8/16 あやしいイカ釣り 大分県豊後水道



大分県 佐伯沖のイカ釣り

豊後水道の海中を写した二枚の青い幻燈です。

烏賊というしたたかなな生物がいる。ある科学者たちの説では2億年後の地球を支配するであろうと考えられている生物である。あらゆる環境の中でも対応できる彼らは、早く動き回るために心臓が3つあるという。

足が8本、2本の長い腕で魚を捕食する。時速40kmで泳ぐことができるエネルギッシュな烏賊。そいつが食べておいしいとなれば(それどころか冷凍しておくとさらに甘味が増しておいしくなる)釣り人も釣りの対象魚として放っておく手はない。

その最高のターゲットの烏賊が人気対象魚として一気に注目を集める時期がある。それは夏である。そして、その時期に九州で乱舞するのは、イカの中でも最上級に美味と言われるケンサキイカ(アカイカ)である。

毎年夏になると、磯釣り師は鮎師になったり、夏磯の夜釣りへと転身したりする輩がいるが、烏賊をターゲットにした「にわか船釣り師」もかなりの数いると聞く。釣り人の間では、もうすっかり夏の風物詩として定着している。

色や形、サイズの様々な種類がある浮きスッテを枝スにつけて、タナ取り、誘い方を工夫しながら楽しむイカ釣りはかなり奥が深い。最近では、数釣りよりもゲーム性を求め、鉛スッテ(イカメタル)を使った釣りも人気とのこと。

そして、牛深沖では朝まずめ限定で、イカの泳がせというエキサイティングな釣りもできる。イカの生き餌で、(そこにいれば必ず魚が食らいつく)大型の真鯛やブリなどの青物が釣れるという。この釣りには夜が明けてからのモンスター狙いというオプションもあるのだ。

自分もなんとしてもやってみたいと興味をもっていたところに、元Q大の先生だった忠太郎さんから誘われ、イカ釣りの面白さを知ってしまったからタマラナイ。今回も1年前から予約していた。

ところが、PTA関係の行事が後から入ってしまい。涙をのんで忠太郎さんとの釣行を断念した。釣行の断念を決定したが、納得いかない自分がいた。どこかにイカ釣りに行ける時間はないものか。

熟慮の末、8月16日からの夜釣りならば、なんとか釣りができそうである。時間と資金と家族の了解は取り付けた。あとは、遊漁船である。

そんなとき、最近ブリ釣りなどでお世話になっている遊漁船「松風」さんから、こんなメールをもらった。

イカ釣りの空席状況です。・・・8月16日2人空き・・・

えっ、今7月初旬なのに、すでに8月の土日はうまっており、平日である16日もあと2人とは。豊後水道でこれだから、甑島方面はおそらく空きはないだろう。反射的に松風さんに連絡を取り予約を入れた。

最後の関門は、台風である。今年は、箱根や函谷間(かんこくかん)のように前途は険しかった。7月より次から次に台風が生まれ、特に8月12日から5日間連続で台風が発生した。15号が宮崎県に上陸し、日本海へと通過。16号はベトナムへ上陸。17号は、ハリケーンから日付変更線を超えて台風となって日本列島に近づいている。釣り前日の15日も18号が発生し、海をことごとく荒らしている。

これじゃどう考えても東シナ海側は無理。釣りができるとすれば、豊後水道だけだろう。こう考えて、諦め半分船長へ連絡をとった。

「出ます。4時45分に集合してください。」

「えっ、波は大丈夫なんですか」

どうやら、沖はうねりがあるものの、それは波長が長く、釣りができないほどの威力はないとのこと。これだけたくさんの台風の発生にもかかわらず出撃許可をもらったことに、驚きと喜び、戸惑いを感じながらも、いつの間にか鼻歌交じりに釣り合具の準備を進めていた。

