釣りに行けない。
6月、7月と、ことごとく釣行を中止させられた。磯釣りでは、5月以来磯に立てていない。
そんなフラストレーションを感じていたのは、uenoさんも同じだった。
「kamataさん、21日、22日は行かるんね。」
有難い申し出だが、22日は出張が入っているので、夜釣りは無理。
そのことを伝えると、uenoさんは今度はこんな話を提案してきた。
「野間池の半夜釣りに行こい。12時回収やから、出張には間に合うはずバイ。」
そりゃ間に合うのは間違いないけど、寝不足で出張に行けというのだろうか。
少々乱暴な提案だが、これも何とか夜釣り開幕を成就したいと願っていることを考えての提案。
有難いと思わなくちゃ。厳しい日程だが、行くとするか。
こんな提案をしてくれたuenoさんにただただ感謝である。
指宿スカイライン谷山ICで降り、信号が少なく、交通量のわりに整備の行き届いた道路を走ること2時間と少しで、大浦の釣具店に到着した。
ここの店主は気さくな笑顔でさりげなく釣り人のモチベーションを高めてくれる。
「uenoさん、久しぶりですね。」
と、私の視線をスルーして、まずはuenoさんに話しかけた。
どこの馬の骨かわからないおいらより、野間池で何度となくシブダイや5.8kgのタバメなどを釣っているuenoさんにまずは声をかけるのも至極当然の結果だった。
ところで、この釣具店に久しぶりに立ち寄って驚いたことが2つあった。
一つは、この釣具店の半分のスペースが驚くなかれ、いつの間にか食堂になっていたことである。
もともと、この釣具店は、餌の用意と渡船の紹介などが中心で店内の釣り具の品揃えの少なさは日本一と言えるほどだったが、狭い店内に食堂が占拠したのだからたまらない。
餌以外の釣り具は数えるほどしかなかった。ここのカツカレーは一体どんな味がするのだろうと興味は尽きない。
TV番組の珍百景なら認定されるかな。すぎちゃんなら、「ワイルドだぜ〜〜」と言うだろうか。
釣り具店に食堂というミスマッチに思わずなごんでしまったのだった。
「福丸ですね。今日は赤瀬あたりかもですね。赤瀬はこの前いろいろよく釣れてましたよ。」
注文していたオキアミボイルとパン粉、集魚剤を準備しながら、一気にまくしたてた。
「鹿商と樟南がやってるよ。今年は樟南はノーシードだよ。」
テレビの天気予報で南さつま市のピンポイント情報を知りたいがためにテレビの話題を振ったら、いつの間にか野球の話題になってしまっていた。
実は、谷山ICから薩摩半島の海岸線を車で走っていたら、気になる情景が飛び込んできた。
東シナ海側には、昼間とはとても思えないような真黒い雲が広がっていたのだ。
釣り人を乗せた車は、その正に真黒い空を背景とする野間半島へと突き進んでいるからだった。
心配になって、スマホからの雨雲レーダーで見てみると、赤く表示された危険な雨雲があと2〜3時間後には野間半島をすっぽり覆ってしまうという予報が発信されていた。
案の定、大浦の釣具店に着いたころには、雷鳴がとどろき始め、雨も降ってきた。
これは大変な釣りになるかもしれない。
そんな不安を抱えて店主にテレビの天気予報を調べてほしいと願ったのだ。
「大丈夫ですよ。朝もすごい雨だったけど、すぐ止んだもん。通り雨ですよ。すぐ止むよ。」
超楽観主義というか、ポヂティヴ思考というか、何の根拠もないと思えるこの一言は、釣り人を逆に疑念を抱かせた。
しかし、その疑念は、すぐに払しょくされることになる。
港に着くころには、雨は弱くなり、雷鳴もいつの間にか聞かれなくなった。
店主の予報は、スマホの雨雲レーダーよりも正確だった。
天気予報ほど、科学的の力で解き明かすには難しいものはない。
現在のスパコンでさえ百パーセント当てるのは不可能と言われている。
やはり、天気予報だけは、科学の力だけでなく、経験と人間の判断力によるほかないということが証明されたわけだ。
この2つの驚きは、釣り人に趣を持って釣りのモチベーションを彩る働きをしてくれたのだった。
