鹿児島県 硫黄島 洞窟のシブダイ釣り
夏磯のステージで~硫黄島釣行記~
何のために釣りをしますか?
こんな問いをされたら、自分は迷わず次のように答えるだろう。
「はいっ、おいしく食べるためにです。」と。
自分がなぜそのように考えてしまうのかは分からない。おそらく自分の古い大脳皮質の記憶が、つまりは縄文時代から続く狩猟本能から来ているのではないかと考えている。キャッチアンドリリースが流行っているが、自分は釣った魚は海からの贈り物とおいしくいただきたいのだ。当然、食べない魚はリリースする。
そんな自分のポリシーと同じ釣り人がいた。硫黄島の主N村さんである。N村さんは、硫黄島をはじめとする南九州の磯を舞台とした百戦錬磨の釣り師である。魚拓サイズの魚を釣っても、魚拓を取ることなく平気で魚を食べることを優先させる生粋のキャッチアンドイート派である。そのN村さんから、
「毎日暑いです。8月4日に硫黄島を計画しました。どうですか?」
というありがたいメールがやってきた。7月中旬に伊座敷に出撃して以来釣りに行けていなかったし、M中さんやuenoさんは所用のために釣りに行けない。これは渡りに船と、
「今回は一人での参加ですがよろしいでしょうか?」
と返答すると、
「了解しました。僕で良ければ二人で降りましょうか?」
といううれしい返答が。
いろいろと釣りをレクチャーしてもらえるN村さんからのありがたい申し出を断る理由はなく、二つ返事で硫黄島でのN村さんとの釣行が決まった。
実は、もうひとつ今回の釣りを頑張らなければならない理由があった。
「練習後、凄腕釣り師kamataさんによる『かまちゃん食堂』開店でございます。kamataさん、ありがとうございます。」
と、おいらが所属している古楽アンサンブルの仲間からこんなSNS記事がでたからタマラナイ。つまり、釣りから帰ってきた日の練習に参加し、練習会場であるメンバーの方の自宅でメンバーを納得させる料理を提供するというミッションである。
「取らぬ狸の皮算用」とはよくいったものだ。N村さんが紹介してくれる勝負磯で失敗は許されない。そして、期待しているメンバーを落胆させるわけにはいかない。
今回は、こんなプレッシャーの中での釣りになりそうである。
ターゲットは、もちろん南海の磯の女神シブダイ(標準和名:フエダイ)である。釣りのゲーム性としても、引き味の妙としても、あるいは、食材としても高いレベルにあるこの魚を釣るために、南九州の磯釣り師は心を躍らせる。
「kamataさんの飲み会のために、洞窟、平瀬周りを予約しています。」
N村さんからのありがたいメールが届く。潮回りや最近の状況から、ベストな磯を紹介していただくだけでなく、こちらの食事会のことまで考えてもらえるなんて。なんと親切なお方だろう。
心配していた迷走台風は、逆走した後東シナ海を横断すると、中国大陸へと去って行った。こちらの思惑通り凪の予報がでた。出航決定である。
釣りへの情熱は、私を集合時刻14時半の2時間前に枕崎港へと到着させた。港へ行くと、まずN村さんにあいさつ。黒潮塾のメンバーであるM𠮷さん、K地さん、時化男とよばれつづけているK野さん(この日の出航前に、太陽は出ているのに土砂降りの雨が降ってきた。さすがの実力だと思ったのは自分だけではないだろう)たちがすでに出航に向けてスタンバイ。
やがて氷を積んだ軽トラックで船長が登場。それを合図に荷物の積み込みが始まった。港では祭りの準備で地元の方々がせわしなく働いていたが、こちらも煮えたぎるシブダイへの情熱をほとばしる釣り師たちが荷物を協働で積み込んでいる。
ぶるん、ぶるん、黒潮丸に命の鼓動が吹き込まれた。出港が間近であることが知らされた。
午後2時45分、黒潮丸はゆっくりと旋回し、黒潮の支流が流れる大隅海峡への旅立ちを始めた。
おとといのお泊まり業務で、体内時計が乱れている自分は、横になっても中々眠ることができないでいた。自分の乗る予定の洞窟でいったいどんな釣りができるのだろう。期待と不安が交錯する。
一定の回転数で躍動し続けるエンジン音を聞くこと90分で、予定通り鵜瀬の周辺でスローダウン。鵜瀬のハナレからの渡礁が始まった。