松風の寄港地である佐伯港に到着したのが、午後4時。すでに釣り人は6人がスタンバイ。‘(この船の定員は8人)船長も軽トラックで登場。荷物を積み込みいざ出港だ。

船は定刻の5時に港を離れた。今年の日本列島は記録ずくめの猛暑が続いていたが、台風15号が通過してからは、暑さもややトーンダウン。空は鉛色の雲で厚く覆われている。湿気を含んだ潮風はこれまでの猛暑に耐えてきた肌には心地よく感じる。

さあ、初めての豊後水道のイカ釣り。どんなドラマが待っているのだろう。はやる気持ちを静めながら、からあげとおにぎりの軽い夕食をぱくつく。

舵は、沖に向かって左のブリ釣りのポイントではなく、カサゴ釣りのポイントでもない、両者の中間の方向に進んでいる。鶴見半島を右手に見ながら佐伯湾内を快走する松風。

鶴見大島の位置で佐伯湾口あたりに出たことが分かった。ここまでくると、決して高くはないが波長の長いうねりが現れ始めた。そのうねりを受け船は右に左に心地よく揺れながら前に進んでいる。

沖に出て、九州を背中にしょって進むようになると、船との遭遇が多くなった。その多くはどれも何かを運ぶ目的の船であり、それはどれも大型で、しかも右から左へ、あるいは左から右へと進んでいる。

ここまで沖に来ると、うねりが台風の影響であることがはっきりわかるような規模になってきた。うねりの山が船に近づくと、一瞬南の水平線がうねりに消される。船は大きく左へ傾き、うねりは船底を洗う。船は体制を整え、起き上がりこぼしのように今度は右へ傾き、さっき視界から消えた水平線が再び現れる。

ここ豊後水道は、漁場としての顔だけでなく、重要な航路としての役割ももっている。船同士が十文字にすれ違うので、お互い気を遣いながらの航行である。また、ここ最近の豪雨のため、がれきが浮いているとのこと。それらもよけながらの航行。プロだからあたり前かもしれないけど、大変な仕事である。

左に目をやると、翼を広げて悠々と水面をすべる魚がいた。沿岸性の高いボラと体型や臭いは似ているので、ぼくは勝手にボラとトビウオは昔兄弟だったのではと考えている。最も危険な水面近くで生き延びるために、ヒレを翼のように発達させ、飛んで逃げる能力を進化の過程で身につけたのだろう。

トビウオの鑑賞を堪能し、再び右に目を向けると、小さな独立礁と灯台が見えてきた。たぶん先の瀬だろう。上物は正月しか釣りができない垂涎の地である。そろそろじゃないのかなと構えていると、先の瀬も追い越してしまった。

前方に山並みが見えてきた。四国のお目見えである。背中を押してくる九州の山々は心細くなるほど小さくなっていく。一体どこまで走るのだろう。もうすでに1時間を経過している。

この時間帯になると、辺りがだんだん暗くなってきた。大型の船との遭遇もなくなってきたが、漁船と思われる小さな船が目立つようになってきた。時間を何度も確認する。やがて、釣り人がゆっくりと動き始める。漁場が近いことを示していた。佐伯港を発つこと1時間30分。船はようやくエンジンをスローにした。

竿は、3980円で購入したショート船ロッド。道糸はPE6号。電動リールに、イカ釣り仕掛けに錘は80号とした。枝スは、20cm。

「はいっ、始めて良いですよ」

船長のマイクを合図に、まだ明るいうちから釣りが始まった。

タナは、20mからという指示。仕掛けを打ちかえすがアタリすらない時間が続いていつの間にか夜を迎えていた。

漁り火が灯されいわゆる夜焚きが始まった。船上はまるでスポットライトを浴びたステージだ。竿がキレキレのダンスをおどるようなしゃくりを入れる。あちこちでミュージカルスターが思い思いのしゃくり、誘いスタイルで釣り人の影と重なりながら躍動している。

「浅いタナを狙ってみましょう。釣りはじめはタナが浅いですよ」

船長のアドバイスが入り、船上はミュージカルから一瞬で沈黙の舞台に変わる。ぼくも真剣に釣りを始めている。20mに落として、しゃくって上げていて、仕掛けのチェックをしようと巻き上げると、電動リールが何か引っかかったような動きをした後、明らかにイカがかかったことが分かる動きに変わった。

あわてて電動リールの速度を落とし、ゆっくりと巻き上げる。イカが水面に浮いた。

プシュー!

