハタ」という。
「アカハタはうまかもんなあ。シブよりも好きバイ。」
アカハタを釣ったことのあるuenoさんも大のアカハタファンである。
難点は、この魚はねらって中々釣れないところだ。私も南海の磯に何度となく夏魚をねらって出撃するものの、一度も釣ったことがない。
このままアカハタに巡り合うことはできないのだろうかと考えていたところ、最近、新しいスタイルを確立した渡船を見つけた。串木野港発のフリースタイル翔である。
この船は、離島の磯に瀬渡しする場合は、その合間に船釣りをさせてくれるという。
しかもタイラバでアカハタを中心に南海の夏魚を釣らせてくれるらしい。50センチを超えるお化けアカハタも釣れるというから、夏魚ファンにはタマラナイ。
いつかこの釣りに参戦してみたいと考えていた時、この翔のHPから6月10日に鷹島に走るという情報をキャッチ。
しかも、タイラバ、インチク、ジギング何でもアリで船釣り大募集とあった。これにのらない手はない。瀬はサメもいることだし、クロ釣りは今回は休んで、アカハタねらいでいこうと決心したのだった。
「いいですよ〜〜。鷹島いきます〜〜。タイラバですか?アカハタ釣れますよ〜〜。あの〜夜も釣りしますから、キビナゴ持っていってください。」
相変わらずの三角船長の声で、安心して準備を始めた。
6月10日、中潮4日目。川内港の満潮は午前11時23分。
今回は、夜明けとともに上げ潮で釣るという条件だ。磯が6名、船が船長を含め5名という布陣。
なごやかな雰囲気の中、船は予定通り、午後11時に港を離れた。波高予報1mというべた凪。順調に航海している。
さあ、明日は仕事だから疲れを残さないためにも船の中で仮眠を取らなくちゃ。
ところが、土曜日の午後から2時間ほど昼寝をしたためか、中々眠れない。これから始まる釣りへの期待で猛毒のアドレナリンが全身を駆け巡っている。
前頭前夜に血糖値高めの血液がめまぐるしく躍動している。いかん眠らなくてはと思えば思うほど頭は冴えわたってしまう。
そんなこんなでもんもんとした時間を過ごしている内にエンジンがスローになってしまった。
2時間半を経過していたみたいだ。少々うねりはあるもののべた凪だ。
磯からの瀬付が始まった。この時が、今回船釣りを選択したことを一番後悔する時間帯だ。
特に、中々乗ることが難しい鷹島のシズミに磯師が渡礁していたのを見送るのはつらかった。
渡礁が終わり、いよいよ船釣りのスタートだ。今回のメンバーは、私以外に常連のGETSETさん夫妻、若手代表のだ〜まえさん、そしてやる気120%の船長。
「夜は寝る時間だよ。」
と船長とGETSETさんは御就寝に。
夜釣りは、漁労長と呼ばれているGETSETさんの奥さまとだ〜まえさんと私でスタート。何が釣れるのか楽しみだったが、アカハタをだ〜まえさんが1匹釣った以外はさしたるドラマもなく、夜が明けてしまった。
夜が明けてしばらくすると船長とGETSETさんが起きだしてきた。ここではあまり夜釣りは期待できないそうな。
いよいよ本格的に昼釣りの始まりだ。エギングロッドにPEラインを巻いた2000番のリール。6号のリーダーにタイラバ120gを取り付け釣りを開始した。
目の前は絶景の鷹島が見える。無数の鳥たちがガアガアと声をあげ、命の素晴らしさを謳歌しいている。
鷹島というだけあって鳥が多い。それも大型ばかりだ。
1番から5番まで切り立った奇岩城が並ぶこの岩礁では、その鳥を含めた巨大な食物連鎖のピラミッドを内包した生き物の生の営みが無数に繰り広げられている。一瞬でもあり永遠でもある世界だ。
その無量大数とも思える膨大な種の中で、赤い彗星だけをねらうのは難しいのではと思うのだが、それを可能にしてくれるのがタイラバという「おもり兼ルアー」なのだ。
しばらく釣ってはみるものの反応が全くない。それもそのはず。潮が全く動いていない。
期待のPEラインが海の底に向かったフーコー振り子のように垂直に垂れ下がっている。
「アカハタは、潮が流れないと釣れないんですよ。」
船長も困惑気味だ。
この鷹島でフロンティア精神にあふれた三角船長が、たくさんのアカハタのポイントを開拓しているのだが、その中でも実績十分のポイントへと案内してくれる。
しかし、今日の海は我々をあざ笑うかのように何も反応を返してくれない。
パープル、グリーン、そして、私が一番熱い信頼を寄せて寵愛しているオレンジと色を変えても全く反応が見られなかった。ただむなしくタイラバは、水底を漂うばかりであった。
変化が出始めたのが、釣り始めて1時間が経過した頃だった。だ〜まえさんが、いきなりヒット。浮いてきた獲物は見事な赤朱色の赤い彗星だった。