鵜瀬のあとは平瀬。低場にM𠮷さんとK地さんが渡礁。
「次は洞窟行こうか。」
黒潮丸は反転して東周りの航路をすすんだ。硫黄島が黄海が島と言われる所以を証明するかのような変色域が現れてきた。沖にしばらく渡礁していないとんがり帽子のような浅瀬が見える。硫黄島本島向きでは、久しく乗っていない温泉地タジロが見えてきた。
「いい下げ潮が来てますね。(洞窟では)変色した流れが来ているかもですね。」
40年の経験からくる確かな読みの一言が。
右に硫黄島の港が見えてきた。目の前に群青色の海にせり出した半島が見えてきた。永良部﨑半島である。その半島の先端部分に洞窟というポイントがある。船を着ける場所は心許ない高さの磯だが、海面から10mほどの高さがある上の平らな部分では、まるで釣り人というアーティストを迎えるステージのような圧倒的な存在感だ。
「kamataさん、前に出てください。」
船首部分に出て低く身構えて渡礁に備える。タイヤが磯に接岸。急いで磯に飛び移る。荷物を受け取る。
「6時50分に迎えに来ます」
そう言い残して船は去って行った。
荷物を奥の崖下へと運ぶ。この作業だけで体からこれでもかと汗が噴き出してくる。
「kamataさん、休憩しましょう」
気温推定35度。ここは直射日光が避けられる場所ではあるものの、これまでの直射日光で熱せられた巌から遠赤外線効果のような熱が容赦なく釣り人を痛めつける。水分を補給して、N村さんと協力して上の段に荷物をあげる作業を行う。30分ほどしてようやくすべての荷物をあげ終えたとき、ミストサウナに入ったようなくらっとする状態に。二人で水分補給しながら休憩した。
昨年、47cmを筆頭に良型シブダイを中心に6枚の釣果を得たこの磯は、間違いなくよいイメージだが、8月の盛夏の時期は、水温も高く餌取りの猛攻が待っているのではないかとこの暑さでは不安になる。
「これを読んでください。」
N村さんが差し出したのは、水温計。読むと29度とかなり高め。今回は餌取りとの戦いになるのか。
「さあ、準備をしましょう。」
N村さんと二人で、15本ほど残して、サンマを付け餌用と撒き餌用の大きさに切る。それが終わったら、イスズミ釣りを開始。餌取りが多いときにイスズミほど頼りになる餌はないからだ。
硫黄島はイスズミが多いところ。イスズミを釣るのは簡単だと思いきや、これが狙うと中々釣れないものだ。洞窟は以前からイスズミが少ないことは分かっている。何度か魚をかけたが足下の根に一直線。こんな失態を演じていたら、上からN村さんの声がした。
「もう6時半になったから、上がってきて。夜釣りの準備をしましょう。」
上の段に上がって、タックルの準備を始めた。竿はダイコー石鯛海王540口白。道糸ナイロン20号、30号の丸玉錘、Tクッション、フロロカーボンハリス20号のブッコミ仕掛け。鉤は鋼タルメ22号を。
「今のうちに飯を食いましょう」
N村さんに促されて、夕食を取る。以前、黒潮塾のS山さんに教えてもらった御神酒をし、作戦を練る。
「日暮れの時間は、こちらの方が実績が高いですよ。」
N村さんは、すでに2本竿を出している。洞窟瀬の前に浮かんでいるハルマ瀬向きに1本。2本目は、洞窟瀬のステージのような平らな先端部分の左に。ここも昨年、K地さんが釣りをしてシブダイ2桁釣りを果たしている。
「kamataさんは、真ん中の一番よいところでやってください。下げ潮がとろとろ流れていますよ。」
N村さんは、自分に最も釣りやすく、実績も高い場所を提供していただいた。感謝である。
29度という水温から餌はサンマの頭をチョイス。薄暗い中ぼんやり見えている浅瀬方面に向けて仕掛けを投げた。カウンターで約30M地点に仕掛けを落ち着かせる。
そのときだった。N村さんのハルマ瀬向きの竿が一気にお辞儀した。
「小さいな。」
N村さんがやりとりを始めてつぶやいた。向き上げられた魚は、30cm半ばのサイズだが本命のシブダイだ。
「kamataさん、釣れましたよ。こっちに(ハルマ瀬方面に)仕掛けを投げてください。」
「早いですねえ。」