イカが警戒を表す墨をジェット噴射する。これは釣り人にとっても船内やクーラーが汚れないので好都合だ。意外にもイカは一番上のスッテにかかっていた。ユーモラスな動きをするイカと目が合ってしまった。

プシュー!

イカが最後の抵抗を見せ、釣り人に海水を噴射する。顔がぬれてしまったが、これは心地よい洗礼だ。サイズは、足裏サイズ。型としては不満が残ったが、とりあえず1杯釣れてほっとする。

この1匹は、単なる1杯の釣果ではなく、今回の釣りのヒントを教えてくれた。タナは20mよりも浅く13mで、シャープな動きのものに反応する。また、スッテは白とピンクのツートンカラー。

さあ、これから入れ食いかと思いきや、中々喰ってこない。他の釣り人にもポツポツと当たり出しているが、入れ食いとまでは行かないようだ。

しかし、他の釣り人の準備は、万全だ。どの釣り人も竿を2本だしていた。一つは電動リールのスッテ仕掛け、もう一つはイカメタルや小鰺を付けた餌釣りなど。こちらも負けじとイカメタルを操るが、何の反応もない。

活気に欠ける船内だが、退屈はしなかった。なぜなら、海をのぞくと魚たちは生き生きと命を詩の謳歌しているからである。

銀鱗に輝く小イワシの大群が、アメーバのように形を変えながらうごめいている。真っ黒なキャンバスに銀色の動く絵の具が描かれているようだ。その群れに突進しているのが、ダツ将軍。彼は単独行動でイワシを一心に追い回している。

時折、びっくりしたように小イワシの群れが躍り上がる。ヤズ坊やとサゴシの子供がイワシの群れに飛び込む。

漁り火が、漆黒の海中に光の棒を差し込み、その間をぬって、小魚だけでなく、クラゲの幼生などの小動物が躍動しているのが見える。食物連鎖と弱肉強食の二相の世界を見せてくれる海は、喰う喰われるの殺伐とした世界であると同時に、そのことで食物連鎖の生態ピラミッドは保たれているという矛盾をはらんだ世界だ。

その白黒の世界で唯一赤い色を放つ生物が見え隠れする。小動物のように群れで動くのではなく、単独で遠慮がちにゆっくりと漂っている。ところが、突然、ジェット噴射を行い、小魚を捕食している。

信じられないことに、アカイカが水面まで浮いている。おびただしい数の小イワシを追って浮いてきている模様。いたずら心でイカメタルをアカイカの近くに落としてみるものの全くの無視。生き餌を追っているのだから、ルアーなんかに反応するはずがないよね。

こんなに浅く浮いて小イワシを捕食しているなら、深いタナを探っても釣れないよね。浅いタナを狙いなんとかポツポツアタリを拾っていくことができた。

やはりこの日は、小鰺を餌にした仕掛けでよく釣れた。それから、結構激しい誘いやアクションを仕掛けた方がイカの反応が良かったようだ。

真夜中にアタリが続く時合いらしき時間帯があったものの、あとはうまくイカを食わせ続けることができず、船長の合図で午前1時に納竿とした。

他の釣り人は、多い人で60~70杯、少ない人でも30杯くらいは釣っていたもよう。

イカ24杯という寂しい釣果に終わった今回の釣行。敗北感の中でも海の中の壮大な叙事詩を味わいそれなりに満足できた。帰る頃に突然降り出した雨にずぶ濡れになりながらも、心はすでに来年の漁り灯の宴を夢に見ていた。ほどよく睡魔が襲う中で雨に打たれ、うとうとしながら気持ちよく寄港したのだった。

わたしの幻燈は、これでおしまひであります。





































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