午後4時前、福丸が6人の釣り人を乗せ、野間池港を離れた。この時期だから、北エリアのワキガ瀬、赤瀬まわりだろうと予想していると、船長は意外な瀬を用意してくれていた。
「シブねらいですか。フカセね。白瀬はどうですか。又四郎でもいいけど。」
2つ瀬を紹介された時は、最初の瀬にしろという格言通り、uenoさんの意見も聞かず「白瀬でお願いします」と伝える。
こうして、2012年夏の夜釣り開幕は、野間池白瀬に決定したのだった。
夏魚の夜釣り開幕を迎えられることをただただuenoさんに感謝である。
4人組の釣り人を大横瀬におろし、白瀬に向かう。白瀬は野間半島の南側の奥まった地磯で、水深が浅く、この時期、いかにもシブダイが釣れそうな雰囲気だ。
無事に白瀬に渡礁した我々は、磯の上部が白い以外は、際立った特色がみられないこの磯で仕掛け作りに入った。
竿は、夜タックルでダイワブレイゾン遠投5号。道糸ハリスとも10号。それに1.5号の電気ウキをセット。
暗くなる前にポイントとなりそうな場所の水深をはかり始める。
足下から竿1本あたりまでは、竿1本くらいの水深だが、そこから沖に向かって竿2本ほどに落ち込んでいる。
底に落としても根掛かりもなかったので、それほど根が荒いところでもなく、周囲の状況からゴロタ場のようだった。
また、暗くなるまでに時間があるということで、昼用タックルも準備。早速、釣りという調査開始。
餌を撒くとすぐに餌取りが見え始めた。しっぽが白く見える木端グロがこの磯を取り囲んでいるようだ。
Uenoさんは、足下をねらっていて、何物かわからないアタリで瞬殺の洗礼を受けていた。
「尾長ならよかなあ。ばってんタバメかブダイやろなあ。」
なるほど、足下あたりは外道の巣窟ということが判明。
このuenoさんの調査にただただ感謝である。
白瀬は地よりの磯で、潮通しが抜群にいいわけでもなさそうだ。
青物や尾長のアタリも期待できそうもないので、早々と昼タックルを片づけて、夜釣りに備えた。
Uenoさんもブダイの赤と青を釣った以外は最たるドラマもなく夜釣りに突入した。
夜の帳がゆっくりと下りてくる。
水平線の向こうでは、積乱雲があるらしく、電光石火が不規則だが割りと一定のリズムで現れている。
午後8時にもなれば、電気ウキの光も怪しく光るようになる。
沖には夜焚きと思われる漁船は見える。
空を見上げると満点の星。
漆黒の海には、わずかながらも夜光虫が光っている。
昼間には見ることのできない情景を楽しみながら、重い5号竿を打ち振い続けた。
潮はほとんど動いていない。
空しくつけ餌がそのまま帰ってくる。
このまま、音沙汰なしではないだろうなあ。
撒き餌を切らさないように釣り続けていると、今度は餌取りの猛攻でつけ餌がもたない状況になっていた。
「今頃からバタバタ喰ってこないかんとばってんなあ。」
餌を撒いて、仕掛けを入れて回収するというロールプレイングゲームに業を煮やしたuenoさんのいつものぼやきが始まる。
満潮は午後10時前らしい。
今が上げ7分のチャンスタイムと念じて流していた電気ウキが、前触れもなく突然視界から消えた。
道糸が走る反射的に竿を立てて応戦。
シブは初動時に最もパワフルなので、まず底を早く切ることが大切。
強引に底根から彼を引き離し、ポンピングしながら浮かせにかかった。
下の段に振りあげると、そこには黄色のヒレを持ったピンク色の肌を持った憧れの魚が横たわっていた。
今シーズン待ちに待った本命魚だけにうれしさが次から次にこみあげてくる。
手前に引きよせてサイズを確認。
44cmの丸々太った魚体は夏磯シーズンの到来を告げてくれた。
時計を見ると、午後8時過ぎだった。
「kamataさん、釣れたバイな。よかなあ。結構太かたい。」
Uenoさんも祝福してくれた。
この釣り座を譲ってくれたuenoさんにただただ感謝である。
さて、次が来るかと思いきや、潮がアテ潮に変わってしまい、単発に終わった。