今日はもしかして入れ食いからのスタートになるかも。この洞窟は、装具がなければ上礁することができないため、釣り人が少なく、魚たちも人間からのプレッシャーによる波及効果も少ないと思われる。N村さんの指示通り、竿を沖向きにセットし直し、26m地点を攻める。仕掛けがなじむと早速、竿先にアタリが出始めた。N村さんは、早くも2枚目のシブダイをゲット。こちらは、アタリはあるものの、相手は走る気配がない。首をかしげる。何が違うのだろう。
N村さん、3枚目をゲットしたところで、おいらの仕掛けをチェックし始めた。
「kamataさん、この潮じゃハリスが長すぎます。1ヒロくらいにしてください。潮が緩いときはそれくらいでいいですよ。」
早速、ハリスを短くして、トライ。アタリのあった地点に仕掛けを落ち着かせる。コンコンと小刻みなアタリの後、竿が引き込まれた。体をのけぞらせて渾身の合わせ。今日初めての本命らしきアタリ。
初動の引きは力強かったが、手前に近づくにつれてパワーを感じなかった。余裕で抜き上げると、磯の上に小さなサイズだが本命のシブダイがはねていた。黄金色のヒレ、ピンク色の魚体、背びれの付近にある白い星。あまりの美しさ故、また、市場に出回ることがほとんどない希少価値が原因のためか、釣り人はこの魚を誰も標準和名の「フエダイ」とは呼ばない。
シブダイ、ホシタルミ、アブラダイなど、その土地特有の名前を持つ。
美しいのは外観だけではない。捌くと美しいピンク色の身が顔を出す。包丁にべっとり白い脂が付くことがある。これはうまいのサイン。磯魚でありながら磯臭さが全くない。上品な甘みは、食べたことのある人ならだれもが大脳皮質にインプリンティングされてしまう。キャッチアンドイート派の釣り師にはこれ以上のターゲットはない。
「今日は、魚が小さいね。」
魚は釣れるのだが、小さなサイズばかりで、N村さんの表情もさえない。去年は、40オーバーを連発させていた洞窟だったが、名人も首をかしげさせるほど良くない状況に思えた。
そんなこんなで、N村さんは、納得いくサイズではないものの、シブダイを2桁に乗せ、おいらはなんとか拾い釣りで6枚を確保。お土産はできた。あとは、大きなサイズを引きずり出すだけとなった。
「kamataさん、見てください。キンメがいますよ。」
N村さんに促されて漆黒の海を見下ろすと、オレンジ色に怪しく光る点を発見。その光は、ゆっくりと動き、消えたり光ったりを繰り返している。キンメとは標準和名をホウセキキントキといい、釣り上げるとガス漏れ臭がするという残念なイメージだが、味は大変美味。南海の磯釣りのポピュラーなお土産魚の一つである。
たしか上物竿を持ってきていたはず。時計をみると午後11時を過ぎていた。アタリもなくなってきたことだし、キンメ釣りをすることにしよう。
竿は、がま磯アテンダー2.5号-53。道糸5号にハリス4号。ヒラマサバリ10号を結び、餌はキビナゴでタナを1ヒロにしてオレンジ色に光る地点を狙った。
すぐにウキにゆらゆらと前アタリが出る。2号ウキなのに(このときは、2号などの重たい電気ウキしか持ってきていなかった)ウキが夜空に光る人工衛星のようなスピードで海中に沈んでいった。
合わせると心地よい生命反応が腕に伝わった。手前に寄せて抜き上げた。予定通りキンメ登場。甘いお刺身ゲット。
「おっ、上手上手。この調子でキンメ私の分まで釣ってください。」
N村さんが一声かける。この釣りかなり面白かった。なぜって、魚の居場所がわかるウキフカセ釣りだから。仕掛けの投入点は、キンメが自分でオレンジ色に光って教えてくれるし、投入した仕掛けをわざわざ近づいて喰ってくれる。4匹ゲットした後、さすがに学習したのか、キンメは近づいてこなくなった。
「私は向こうで寝ます」
12時を過ぎ、満潮の潮止まりとなった。N村さんは、仮眠体制に。ガツガツ釣ることはない。明日は古楽アンサンブルの練習もあることだし、一発をものにするために休憩だ。自分も横になって磯を休ませることにした。
N村さんが起き出して釣りを再開し始めた。自分も起き出して夜明けまでの一発を狙うことに。
潮は下げの時間帯通りの下げが動いていた。下げは沖に向かっていく潮だ。餌取りのマツカッサー元帥が俄然元気になっていた。元帥は、本命魚を知らせてくれるありがたい魚であるが、ハリスを傷つける困ったさんでもある。