型は40には届かないものの、この釣果で船内に安堵感が漂う。
そして、自分の心の中では焦りが支配し始め、実は心中穏やかではなかった。
折角来たのだから結果を出さなくちゃ。このタイラバでは、だれかにアタリがあると、続けてアタリがあることが多いので、要注意だ。
「魚探には反応がでているんだけど。ベイトはいるのにねえ」
何かが足りないから、魚の喰いがシブくなっているのだろう。焦りながらもチャンスを静かに疑っていると、もぞもぞとしたアタリが手持ちにしていた竿先に伝わる。
ラインをわずかにゆるめて少し送り込んでから合わせると、思いがけなく腕に今日初めての重量感が襲った。
よしゃあ〜。慎重にやり取りをしながら浮かせると、やや小ぶりながらも本命のアカハタが浮いてくるのが見えた。
船長に抜きあげてもらって本日1匹目。時計を見ると、午前7時半を回っていた。
これから、続くかと思いきや、再び沈黙の海へと変貌した。今日は、1日こんな感じで終わるのかな。
でも、せっかく来たのだからこの鷹島の海に心を癒されよう。
「(仕掛けを)あげてください。」
船長の言葉で仕掛けをあげ、朝食を取りながら鷹島のクルージングを楽しんだ。
この素晴らしいロケーションの中で釣りとクルージングまで楽しむことができるなんて、何と幸せなことなのか。
船は、鷹島のシズミへと向かっていた。いいなあ。こんなめったにのることのできないポイントで釣りができる。うらやましくて仕方がなかった。
しかし、意外なことに、沈みの釣り人は、瀬変わりを申しでた。
「サメがいて釣りになりません。」
何とここにもサメがいたなんて。今シーズンの離島は何かがおかしい。
宇治でサメ、津倉瀬でサメ、そして、この鷹島でもサメである。シズミの磯師たちは、そのまま大迫力のウキグレが見えていた鷹島3番の東向きに渡礁。
この釣り師たちは、船長の仲間らしく、こんな言葉を浴びせられていた。
「魚の釣り方を教えてあげるよ。見とって。」
船長の思いがけない釣果予告の後、プレッシャーをかけられながらだ〜まえさんが見事アカハタを釣り師たちの目の前で釣りあげた。まるでTVの取材でも見ているようだった。
その後午前9時過ぎくらいから、潮が動き出し、ポツリポツリと魚が釣れ始めた。タイラバのハリにワームをつけると外道のメガネハギが喰ってきた。
そして、10時を過ぎたころから、アカハタの活性が一気にヒートアップ。これでもかと連続で当たってきた。
今まで沈黙していたポイントでも、再び訪れた時はそこは入れ食いポイントに変わっていた。
そして、10時半ごろ、一気に竿先を海中に何度も突っ込む良型をかけた。慎重に浮かせると、自分にとって本日最大魚45cmのアカハタとしては最大クラスをゲット。7匹になったところで、
「かまちゃんのクーラーにもう魚がはいりません。」
と船長が報告。十分すぎるおみやげも釣ったことだし、もうここでやめるとするか。
時計を見ると12時半。船長が、あまり美味しいとは言えないクロホシフエダイを海に投げた時だった。
どこからこのにおいをかぎつけたのか、2mをこえるサメが2匹その魚の周りを回ったかと思うとがぶりと一撃。
サメの餌付けショーを見ることができた。これで、テンションの上がった船長。泳がせ釣り用のハリを持ちだし、だ〜まえさんが釣ったシロダイを瀬掛けにすると、竿をだ〜まえさんに持たせしかけを海に投入。
「いい感じで動いてるよ。魚が。」
とGETSETさんが応援。まさかサメが喰うなんてと思いきや。再び奴は現れた。
そして、すぐにヒット!腰でためてやり取りをするだ〜まえさん。わはははは。必死でやり取りをするだ〜まえさんの横で、船内はまるで夜明け前の麻雀士のように、爆笑の渦だった。
しかし、さすがにサメ。アカハタタックルでは取るのは難しかった。
「このしかけなら取れるはず。」
強気な三角船長。さすがに、自分より大きなサメを逮捕したことのある経験者は強い。
今度はスーパーで買っていたアジを背掛けにして仕掛けを入れると、再びサメは仕掛けを喰った。
どんどん道糸が出ていく、100mをこえたところで、奴の動きが止まった。
さあこれから浮かせるぞと思ったみたいだったが、プッツン。サメに軍配が上がったのだった。
釣りをこれだけ楽しませてもらった上に、サメの餌付けショーまで見ることができるなんて。
これだから、タイラバ中毒患者が増殖するのも無理はない。
梅雨空の鷹島の潮風にあたりながら、今度は磯に行くぞという強い思いが体の中からわき上がっているのを感じるのだった。
|