その後、しばらくの間まったりとした時間がやってきた。
満潮の潮どまりの影響なのか、餌盗りの猛攻が始まった。
アミフエフキ、ウツボ、uenoさんは40cmクラスのイスズミを連発。
魚は潮に正直だ。
釣れない時間帯であることはわかっていた。
だからといって、休むわけにはいかない。
いつ魚の活性が上がって喰ってくるかわからないからだ。
「夜中は釣れんもんなあ。やっぱ上げ潮の8時から9時までが勝負バイ。」
このuenoさんの一言が空しく暗闇に響いている。
蚊の襲来は心配したほどではなかったものの、本命魚の襲来は心配するほど薄かった。
時計を見ると、午後10時を回っていた。
潮は相変わらず、右に左にフラフラ動くだけ。
え〜〜いと暇つぶしに竿を立ててつけ餌を動かしていると、浮いてくるはずのウキが一気に海中に消えた。
竿を立てて応戦するが、さっきより軽い。
一気に抜きあげて振りあげた魚は予想通り白テンシブ35cm。
一応本命にほっと胸をなで下ろす。
なるほど、正面向きのポイントでも釣れるんだ。
再び、正面向きの竿3本先の地点に仕掛けを入れた。
さっきは、誘いが有効だったので再び誘ってみると、またまた電気ウキが電光石火のごとく海中の闇の世界へと消えていった。
5号竿に1尾目と同じくらいのトルクがかかる。
間違いない。本命だ。
何とかやつを底から引き離すことに成功すると、後はバラさないように慎重かつ迅速に浮かせにかかる。
あとは、これが白か黒かということ。白と黒とでは私の中では大違い。
魚が見えた。
よっしゃあ白テンだ。
抜きあげて手前に引き寄せる。
43cmの体高のある見事なプロポーションを持つ魚体だった。
シブダイは本当に夜に映える魚だ。
黄色のヒレが黄金に見えてくる。
美しい薄ピンク色の魚体は、真夏の夜の女王にふさわしい。
食味も見事だが、この魚体の美しさに魅せられた夜釣り師も多いのではないだろうか。
この魚を見て更に焦るuenoさん。しかし、焦れば焦るほどアタックしてくる魚はイスズミなどの外道だった。
「おら、こんなんばっかりバイ。」uenoさんの嘆き節が始まる。
「uenoさん、手前は餌盗り、シブは遠投ですよ。」とひと声かける。
「じゃんなあ。手前にゃ餌盗りしかおらんもん。」
何とかuenoさんにも釣果をと思っていたが、10時も後半になってくると、
「なんやこれ、たたくバイ。こらたぶんあれバイ。」
Uenoさんが釣ったのは、40cmクラスのタバメだった。
私もフエフキの子を釣ってフエフキタイムとなっていた。
しかし、これもすぐに終わった。
フエフキタイムが終わり、時間を確認すると、回収まで1時間となっていた。
半夜釣りの短さを実感。
今回の釣りをプロデュースしてくれたuenoさんに何とか本命を釣ってほしい。
そう願っていたが、皮肉なことに4匹目の白テンは私の仕掛けに喰いついてしまう。
始めは先手を取られたが、何とか底を切りぬきあげた。
44cmの丸々太った本命魚だった。
もうこれ以上釣ってもしょうがないと11時半で道具を片づけた。
しかし、残念なことにuenoさんは、フエフキのみのおみやげとなってしまった。
回収の船は、12時ちょうどにやってきた。
大横では、4人で良型のイサキを5枚。シマアジ、タバメ、白テンなどを1〜2枚ずつ釣っていたそうだ。
水温は26.5度。
まだまだハシリの時期らしく、単発に終わったが、これから日中の照り込みが続けば、更に面白くなるのではないか。
野間池の海、釣りをさせてもらえる幸せ、そして、釣り仲間のuenoさんにただただ感謝である。
12時半に野間池港を出発。
帰路へと車を走らせた。
今回の釣りをプロデュースしてくれ、更に、眠いのに運転までしてくれたuenoさん。
感謝の気持ちをこめて、おいらはシブダイ3匹をuenoさんのクーラーに入れるのだった。
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