潮がとろとろと良い感じで動いていた。何かが変わると思っていたところに、N村さんの竿が一気にお辞儀した。これはかなりの獲物だ。大きな弧を描いていた。
「kamataさん、お願いします」
そう、この洞窟は、水面から10mほどの高さにあるため、魚のサイズが大きければ、相棒が道糸をもって抜き上げる必要がある。
指示通り専用の手袋を装着して、道糸をつかみ魚を抜き上げた。50cm近い2kg級のシブダイがこの夏磯のステージに現れた。
ようやく納得のサイズが釣れてほっとするN村さん。大きな魚は大抵単独行動すると言われているが、ここは離島。大型の魚が食う潮ならば、第2弾、第3弾の大型魚の来襲も十分に考えられる。案の定。
「やられた」
再びN村さんが叫んだ。どうも大型魚が喰ってきて、竿を立てるところまではいけたが、手前のハリ根に潜られ仕掛けを切られたようだ。
「足下にガマがあるのかもしれんなあ」
時計をみると午前3時過ぎ。そろそろ謎の大型魚の登場があってもおかしくない時間帯だ。
「あれっ、潮が変わったね」
N村さんが首をかしげた。まだ下げ潮の時間帯にもかかわらず、上げ潮が結構な速さでハルマ瀬方面へと流れていった。しばらくウツボとマツカッサー元帥の洗礼を受けていたが、しばらくすると本命らしきアタリが竿先に出始めていた。
何かが変わるかも。そう思った瞬間、夜中ずっと裏切られてきた竿先が、釣り人を覚醒させるかのような力強い突っ込みを見せた。
よっしゃあ!
竿を立てて応戦。体の全体重を後ろにかけてとにかく底を切るんだと念じながらやつの疾走を止めた。
ぐっと手元まで魚の生命反応を感じた。これは結構良いサイズだ。ようやく巡ってきたチャンス絶対に取るぞ。やりとりの途中で、竿を叩くなどの異変は感じなかった。間違いない本命だ。
「N村さん、お願いします」
抜き上げる自信がなかったので、N村さんにヘルプを出した。足下で浮かせた後、N村さんに抜き上げてもらった。抜き上げてもらった魚は、感触よりも小さい45cmのシブダイだった。体高があり、丸々太った美しいシブダイだ。
よかった。ようやく許せるサイズが来た。ほっと胸をなで下ろし、魚を〆て血抜きを始めた。どうやら大型の魚が喰う潮になったらしい。チャンスだ。
次のアタリは、名人の浅瀬向きの竿にきた。名人ポンピングしながらゴリ巻きし、底を切る体制を取った。しかし、
「あれっ、根に入られたな」
残念なことに、大型魚は危険をいち早く察知し、溝かガマなどの隠れ家に入ってしまったようだ。なんとか魚を引きずり出そうと頑張るN村さんだったが、どうしても根から魚を放すことができなかったようだ。
残念なことに、ドラマがあったのはここまでで、あとは潮が止まってしまい、本命魚の魚信は途絶えてしまった。
浅瀬沖では、朝焼けが始まった。夜釣りの激闘で疲れた釣り人の体をいたわるようにやさしい光がこのステージに降り注いでいる。
朝まずめのアカジョウ釣りももちろん潮の影響で不発に終わったのは言うまでもない。
荷物の移動などに30分ほどの時間を要することを考えて、午前5時40分には釣りを終えた。
楽しい時間は、あっという間に過ぎゆくもの。ステージのような釣り座に別れを告げ、下の段に降りた。シブダイ、キンメなどを狙って、イスズミ歩兵軍団、マツカッサー元帥をいかにかわして釣るかという釣りを洞窟というステージで演じたおいらたち。ステージで演じながらも、実はお魚たちが漆黒の海から自分たちを演じさせていたのではと考え直し、睡眠不足もあってか、しばらく笑いが止まらなかったのであった。
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祭り期間中なのでここから出撃です 今日も硫黄岳が迎えてくれました 今日も鵜瀬からの渡礁です 洞窟に渡礁 N村さんお世話になります 今回の釣り座 おいしいので上物竿でねらいました ここには不思議とイスズミがいないんですよ 再び時合が ようやく 許せるサイズが あっという間に夜明け 朝まずめのアカジョウ釣りは不発 本日の釣果 ホウセキキントキは刺身で最高です |